第34話 勝者の『宴』

「こんな終わり方になって申し訳なかった。

 最後は一撃でとどめを刺してやる」


 弱体化の呪いを受けたオーガは、もはや立ち上がる力すら残されていないようだった。


 地に膝をつき、深くこうべを垂れる。それは敗北を受け入れ、介錯かいしゃくを待つ武人の姿にも似ていた。


『セ・ラ・アミ。

 《許せ、民たちよ》』


――ザンッ


 漆黒の一閃が走り、巨大な首が宙を舞う。


 次の瞬間、オーガは光の粒となって霧散した。


 王の敗北を悟り、観客席に座っていたゴブリンたちから悲痛な叫び声が上がる。


『ギャアギャアギャアギャアギャアッ!』


 だがすぐに、彼らも光の粒となって弾け飛んだ。


 迷宮主が討伐されたことによる、迷宮の消失。


 迷宮に存在するすべてのモンスターが、跡形もなく消え去った。


 ☆1ダンジョン『鬼之岩屋』の攻略達成である。



==========



 村に帰ると、そこはお祭り騒ぎだった。


 スマホの通知で攻略を知った村人たちが、俺たちの帰還に合わせて宴の準備をしてくれていたのだ。


 建築用ゴーレムが施工した広場に、村人全員が集結している。


「それでは!

 迷宮攻略を祝して、カンパーイッ!」


 ソフィアさんの音頭で、宴の幕が上がる。


 「乾杯の音頭はぜひ佐藤さんに」と頼まれたが、俺はそういうガラではないので丁重にお断りし、簡単な挨拶だけに留めさせてもらった。


 宴会の挨拶ってめっちゃ恥ずかしいな。


「佐藤さんが大金を稼いできてくれたからな!

 今日は好きなもの全部食べ尽くすぞ!」


「こっちに酒もあるからな!」


 普段、安価なレーションで耐え忍んでいた村人たちにとって、今日の料理はまさに最高のご馳走だった。


 高価な食材で作った料理と、久しぶりの酒。広場は笑顔に満ち溢れ、誰もが幸福に酔いしれている。


「クソデケェ鬼と殴り合って勝っちまうんだぜ?

 俺のアニキかっこよ過ぎだろ!」


 ミゲルは宴が始まってからずっと、俺の武勇伝を語り続けている。村人たちもそれに聞き入り称賛の声を上げるものだから、俺としては居心地が悪いことこの上ない。


「サトー、このすごく美味しいわ。

 一緒に飲みましょ〜」


 とそこへ、

 ルナリアがふらついた足取りでやってきた。


 片手には一升瓶が握られている。


 ルナリアさん、それ酒や。


 彼女の見た目は中学生〜高校生くらい。

 だが、エルフなので俺よりも歳をとっている。


 果たして、飲酒はOKなのか。

 判断がむずい。


「それ、お酒だからあまり飲み過ぎるなよ。

 あとでしんどくなるからな」


「じゃあ、その時はサトーに介抱してもらうわ。

 はい、どうぞ」


――トクトクトク


 ルナリアに酒を注いでもらう。


 異世界のお酒、いったい、どんな味なんだろう。


 期待に胸を膨らませ、一口すする。


「え、なにこれ、めっちゃうまいやん。

 ちょっと、瓶見せてくれ」


 麦の芳醇な香りが鼻に抜け、口当たりは驚くほどまろやか。喉の奥でカッと熱くなる感覚が心地よい。


 俺は思わず瓶を手に取り、ラベルを確認した。


都昇みやこのぼり

…東倭地方に住んでいる獣人族の麦焼酎。

 特級品なので貴族しか飲むことを許されていない。

 値札『50万G』。


「へぇ、獣人族の酒なのか。

 って、値段高いな!」


 ルナリアがポケットマネーで買ったらしい。

 この子、もしかして浪費家か?


※アイテム交換所にスマホが売っていたので、昨日、ルナリアに買って渡しておいた。そのため、彼女もアイテムポーチ&電子マネーを使えるようになっている。


「まぁ、せっかくの宴だ。

 金なんか気にせず楽しもうか」





「あー、食った、食った」


 宴も終盤にさしかかった。

 いっぱい食べて、飲んで、お腹パンパンだ。


 ルナリアも目を細めてウトウトし始めている。


 そろそろテントに戻ろう。


 そう思っていると、


「アニキ、今日は本当にお疲れ様でした!」


 ミゲルが挨拶にきた。

 ちなみに、これで10回目である。


 ちょくちょく俺のところに来ては、酒を注いで帰っていくループを繰り返していた。ちなみに、ミゲルはまだ未成年なので酒は飲ませていない。


「おいおい何度目だよ」


「お酒注がせていただきます!」


「いやいや、もう十分だよ」


「そんなこと言わずに、ささ」


 結局、断りきれずにグラスを差し出す。


――トクトクトク


 ミゲルが酒を注いでいる最中、

 ふと、彼の表情から笑みが消えた。


「……アニキは、この後はどうするんですか?」


 俺は少し考え、夜空を見上げながら答えた。


「この後、か。ルナリアと相談して決めるが、おそらく、☆3ダンジョンに潜るだろうな。あと、せっかく異世界に来たんだから、いろんな場所を観光したい」

 

 オーガ戦もなかなかに面白かったが、命の危機を感じたかと聞かれれば嘘になる。


 俺が求めているのは『死闘』。

 命をチップにしたギリギリの戦いだ。


 きっと、☆3ダンジョンなら、ちゃんと俺を殺しに来てくれるはずだ。今から楽しみで仕方がない。


 俺もすっかりダンジョンジャンキーだ。


 あとは、異世界観光もしてみたいな。

 この世界には竜人や獣人、ドワーフなんかもいるらしい。ぜひ、彼らの村や町にも訪れてみたい。


 いやー、夢が広がりますな。


 そんな風に未来に思いを馳せていると、


「……じゃあ、この村には残ってくれないんですね」


 ミゲルが、ぽつりと寂しそうに呟いた。


(う〜ん、どうしたものか)


 この村に残るつもりはない。

 それは、ここに来た当初から変わらない。


 もともと、この村にはアイテム交換所に立ち寄るために来ただけだ。本来であれば、すぐに出発するはずだった。


 でも、この村に愛着が湧いたのも事実。このまま一生さようならというのも、確かに寂しい。


 だから、俺はミゲルの肩を叩いて言った。


「残ることはできないが、定期的に戻ってくるよ」


 この世界には『転移装置』がある。

 戻ってこようと思えば、すぐに戻ってこれる。


 迷宮攻略の息抜きに、美味い飯でも食いに帰ってくればいい。


「本当っすか!めっちゃ嬉しいっす!」


 ミゲルの表情がパァッと明るくなる。

 そして、彼は身を乗り出して俺の手を握った。


「あの、アニキになら本当に姉貴を任せられるんで。

 マジで貰ってやってください。

 俺も全力でサポートするんで」


――いや、だから自分の姉をダシに使うなや。






==========

次話は別視点の話になります!(伏線)

そのあと、『竜人共闘編(☆3ダンジョン)』に入ります!

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