第六話 出発準備

 さて──決まった以上、さっさと準備だ。


 上層に行くのにデカい銃は邪魔になる。というより、確実にゲートで取り上げられる。

 この自由自治区から上層に抜けるには、いくつかルートはあるが、どれも必ずセキュリティゲートを通らなきゃならん。

 そこでのチェックはやたら厳しい。手配中の輩はもちろん、規制品や過剰な武器を持っていれば即アウト。取り上げられるか、その場で拘束だ。

 もちろん“裏ルート”もあるにはあるが──今回は正規のゲートを通る。余計な疑念は抱かれたくない。


「ところで」


 俺は振り返り、ルシアに問いかけた。


「お前さん、来るときセキュリティで止められなかったのか? 普通ならIDチェックで一発でバレると思うが」


 ルシアは一瞬きょとんとした顔をして、すぐに視線を逸らした。頬が赤い。


「あ、その……うちのプライベート用、業務用のゲートを……コッソリと……」


 まるでいたずらが見つかった子供のような反応。


「……やっぱりお転婆娘か」


 俺は苦笑して肩をすくめた。


 軽いやり取りを終え、俺は一声だけかけてから居住スペースへ移動する。


 寝床の横にある壁──そこに拳を差し込める程度の小さな穴が開いている。

 愛銃ハーグ・モデル3をホルスターごと外し、手に持ったまま、その穴へ右手を突っ込む。


 次の瞬間、掌にじんわりと光が走り、スキャンの音とともに軽い電子音が響いた。

 ──ピロン。


 それを合図に、壁の一部が静かにスライドし、隠し部屋が現れる。

 大人二人が入れば狭さを覚える程度の空間だが、中には壁一面に銃器やナイフが整然と並び、金庫も据え付けられている。油と金属の匂いが入り混じったこの空間に入ると、不思議と肩が落ち着いた。


 俺は《ハーグ・モデル3》をラックに掛け、指で軽くなぞる。


「……悪いな。今日はお前の出番じゃねぇ」


 代わりに、小型の拳銃を壁から取る。弾倉を抜き、確認──問題なし。

 横に掛けてある別のホルスターを手に取り、装着。

 カチリと音を立てて収めると、ひとまず準備完了だ。


 小奇麗なジャケットを引っ張り出して羽織り直し、作業場に戻る。

 そこには、所在なさげにあたりを見回しているルシアがいた。

 工具やパーツの山を、珍しいものでも眺めるようにきょろきょろと目を動かしている。


「……下手なもんに触ると爆発するぞ」


 からかうように声をかけると、ルシアの指先が止まった。

 今まさに触れようとしていたのは、今日買ってきたEMP手榴弾。

 俺の言葉に飛び上がるように手を引っ込め、慌てて後ずさる。


 その様子がおかしくて、俺は喉の奥でくつくつと笑った。


「……壊れてるから、大丈夫なんだがな」


 揶揄われたと気づいたのか、ルシアはむっとした顔をして唇を尖らせる。


「……冗談も言うんですね」


 ジト目で睨まれるが、正直怖くもなんともない。

 俺はただ肩をすくめ、無言で返した。

 そして手榴弾をひょいと拾い上げ、そのままポケットへ忍ばせる。


「? 壊れてるんじゃないんですか?」


「いいんだよ」


 短く返すと、ルシアは小首を傾げた。

 事情を説明する気もなかったので、そのまま扉を開けて外へ出る。


 後ろからついてくる足音を聞きながら、扉に鍵を掛け、シャッターを再び下ろす。

 ……ったく、今日はやけに外出が多い日だな

 心の中でぼやきつつ、路地を曲がって建物の裏手に回り込む。


 そこから下り坂を降りる。位置的には、自宅ビルの地下に当たる部分だ。

 後ろをちらりと確認すると、ルシアがおっかなびっくりついてきていた。足取りがぎこちない。


 階段を下り終え、重厚な鉄扉の前に立つ。

 横に備え付けられたタッチ式センサーに掌を当てると、指紋と脈波の認証が走る。

 後付けした仕組みだから、表のロックよりはセキュリティが新しい。

 カシャン、とロックが外れる音を確認してから扉を押し開け、照明を点けた。


 ──暗がりの中に姿を現したのは、一台の車。

 無骨な鉄骨の部屋に不釣り合いなほど、ピカピカに磨かれて鎮座している。

 金属の曲線が光を弾き返し、まるで獲物を待つ獣のように静かに佇んでいた。


 俺の背後から、ひょこっとルシアが顔をのぞかせる。

 彼女の視線の先の車体を見て、目を丸くした。


「……すごい。見たことないくらい古い車……」


 その声色には、憧憬のようなものと、若干の呆れが入り混じっていた。

 確かに一目で古さが分かるデザインだ。2ドアのコンパクトな車体。だが、真紅の塗装は艶を失わず、荒んだこの街では異様なほどの存在感を放っている。

 中身は──俺とコルドーで散々遊び半分にチューンした。思いのほか夢中になって、あれもこれもと手を入れすぎたのは、今となっちゃ懐かしい笑い話だ。


「デザインは古いが、性能はお墨付きだ」


 俺はそう言いながら車体後部へ回り、壁のラックから手に収まる程度の金属ブロックを一つ取る。小さなカバーを外すと、奥にぽっかりと開いた穴がある。そこに金属を差し込み、カチリと音を響かせた。


「それ……何ですか?」


 ルシアが怪訝そうに眉をひそめる。


「見たことないか? 有機燃料だ。今じゃどれもエネルギーセルだが──こいつはエンジンの音が、な……」


 カバーを閉め、手を叩く。

 ──音。それこそが、俺の気に入っているところだ。


 ドアに手をかけると、センサーが反応し、ロックが外れる。

 運転席に滑り込み、エンジンをかける。


 ブオオオン──ッ!


 低く唸るような爆音と、身体の芯まで響く振動が一気に駆け抜ける。

 空気が震え、床下から伝わる鼓動は、今の静かな車じゃ絶対に味わえん感覚だ。


 ルシアは目を丸くし、不安げに俺を見ていた。

 俺は軽く顎で助手席を指す。


 意を決したように彼女がドアを開け、恐る恐る腰を下ろす。ふっと目を見開き、漏れた言葉は素直だった。


「……わぁ……座り心地がすごくいい……」


 思わず口角が上がる。


「だろ? ──さて、それじゃあ出発だ」


 運転席脇のスイッチを押すと、車庫のシャッターが軋みながら開いていく。

 白い光が一気に差し込み、埃の粒子が煌めいた。


 アクセルを踏み込む。赤い車体が前へと滑り出し、路地裏に吐き出される。

 バックミラー越しにシャッターが閉まるのを確認し、車庫の灯りが消えて闇に戻るのを見届ける。


 俺はハンドルを切った。

 たまのドライブも悪くない。

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