第4話 邂逅 Vol.1

 大使館を出たクルードは、すぐに近くの喫茶店に入り、モーニングセットを注文すると、

 煙草をくゆらせながら、書類封筒を開いた。

 しかし一流のプロとは、ここまで徹底しているのか、クルードの座った場所は、店の一番奥、裏口と正面入り口を見渡せる位置で。すべての窓から死角になっている。

 これなら狙撃の心配もなく、襲撃されても反撃なり、脱出なりすぐに対応できるし、もしも店内に刺客が潜入していても、すべての客を監視できる。

 位置の確保が完璧な上、座る姿勢も決して深く腰掛けず、何時でも立てるように身構えている。まさに、完璧な防御姿勢を、気張ることなく、ごく自然的に行い、店内で目立つ事も無く、浮いてさえいない。

 クルードはごく自然に取り出した書類に目を通し始めた。その姿は、決っしてエージェントには見えず。商社の営業員か、青年実業家にしか見えない。

 とにかく、どこから当たってみるか。こういう事は、セオリーもマニュアルも無い。しいて言うなら、勘、探偵や刑事の経験から来る勘が頼りである。

 クルードは流すように、次々と書類を読み飛ばしていった。そこで、クルードは奇妙な事に気が付いた。今回の事件で奪われたチップには、帝都大学の医学部と生物化学部の研究スタッフにより行われていた、クローニングによる、臓器や器官の再生技術のデーターが入力されていたのであるが。その責任者、山本教授がチップの設計から、プログラム、

 データーの入力まで、一人で行っている。

 教授は生物学者であり、生物化学部の学部長を務めていると、書類にはある。

 おかしな話である。少なくとも、コンピューターのチップの設計や、プログラムは、生物学者の管轄外である。もちろんプログラムぐらいなら、こなす人もいるかもしれないが、

 設計は機械工学者の管轄である。とても、生物学者のやる事ではない。

「このただ者じゃあ無いな。もしかして、サイバネスティー学者か?」

 サイバネスティーと言う言葉じたいはアメリカでは、1940年代から存在する言葉であるが、本来は操船技術者をさす古いギリシャ語らしい。早い話が、人工頭脳の実現や、社会、生物、機械の完全な融合と、調和を目指す、新たな科学の分野である。現在、専門的な学部や、研究機関はそれ程多くない。少なくとも、帝都大学にはサイバネスティー学部があるなど聞いたこともない。昔、早稲田大学が、サイボーグ義手の研究をしていたと

 いう話は聞いた事があるが、その後、新たな話は耳にしていない。

「教授に会ってみるか。面白い話が聞けるかもしれない。」

 クルードは呟くと、伝票を片手に席を立った。

 クルードは、店を出ると、愛車のハーレーのエンジンをかけ、コンソールパネルの液晶ディスプレィのスイッチを入れた。このハーレーはもちろんただのハーレーではない。コンソールの液晶ディスプレィもただのカーナビゲーションではない。アメリカ軍の情報ネットワークの端末装置である。世界中のあらゆるコンピューターネットワークに接続し、個人のコンピューターからも情報を引き出す事の出来る特別なスーパーコンピューターが搭載されている。クルードはすぐに、教授のデーターを引き出す様、コンピューターに指示を出し、続いて、教授の自宅の住所、そこまでのルートを検索、最短ルートを表示させた。

「CarNavi Mode!」

 なんと、音声入力である。すぐに、液晶モニターが切り替わり。現在位置とその周りの

 表示に切り替わった。クルードは方向を確認すると、ハーレーにまたがった。

 高速道路のインターを降りると、クルードは簡素な住宅地に向けてハーレーを走らせた。

 教授の家は住宅地の外れ、ここからだと向こう側の外れだ。クルードは液晶モニターに映し出された教授の家と、その周りの画像を見ながら呟いた。

「大学教授って奴は儲かるんだな。」

 教授の家は、周りに並ぶ建て売り住宅四軒分の敷地面積を持つ。元々ここに住んでいるか、相当な稼ぎがあると、クルードは見た。

「さて、急ぐとしよう。」

 再び自分の周りの映像に切り替わった画面に一瞥をくれてから、クルードはスロットルを握る手に力をこめた。と、その時である。

 突然、ヘルメットのレシーバーが、軽快な、電子音を鳴り響かせた。

「Telephone Mode!!」

 クルードが呟くと、自動的に、ヘルメットからインカム式のマイクが生えるように、せり出してきた。

「クルードだ。」

 短く答えると。相手は、興奮した声を怒鳴るように、畳み掛けて来た。

「ジュニア!! たいへんだ!!」

 この声は部長だ。

「部長、俺は・・。」

「そんな事はどうでもいい!奴等が、チップの開発者、山本教授の自宅を襲撃している。

 大至急、現地に向かってくれ!!」

「なに?わかった。そこまで手が回っていたのか?」

 クルードは慌ててスロットルを回した。

「現在、こちらの任務のことは知らせてないが。所轄の刑事が教授の家に、昨夜の事件の事情聴取に訪れていて、襲撃者と遭遇した。警察にはこちらから連絡する。すぐに救援に向かってくれ。」

「わかった。丁度、俺は教授の家に向かっていた途中だ。すぐに付く。」

「たのむ、一般の刑事じゃあもたん。」

「了解!通信終了。」

 クルードの声に反応し、インカムマイクがヘルメットに収納され、画面が切り替わった。

「渋滞を避け、住宅地を通らない最短ルートを表示!」

 声に反応し、即座に画面が切り替わる。処理スピードはパソコンや、一般のカーナビの比べ物ではない。クルードは画面を確認すると、さらに、ハーレーを加速させた。

 街中では危険過ぎる速度でハーレーを飛ばし、クルードは教授の家へと続く小道にハーレーを乗り入れた。

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