プロローグ
第1話 転生
転生
転生した……
その世界で目を開けた瞬間、その一つの言葉が頭に浮かんだ。
周囲を見渡すと……周りには草木が生え、小さな動物がいる。
そして後ろへ振り向くと、そこには寂れている教会のような建物がある。
……俺は死んだのだろうか?
俺は転生している……と、自覚している筈なのだがいまいち実感がわかない。そもそもこの転生したという確信のようなものはなんだ……。
そもそも以前の俺は何をしていたのだろうか……。
そうして俺は前世とでもいうべき、前の世界の■■■を思いだそうとして──
──思いだせない……!?
思いだせない。俺が何をしていたのか、俺はなにが好きだったのか、自身の名前、俺の死んだ原因。その全てがまるで霧のかかっているようにあやふやで、思いだせない……。
分かっているのは前の俺が何かが原因で死んで、今の俺がこの世界に転生したのだろう……という確信めいた何かだけ……。
そうやって俺が一人、立ち問答していた時。
「シリカ……? 大丈夫?」
いつの間にか近くに来ていた、名も知らない子供に大丈夫? ……と心配される。
「ええ、大丈夫ですよ。ミア」
「そっか、ならよかった」
子供の言葉に、どう応えるべきか……シリカと言うのは誰だ? と言う疑問はなぜか思い浮なぜない。それどころか口が勝手に動いていた。
その瞬間頭が割れるかのような衝撃が来る……あまりの痛さに頭を押さえながら片膝を地面につく……。
その痛さに耐えようと暫くの間、歯を噛み締めていると痛みが引いてくる。それと同時に自分ではない誰かの記憶が俺の中に入ってくる。
俺の中に入ってきた記憶を少しづつ整理していくとその記憶が誰のものかというのがすぐに分かった。この記憶の持ち主はいま俺が入っている、この体の元の主人のものだ。
名前はシリカ……性はない。
もともとは捨て子でこの教会に拾われて育てられた。育てられた恩を返すべくこの教会でシスター見習いとしてこの教会に捨てられた子供たちの世話をしたり、教会の掃除などをしている。
性別は男……。
そう……男である。
男なのにシスター? と思うかもしれないがこのシリカという少年は、少女と言っても差し支えのない容姿をしている。女の子と言って人目に出しても周りにバレルどころか、当たり前のことを何言ってるんだ……? と言われる程だ。
そんな見た目と、若干ロリコン疑惑のあるシスターにまんまと罠に嵌められた所為で、シスター見習いになったのである。
……と、そんなことを考えながら記憶の擦り合わせを終わらせる。
周囲の確認をすると自分を囲む形で、子供達が心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫?」「どこか具合が悪いの?」「今日は休んだほうが……」「やっぱりどこか……」「シアを呼んでくる?」
「なんともない……いえ、大丈夫ですよ」
「それよりも、今日は何をしましょうか……」
「鬼ごっこがしたーい!」
「えーそれよりもシリカとお話ししたいよ!」
「僕は追いかけっこの方が……」
「ふふっ時間はまだありますから。順番でやりましょう。まずは鬼ごっこからやりましょうか」
「鬼は私がやりますから、10数えるうちに遠くに行ってくださいね」
未だ自身に起こった事の整理ができないまま、この体に残っている普段の過ごし方に従っていく。
自分はこの体の持ち主にとって不甲斐ない事しかできないではないだろうか? 自分は本当にシリカの代わりにこの体を使ってもいいのだろうか? ……という不安や、この体になり替わってしまった自身に対する疑念を抱きながら……。
「ふふっ……あなたで最後ですよ。ルカ」
「えー、皆はもう捕まったのー!」
