ありのまま
浅野由紀
第1話 目覚め
唸るアラーム、響くバイブレーション。ああ、今日も目覚めてしまった。重たい身体をのっそりと起こし、床に散らばってるスリッパを片方ずつ足に引っ掛け、トイレへ向かう。遮光カーテンを閉め切った部屋から、明かりをつけたトイレに入るとくらくらした。トイレから出ると、また薄暗い部屋へ戻る。タオル生地でできたスリッパはへたってきていて触り心地はあまり良くない。遮光カーテンを開け放ってみると、眩しいほどの光が薄暗かった部屋を照らし出す。もう昼前になっていた。
「おはよう。」
ベッドから寝起きの声がする。身体を半分起こした哲平がこちらを眩しそうに見ている。
「起こしちゃった?ごめんね。」
愛は照らされた部屋の床に放り出されたTシャツを拾い上げ、被りながら軽く言った。ついでに短パンも探す。
「俺、あんまり朝が得意じゃないんよね。」
そう言って怠そうにする哲平に大き目のTシャツを投げつつ、知ってると呟いてキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けるが、すぐに食べられそうなものは何もない。とりあえず牛乳パックを取り出し、グラスに注いで一気に飲み干して乾いた喉を潤した。
「ごはん買いにコンビニ行くけど、行く?」
まだベッドで布団と戯れている哲平を背にしながら、小さなボディバッグに財布とスマホを入れる。行かない、と哲平は言う。
「なら、早く帰ってよ。ずっと居られても困るんだけど。私が出掛けてる間に帰ってくれていいから。鍵は開けっ放しにしておいて。それじゃ。」
一息に言い放ち、サンダルを引っ掛けて古い少し重いドアを開けた。後ろで哲平が苛つきを纏いながら帰る支度をしている気配がした。
もうセミが鳴いている。昼前になってしまったので太陽がほぼ真上から照りつける。日傘も持っていなければ、日焼け止めも塗っていない。二十代後半のアラサーにはきつい状況だ。もうすでに両頬そばかすで埋め尽くされているというのに。愛は心の中で舌打ちをしながら、歩いて五分ほどのコンビニを目指した。
自動ドアが開くと、ひゅうっと冷気が飛び出してきて生き返る気持ちになった。部屋着で出掛けて来てしまったが、昼前ということもあり人目が少し気になることに今やっと気付く。ささっとカフェラテと菓子パンをレジに通して、袋にも入れずコンビニを後にした。また太陽の下に戻ってきてしまったことを恨めしく思いながら、熱されたコンクリートの上を足早に歩いた。そばかすの上に汗が滲んだ。
重たいドアは半開きになっていた。哲平が苛立って適当に出て行ったのだろう、愛は引っ掛けていたサンダルをぽいぽいと脱ぎ、エアコンの効いた部屋で寛いだ。スマホで適当に動画を検索して流しながら、菓子パンを齧った。ベッドは案の定、空だった。
***
「はじめまして。」
私と彼が出会ったのはマッチングアプリがきっかけだった。
顔も本名も知らない、関西弁を喋ると言うことくらいしかわからない彼。
写真より髭が濃くて汗っかきで細い身体をしていた彼。
なぜか私は彼に第一印象で恋をしていたし、これは上手くいくと確信していた。
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