第2話 出会い

 潤んだ瞳、弾む息。揺れるシルエット、湿った肌。

「愛ちゃん…」

こぼれた吐息と共に私の名前を呟く彼はとても愛しい。右手を彼の顔に近づけ、頭から頬にかけて撫でる。ああ、だめだと言い彼は私に覆い被さった。


***


「はじめまして。」

カウンターに座っている彼がこちらを見上げながらも、目の焦点は少しずれている感じがした。緑のチェックシャツに、細身のジーンズを履いた彼はかなり華奢だ。私も襟付きのニットにフレアスカートを履いて、よそゆきの恰好をしていたから会社でからかわれた。

「遅くなってしまって、すみません。」

カウンターに腰かけながら、彼の顔を覗き込む。写真じゃわからなかったが、かなり髭が濃いことが印象的だった。髪は軽く癖毛のようでボリュームがあった。

「全然遅くないで。早く来ただけやから…。」

やはり目が合わない気がするので、じっと横顔を見つめてしまう。すると、それに気づいた彼が、なに?と怯えたように言う。

「もしかして緊張してます?」

からかい半分で言ってみると、彼はますます汗を滲ませながら、目が泳ぐ。

「…してるかもしれん。」

意外と素直な彼に驚く。1つ年上の公務員で関西出身。それだけが私に与えられた彼のデータだ。そのデータからどう話を広げようかと悩んでいたが、からかうことができるキャラクターならお酒を飲んでしまえばどうにかなるかもと思った。

 アプリ上で少しやりとりをしていたが、あまり踏み込んだ話はしていなかった。いいねをされてから、3日後に会うことにしたのだ。私はアプリでの婚活にほとほと嫌気がさしていた。

「タメ口でええで。そっちの方が話しやすいから。」

カウンターに向かってまっすぐ視線を飛ばしながら、彼はそう言った。私は最初聞き取れず、もう一度言ってもらったが、声量は変わらなかったので聞き取れた音から推測した。

「わかった、じゃあタメ口で。哲平君は今日仕事だったんだよね?」

公務員なのにジーンズだったので、不思議に思う。

「…」

なんか小さく聞こえた気がする。私が困惑した顔をしていると彼はもう一度口を開いた。

「今日が楽しみで、有休取った。」

「…え!」

有休取得があまり奨められていない会社で働いていた私は、その理由で取得できるんだ!という驚きとそんなに楽しみだったの?!という衝撃で、彼の顔に穴が開くのではないかというほど視線を送ってしまった。

「そんな見んどいて…。」

恥ずかしそうに顔を逸らす彼の耳がボリュームのある毛先から覗く。少し赤めいているようにも見えた。

「そんな楽しみにしてくれてたの、嬉しいな。」

私まで恥ずかしくなるような反応に照れて、おしぼりを意味もなくいじってしまう。

注文したビールが届き、「とりあえず乾杯しよ?」と言うと、やっと彼はこちら側に顔を向けてグラスを掲げた。


 それから鉄板焼きを楽しみながら、色々な話をした。仕事の話、趣味の話、これまでマッチングアプリで出会った強者たちの話…どれも楽しかった。そして私は直感していた。この人と私は付き合うだろうな、と。こういう勘は当たる自信があった。

 食事を終えると彼は会計をさっと済まし、店を出た。

「ごちそうになってしまって…ありがとう。」

御礼を言うと、彼は財布を鞄に仕舞いながら、ええて、と呟く。冬のひんやりとした空気が頬を撫でる。彼は私の乗る電車の改札前まで送ってくれた。

「また、会おうな。またね、絶対また。」

何度も「また」を言う彼が可愛くて、胸の辺りがきゅっとする。

「うん、またね。ラーメン食べに行こうね。」

私は軽く手を振り、電車のホームへ向かった。顔は正直そこまでタイプではないが、生理的に無理なほどではない。線が細くて少し儚い雰囲気があるところは好みだった。


***


どうしてこうなってしまったのだろう。愛は抜け殻のようになった布団を眺め、床に落ちていたコンドームの袋を拾い上げる。買ってきたカフェラテは温度差で水滴を作り出し、テーブルを濡らしている。ストローを刺して、一口啜ると温くなったものが少しの苦みを帯びて口に広がった。

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