子供達の事、シリカの事……どこまでも他人事なのに、この体に染みついている行動の通りに動けばこの子達にとってのいつも通りを演じることができる筈だ……。
ならば、自分は必要ないのではないだろうか。ならば自分はただシリカを殺してしまっただけではないのだろうか? 彼の幸せを奪っただけなのでは……。
自分でも嫌になる程、ネガティブな感情が自身の中で膨らんでくるのを感じる。
「もうこんな時間。皆さんもうすぐ夜ご飯の時間だから皆でご飯の準備をしましょう……」
人の幸せを奪ってしまった事への自己嫌悪。どうすればシリカをこの体に戻せるか……そんなことばかりを考えてしまっていると、あっという間に時間が過ぎた。
そうして子供達と一緒に夜ご飯の準備を進めていると、すぐに仕事を終わらせてしまい手持ち無沙汰になってしまった……。
「ねえ……今日は大丈夫? ずっと浮かない顔をしてるけど」
「……ええ、大丈夫で「何かあったでしょ」……す……よ」
昼と同じように気づいたら、すぐ傍にまでやってきたミアに心配される。それに大丈夫だと伝えようとするが、図星を突かれ言葉が詰まってしまう……。
「え……と…………」
「わからないと思った? 私達がシリカと過ごしてどのくらい経つと思っているの? 気づいてるのはたぶん私だけじゃないよ」
「……ええ。そう……です……ね」
「今日起きたことを話せとまでは言わないよ。ただ私たちを少しは頼ってほしいって言ってるの。私たちはいつもシリカに頼ってる……たまには頼ってほしい」
「……わかりました。次の機会があれば是非……」
「……。今はそれでいいけど次は絶対に頼ってね……」
「……ええ……」
この教会の子供達の中で最年長のミアに、痛いところを突かれてしまう……。その事にいてもたってもいられず、この場から逃げ出す。
頼ってね……と言われたが、果たして人の幸せを奪った俺が頼っていいのだろうか……。こんな自分に人を頼る価値なんか……。
そんなこと考えているうちに気づいたら教会の物置部屋にたどり着いていた。
薄暗くじめじめとして、埃臭い場所……。自分にはピッタリだ、こんな人の幸せを奪ってしまった大罪人の俺には……。
自分にはお似合いの場所だと自嘲して、その場に座る。
嗚呼……どうすれば彼はこの体に戻ってくるのだろうか……。もしも俺が消える代わりに彼が戻ってくるなら……。
そんなifを考えてもそれが叶うわけもなく、ただ時間が過ぎていくだけ……。
絶望、後悔、懺悔、祈り……その全てが入り交じり思わず顔を手で覆う。
嗚呼……こんな俺なんて消えてしまえばいいのに……
「こんな場所で何をしているのですか……シリカ?」
暗闇の最中に居た俺に、突然光が差し込んだ……
「へ……?」
「ミア達から様子が変だといわれ……探していましたが。こんな場所で一人でいるとは予想外ですね」
思わずの出来事につい変な声を出してしまう。
「それで……? そんなところで一人縮こまって何をしているのですか? 縮こまっているくらいなら、少しでも解決策を探せばいいのでは? それでも無理なら誰かに頼ってしまえばいいのに……」
「ッ……! 何も知らないくせに!!」
「俺がなんでこんなになっているのか! 俺が一人、何を後悔しているのか! 何を懺悔しているのか!!」
自身の弱いところ。痛いところ全て突かれ、思わず出てしまった私ではない俺の声……。その言葉を聞いたシスターは、俺の方へ近づく。
「近づくなよ!! こんな俺なんてあんたらの神も許してくれない!」
その足は一歩……また一歩と確実に、近づいてくる。
「俺の事なんてどうせ理解されない! 誰も耳を傾けてくれないんだ!!」
無言で歩いてくるシスターに、恐怖を感じる。
……怖い。
