第11話 本宅 Vol.3
部屋に戻り、シャワーを浴びて着替えてから、純子は荷物から拳銃を取り出した。
二つある弾倉に一発づつ空薬莢を詰めると、弾倉を装填する。そしてスライドを引いて
空薬莢を排出させて、スライドが固定されたら、弾倉を素早く交換して、ストッパーを外して今は空薬莢だが、弾丸を装填する。この動作を納得がいくまで、何回も繰り返し、
正確に、そして素早くできる。そうなるまで繰り返していた。何時まで行っても納得できると言う事は無かったが、ふと気が付くと、部屋の扉を誰かがノックしている。慌ててドアを開けると、メリーが部屋の前に自分を呼びに来ていた。
「ごめんなさい、気が付かなくて。」
「いえいえ、お嬢様、お食事の用意が出来ました。何かに夢中になっておられましたか?お休みでしたか?」
メリーは純子が気が付くまで優しくノックを繰り返していてくれたのだ。申し訳無い気持ちになったが、下手な言い訳も出てこない。
「ごめんなさい・・・」
「いえいえ、咎めている訳ではございません。寧ろ邪魔をしてしまったかと・・・」
「すぐ行きます。」
強引に話を打ち切って、メリーについて食堂に向かった。先程通された応接室を通り過ぎて、さらに奥に通された。
ドアを開けると、映画で見た様な長いテーブルが二つあり、白いテーブルクロスが掛けられてあり、燭台がその上に並んでいる。その一つの一番奥の短い辺の席に、既にクルードが座っており。クルードから見た左側の席に、食器やナイフ、フォーク、スプーン等が並び、畳んだナプキンが立っている。
「どうぞ、こちらの席に御着き下さい。」
メリーに促されて席に着くと、メリーは後ろに下がって、控えた。やがてドアが開いて、お茶の時と同じ様に、ワゴンを押してマーサが入って来て、二人の前に前菜の三種盛りを出してくれた。ポテトサラダに、イワシのマリネ、干し肉のソテーである。
「お嬢様は食前酒は何をお飲みになりますか?」
マーサが優しく尋ねて来たが、そもそも純子はそんな物を飲んだ事は無い。言い淀んで居ると、クルードが助舟を出してくれた。
「梅酒のソーダ割がいいんじゃないかな?」
「ではそれで。」
マーサが梅酒をグラスに注いでソーダ水で割って、氷を入れて目の前に置いてくれた。
それを一口飲んでから食事を開始した。前菜の次には具の入って無い半透明な褐色のコンソメスープが出て、メインディッシュはサーロインステーキとサラダ、パンかご飯か選んでくれと言われたので、パンを頼むと、普通の小麦のパンとライ麦パンが出て来た。
飲み物はワインには造詣の無い純子には何処の物か判らないが、上等そうな赤ワインが出た。食事が終わるまで、メリーが背後に控え、何か有ると親切過ぎるほど声を掛けてくれ、
正直落ち着かなかったが、クルードはそれが当たり前の様に振舞っているので、純子もそれが普通なんだと自分に言い聞かせた。
「料理のお味はいかがでしたか?」
食後のお茶とデザートが出ると、マーサが優し気に聞いて来た。
「とっても美味しかったです。」
純子が返事するとマーサはにっこりと笑って、立ち去って行った。
「さて、俺は自分の部屋に戻る。何か用事が有ったら、部屋の内戦電話の一番で呼んでくれ。部屋は好きに使っていい。何か困った事があったら、2番でジェームス、3番でマーサか、メリーを呼べる。」
そう言い残して、クルードは先に食堂を出て行った。食事も、食事を楽しむような素振りは無く、目の前の料理を詰め込むようだったクルードを心配したが、元より自分の出来る事は無いので、黙っていた。折角の、高級レストランなら一万円出しても食べられない程の豪華な食事なのに、クルードに嬉しそうな感情が無い事が気に成ったが、その背中を黙って丁寧に切り分けられたフルーツを口に運びながら見送るしか出来なかった。
「この屋敷に来てから、何か態度が可笑しいわね。」
思わずその背中を見送りながらそう呟いていた。
純子に急に冷たくなった様な印象を持たれたまま、クルードは一人、屋敷の主人の部屋にいた。立派な銘木で作られた机の前のクッションの効いた椅子には座らず、腕組をしたまま、机の天板にもたれ掛かるように腰を掛けて、ジェームスが用意してくれていた葉巻をくゆらせていた。亡き父が愛飲していた銘柄である。すでにシャワーでも浴びたのか、さっきまで着ていたアルマーニのスーつは脱ぎ捨てられ、部屋着らしいガウンを着ていた。
特に何かをする訳でも無く、ただ物思いに耽っていたクルードは、純子の前では決して外さなかったサングラスも外していた。どうしても目の周りの傷が目立つ。端正な映画俳優の様な顔だが、この傷が大きく印象を変えている。
不意にドアがノックされた。
「入れ。」
静かに答えると、執事長のジェームスが部屋に入って来た。手には銀色の円形のトレーが手にされており、凝ったクリスタル細工の瓶には褐色の液体が注がれており、グラスと乾き物を適当に盛った銀の皿と氷と水の入った容器も乗っている。
「寝酒をお持ちしました。」
物静かな口調でジェームスが言って、机の上に広げると、水割りを一杯作ってくれた。
「お坊ちゃま、純子お嬢様には寝酒にフルーツワインを持って行かせておきました。」
「ありがとう、でも、ジェームス、俺の事はせめて若旦那と呼んでくれよ。もう成人しているんだ。」
「いいえ、奥様を貰って頂き、CIAのエージェント等と言う危険な仕事を辞めて頂き、大旦那様の築き上げた財団の経営者として誰にも誇れる存在になって居ただけ無い限り、私から見ればお坊ちゃまでしかありません!」
ジェームスが強い口調で言い返して来た。このジェームスと言う初老の執事長は、アフリカ系のアメリカ軍軍人を父に、日本人の母親との間に生まれた、朝鮮戦争の孤児で、大旦那様と呼んだ、クルードの祖父に引き取られ、クルードの父の友として養育され、長じては屋敷の執事長になった、凄まじく有能な男である。それゆえ、クルードも第二の父に近いジェームスには何処となく、一歩引いてしまう。
「考えても見てください。親友とその妻、娘が殺され、生き残った息子が復讐に人生を捧げようとしている。この私の気持ちがお坊ちゃまにお分かりになりますか?」
そう言われてしまうと、最早クルードには言い返す言葉も無い。黙ってジェームスが淹れてくれた水割りを一口飲んだだけだった。
「ですから、お坊ちゃま。このジェームスにも手伝わせてください。御一人で何もかも背負い込まないでください。」
「判った。これからは任務について隠さないよ。ジェームス。」
もう一口水割りを飲んでから、絞り出すようにクルードは口にした。
「これからは、週に一度程度で結構です。お屋敷にお戻りください。それでは私はこれで。」
何か他にも言いたい事がありそうなジェームスであったが、黙って引き下がって行った。
クルードに取っては返って応える反応である。無言で一気に水割りを飲み切り、自ら二杯目を注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます