第33話 魂喰らうは『計都之蝕剣』

「もう1回!」


――ドォォォォォンッ!


「まだまだぁ!」


――ドォォォォォンッ!


「もういっちょお!」


――ドォォォォォンッ!


 切り結んでは吹き飛ばされ、

 また挑んでは吹き飛ばされる。


 30分以上、俺は宙を舞い続けていた。


 俺がボールで、オーガがバッター。

 まさに、『人間バッティング』である。


 打つ方はさぞ楽しいだろうが、

 意外とボール役も悪くはない。


 そんな冗談はさておき、

 俺はいまだにこの『力比べ』に勝てていない。


 これまで通り、魔王のスキルによって修羅と化した俺は、驚異的なスピードで成長している。


 本来ならとっくに、武器で強化されたオーガの腕力を凌駕しているはずなのだ。


 だが、


 なぜかオーガも同じように強くなっている。


 体感、俺の腕力が10上がると、オーガの腕力も6くらい上がっている気がする。


 それが原因で、いつまでたっても押し切れない。


――モンスターも成長するのか?


『ヨトゥン=アックス』


 オーガの切り札である大斧。

 腕力にバフをかける武器だと思っていたが、もしかしたら別の効果を持っているのかもしれない。


 もちろん、成長速度は俺が上だ。

 いつかは俺が勝つだろう。


 だがどうせなら、

 あの武器のカラクリを見破った上でねじ伏せたい。


 今はまだ力技でどうにかなるが、いつか特殊なスキルを持つ敵と戦った時に、単純な力比べでは勝てなくなる日が必ず来るだろう。


 そういう敵には、力ではなく発想で挑まなければならない。だからこそ、今のうちから頭を使って戦う癖をつける必要がある。


(このまま吹き飛ばされ続けても、新しい情報は入ってこないな。何か、別の策を考えないと)


――そうだ。


 今ままではバカ正直に切り結んでばかりだったが、一度、あの『大斧』そのものを叩いてみればいいんじゃないか?


 もし何か特別な仕掛けがあるなら、直接叩いた感触で何かが分かるはずだ。


「そうと決まれば、簡単な話だ」


 俺は再び、吹き飛ばされた状態から瞬時に体勢を立て直し、オーガに襲いかかるフリをした。


『ガァァァアッ!』


 オーガが大斧を振り下ろす。

 俺はあえて剣を合わせず、その一撃を回避した。


――ドガァァァンッ!


 石床に断層のような亀裂が走る。


『ヒトハ・マクト!

 《避けただと!》』


「そこを狙って、おらぁ!」


 動きが停止した大斧へ、俺は剣を叩きつけた。


 その瞬間、


――ガキィィィィンッ!


(なんだこの反発力は!)


 予想だにしない衝撃。

 俺はたまらず数歩後退らされた。


 停止した物体を叩いた感触ではない。


 まるで、こちらの攻撃エネルギーを吸収し、そのエネルギーを跳ね返しているような、そんな感覚だ。


(なるほどな!)


 大斧の効果は『腕力を上げる』ではなく、『相手の攻撃を吸収して跳ね返す』だったのだ。


 オーガは別に成長していない。

 俺が強くなった分、跳ね返ってくる衝撃も強くなっていただけの話だったのだ。


「もう、タネは理解した。

 あとは、お前とお前の武器を超えていくだけだ」


 勿論、力比べをやめて素早さ勝負に切り替えることも可能ではあるが、そんなのは愚策である。


 俺の腕力が『オーガ本体の腕力+吸収して跳ね返される衝撃』を越えるまで自身を成長させる。

 その方が自分の為にもなるし、なにより面白い。


「さぁ、再開しようか、人間バッティング」


 俺は再び、吹き飛んだ。




 そして、さらに30分後。


 ついに俺は吹き飛ばされることなく、オーガと互角に剣戟を交えるまでに成長していた。


 もう、十分だ。

 今度こそ終わりにしよう。


「お前のおかげで、俺はさらに強くなれた。

 感謝する。

 悪いが最後に、俺の実験体になってくれ」


 俺はオーガを使って、あるスキルの効果を確認することにした。新しく手に入った魔王の攻撃スキル『計都之蝕剣けいとのしょくけん』だ。


計都之蝕剣けいとのしょくけん

……肉体のみならず霊体さえも蝕む一閃。


「さぁ、初披露といこうか」


 脳内でスキル名を唱えた瞬間、ごっそりと魔力を吸い上げられる感覚が襲う。


 全魔力量の約5割が一気に消失し、その代償と引き換えに、禍々しい漆黒のオーラが愛剣『ナイト=ペイン』の刀身を包み込んだ。


「この状態で切ってみればいいのか?」 


――シュッ!


 オーガが反応すらできない速度で距離を詰め、致命傷にはならぬよう浅く斬りつける。


 肉体のみならず霊体さえも蝕む一閃。

 果たして、その効果は。


『……マゼ、ハコアハ・シェリ・ネエラム。

 《……なんだこれは、力が、消えていく》』


――ドォォォン。


 深手を負わせたわけではない。にも関わらず、オーガは大斧を取り落とし、ガクリと膝をついた。


『マ・アシタ・リ?

 《貴様、いったい、我に何をした?》』


 力が、闘気が、魔力が、

 オーガの体から急速に消えていく。


 これこそが『計都之蝕剣けいとのしょくけん』の真価。

 斬りつけた対象の、強制的な超絶弱体化デバフだ。


 その劇的な効力は、誰の目にも明らかだった。


「なるほど……これは反則的なスキルだな。

 非常に強いが、面白くはない」


 互いの全力をぶつけ合うからこそ、闘争は血湧き肉躍るものになる。それなのに相手の全力を封じてしまっては、戦いの興が削がれてしまう。


 魔王はなぜ、こんなスキルを与えたのだろうか?


 その答えは、今はまだ分からない。


「こんな終わり方になって申し訳なかった。

 最後は一撃でとどめを刺してやる」


――ザンッ


 慈悲と悔恨の一閃が、オーガの首を断った。





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計都之蝕剣けいとのしょくけん』はモンスターに使うためのスキルではありません。人間に使うためのものです。

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