俺のことを否定されるのが……。誰にも理解されないまま、また死ぬのが……。自分の居場所はもうないのだ……と現実を突きつけられるのが、死んでしまう事よりも怖くてたまらなくて……。
シスターが近づいてくる毎に、恐怖が大きくなる。震えが止まらなくなり、小動物のように縮こまってしまう。
嗚呼。縮こまって震える俺……一歩づつ、ゆっくりと歩いてくるシスター。まるで死刑になり、それが実行される犯罪者の様だな。
そう考えてしまえば納得がいった。
なんだ。その通りじゃないか……俺はシリカと言う少年を殺してしまったような物だ。そんな俺が、彼の身近な人に断罪される……。理想の展開ではないだろうか。
そう考えてしまえば自然と震えは自然と止まっていた。
気づいていたら先程までゆっくりと鳴っていたカツ……カツ……と言う靴音は止まっていて。顔を上げたら、目の前に断罪人がいて……
その人は手を振り上げて──
目を瞑る……死刑を受け入れた死刑囚のように……。
そして
…そして
……そして
「なら……私が聞きましょう。その後悔を! その懺悔を!」
「主が許さなくても私が許します……私がその後ろ暗い後悔の道から、明るい未来が続く希望の道へと連れ出します!」
「だから私の手を取りなさい! 私が貴方の理解者になってあげます!」
「……ぁ」
余りにも、か細い声が己が口から漏れ出た……
その衝撃はいつまでたっても来なかった。代わりに来たのはどこまでも慈愛に満ちた言葉……。
目の前で手を差し出すシスターを見て、俺が揺れ動いた。
いいのだろうか? シリカではなく俺がこの場にいて? ……本当に?
「ああ……うっ……! あああああ!」
目の前で手を差し伸ばすシスターを見て、自分が、俺が……■■■がこの場にいていいのだと……言われた気がして……!
そう思ったのなら涙があふれて止まらない……抑えようとしてもダムが決壊したかのように涙があふれだす……。
「いいのですよ……自身を許しても」
その言葉に思わず手を伸ばしてしまう……今はシリカではなく俺として。
もし俺がいてもいいのならこの手を掴もう……そしてこの場に俺として残ろう。
だから……
だから……
「私……いや、俺がいてもいいのかなぁ……?」
「ええ……許します。あなたの場所になってあげます」
そうか……俺がいてもいいのか。
なら
ならば……
^^^
あの後……俺がシスターの手を掴み取った後、逆に腕を掴まれるという珍事が起こった。
俺の腕を掴んだシスターは微笑んで俺をあの場所から連れ出した……。
そのまま流されるままに歩いていくと、ある扉の前へたどりついた。
「決心はつきましたか? なら、その扉を開けてみてください」
シスターの言う通りその妙に重いドアを押して開ける。そのドアはかなり年季が入っているのか、ギイイイィ……という音を鳴らしながら開いていく。
少しづつ開いていくドアの先から光が漏れ出して、ドアが完全に開き切る。
そこには──
「だいじょうぶだった?」「風邪ひいたー?」「明日は休んでいいからね」「僕たちがシリカの代わりに手伝うからね!」
開けると同時、口々に言われる言葉……先程まではその一つ一つが自己嫌悪の元へなっていた。だが今はそれは違う……その一つ一つがどうしようもなくうれしくて……!
「元気になったみたいね」
「ミア……」
だからか、その言葉は自然と出てきた……シリカのものではなく、俺のものとして。
「うん……大丈夫だよ!」
自身の整理は終わった……自分せいで消えたこの体の持ち主には申し訳ないが、なり替わってしまったのならしょうがない。成り代わってしまったのなら最期までやり通そう……なり替わってしまった彼のためにもこの教会の人達は絶対に守り通すとしよう……! 。
それだけが俺のやるべきことだ……!
