第13話 闇落ち

 ――「お前は人間じゃない」


 胸の奥で呪いのように繰り返される。

 私は、本当に人間じゃないのかもしれない。


 そんなとき、部屋の扉をノックもせずにソエムが入ってきた。

「……茉優。顔色、ひどいよ」


「……私、人を……勇者を……」

 声が震える。ソエムに言葉を繋げるほどの力もない。


 けれどソエムは、まるで何でもないことのように笑った。

「勇者を仕留めた? それってむしろ誇らしいことじゃん。茉優はすごいよ。黒羽にとって最高の戦力だよ」


「でも……私は、人間じゃ……」


「人間? そんなの、どうでもよくない?」

 ソエムは茉優の頭に手を置き、まるで子供をあやすように撫でた。

「ここにいるのは、みんな“普通”からはみ出した人間ばっかり。茉優もその一人。だからこそ、ここに居場所があるんだよ」


 その言葉に、涙が滲んだ。

 でも、次の瞬間には笑っていた。


「……そうか。もう、私は戻れないんだ。だったら……戻らなくていい」


 胸の奥で、何かがストンと落ちた。

 恐怖や後悔が消えていく代わりに、妙な高揚が満ちてくる。

 勇者を殺した手が震えずに済むなら――私はそれでいい。



――もう、戻れない。


 心の奥底で、恐怖や後悔はすでに灰になった。

 あの勇者の死も、返り血も、冷たく刺す夜の雨も、すべて私の一部になった。

 人間としての私? そんなものはもう存在しない。


 ソエムは笑いながら私の頭を撫で、闇の中での生き方を肯定してくれた。

 その瞬間、私は悟った――もう誰も、私を止められない。

 怖いものも、迷いも、もう何もない。


 これからは、闇の中で生きる――そして、来栖風梨を間近で見るためなら、どんな手段も選ぶ。

 血も、暴力も、裏切りも――すべてを武器に変えて、私は進む。


 夜の街が私を呼んでいる。

 闇の世界が、私を必要としている。


 ――私は、闇に堕ちた。


 

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