あれ……? なんで今俺はこの子達を守るって……。
それと男の娘シスターってどこかで見た気が──
^^^
祈る。その神像に……
両膝を地面へ付けて、ただ粛々と……
首に掛けているロザリオをその両手で握りしめる。
毎日の習慣を終わらせて、廊下を歩いていく。
俺がシリカになり替わったあの日から、あっという間に月日は流れた。
あれから俺は子供たちと遊んだり、教会で神に祈ったり、料理や洗濯などをシスター見習いとしてこの教会で過ごしてきた。
そんな忙しくも幸せの日々を送ってきたのだが俺には一つ……いや二つ程、困りごとがあった。
一つ目は未だ俺の事を明かせていないことだ。あの日あのシスターにはバレていると、思ったのだが後日それとなく聞いてみたところバレてはいないらしかった。
そのシスター曰く『ついに、反抗期がきたのですね!』とのことだ。
二つ目。それは……
「ぐへへーシリカちゃんの尻ってねー。うーん、今日も揉み心地良好っと!」
「ひゃっ!」
「ぐへへ、かわいい声出しちゃってー」
「この変態シスターッ! 何するんですか!!」
「ヘグッ」
俺の尻をもんでいた変態に回し蹴りを叩き込み修道服を整える。
俺の蹴りにより吹っ飛んでいった方向を、見るとそこには壁に埋まっている変態シスター……シア・クルストがいた。
そう、これが俺の困りごとその二……変態シスターである。因みにこの変態がシリカ少年を罠に嵌めたロリコン疑惑のあるシスターである。
「あのー……心配はしてないですけど、大丈夫ですかー?」
とりあえず心配しておこう……と、近くにより声をかけるが
「隙ありィッ! 今度はその小さなお胸に!!」
「そんなことだろうと思いましたよッ! この変態!」
やっぱりというべきか、隙ありと飛びかかってきた変態に今度は止めを刺す勢いで踵落としを叩き込む。
「うう……容赦も隙もありゃしないです……」
「うわ……まだ生きてるんですか」
「ひどいです……人間扱いされてない。君を拾って育ててあげたの私ですのに~」
「毎回毎回、会うにセクハラしてくるからでしょう」
「それはしょうがないでしょう! そこに胸と尻があるんですから!!」
「そんなこと自信をもって言わないでください……」
うつぶせ状態で地面に埋もれながらも自信満々に、グットサインを作る変態に冷たい視線を送る。
「はぁ……じゃあ売り出しとか、いろいろあるので行きますね」
「え! ……ちょっと待って、さすがに頑丈さだけが取りえなシアさんもこのままじゃ動けないです!!」
「なら、しばらくはそのまま反省でもしておいてください。では……行ってきます」
「え! ……ホントこのまま行っちゃう感じですか!? お願い! はんせいしますからー!」
何か置物がうるさいな、と思いながら外へ続く道へ歩き出す。あんなところに、あんな変な置物あったっけな?
「ほんとに置いてかれる!? ……あ! でも、こんなのもいいかも。ひどい仕打ちの後に放置……新しい扉が! ……シリカちゃん、君はなんて素晴らしい子なんですか……女装男子の次はこんなSMプレイだなんて。あなたに合わせてくれた神様になんて言えば……嗚呼、主よ!!」
なんかやかましくなってきたな……あの置物。そうなこと思って近くに置いてあるモップを、槍投げの姿勢で持つ。
自分でいう事か? と思われるかもだが、あまりにも奇麗な体制で投げられたそれは奇麗な線を描いま直進する。
「グガッ!」
あれ? ……なんか静かになったな。何かあったのだろうか? まあ子供達に聞かせちゃいけない気がしたし、静かになって好都合かな。
そんなことを思いながら俺は外へ続く道にカツカツ……と音を鳴らしながら歩いていく。その道中であった子供達に買い出しに行くことや、変な置物がある場所に近づかないように言い……俺は外へ向かって歩いていく……
その道が明るく、幸せなことを願って──
その瞬間首にかけてあるロザリオが光った気がした。
それはまるで俺のことを祝福しているようで……
そして地獄に誘っているかのような怪しい光だった。
……俺は歩いていく。
それが地獄へ続く道だと思わず……
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