第3話 序章 Vol.3

「まず座れ、クルード。話はまだ終わっていない、君クルードに、もう一杯コーヒーを。」

「すまない、部長。」

 ようやく落ち着いたクルードは、低く詫びると、もう一度席についた。

「だが、コーヒーはもういい。」

「そうか、無理には勧めん。いいか、おまえは、今日まで、たった一人、闇の中で復讐の刃を研ぎ澄まし。自分がそれを振り下ろせる、唯一の人間だと、証明するために、困難な任務をやり遂げてきた。」

「当然だ、俺は死ぬ訳にいかない。」

「そこでだ、上層部は、今回の事件の解決を、お前に指定してきた。」

 部長は、そこまで言うと、秘書に合図を送り、何かを持ってくる様に促した。

「すでに、ゴーグ准将にも連絡が入っているはずだ。今日より、お前の持つスリーAの身分証明書と、殺人許可書の使用制限は、アメリカ政府と大統領、そして、国連の名の元に、

 永久に制限解除される。」

「俺が死ぬか、奴等を滅ぼすか、今から行動を開始しろと?」

「そうだ、二十四時間以内に、正式な命令書が発行される。」

「わかった。」

「今回のミッションは、日本政府からの依頼の形をとり、報酬は、日本円で、前金百万円、成功報酬は一千万円。別途必要経費が支払われる。ただしお前に拒否権は無い。」

 部長は、最後は、命令口調で言いのけた。

 クルードは無言で肯き、サングラスを外した。

「部長、あんた、話がわかるぜ。多分、俺を動かす様に、上層部に掛け合ってくれたのはあんただろう。」

 その目元はすずしげで、瞳は力強く輝いていたが、なぜ、サングラスを掛けていたかは

 これで分かった。

 はっきり言って、クルードの素顔はかなりのハンサムであるが、その目の周りには、醜い傷痕が広がっていた。

 まるで、左目を潰すかのような縦一文字に走る傷跡を筆頭に、右目の下の十字傷、その目尻に刻まれた星型の傷、すべて僅かでもズレていたら失明は免れない程深く醜い傷痕である。

 クルードは目が悪い訳ではなく、これらの傷痕を人目から隠すため、たとえ夜間でも、室内でも、人前ではサングラスを取らないのである。

「しつこいかもしれんが、君の父上は私の親友、当然だ。」

「感謝する。早速当たらせてもらう。」

「焦るな、特殊装備課からのプレゼントだ。持っていけ。」

 部長は秘書から受け取ったアタッシュケースを開き、クルードの眼前に置いた。

「"コントロールメタル”と、“キメラハンター”だ。」

「完成していたのか。ありがたく使わせてもらう。」

 アタッシュケースの中身は、一丁の拳銃と、直径十cm程の金属の円盤が一つに、同じような五cm程の円盤が二つ入っていた。

 円盤は銀色に輝き、厚さは一cm程で、滑らかに加工されている。コントロールメタルとは、この円盤の事であろう。

 と言うことは、キメラハンターと言うのは拳銃の事であろう、だが、この拳銃がまた、この様な武器がこの世に存在していたのかと誰もが思うほど無骨で、奇怪な外見をしていた。

 大きさは、普通の拳銃よりも大きい。そう、四四マグナムを発射する、オートマチック拳銃の様な大きさである。そう言ってみれば、ベースになっているのは、イスラエルの軍用拳銃、デザートイーグルの様である。

 しかし、反動を殺す為か、巨大な、排気口と、ショックアブソーバーが取り付けられ、ほとんど原形を止めていない。おまけに、銃身と銃口も、レミントンのショットガンにみられる、ボルトポンプが取り付けられ、まるで、小型のショットガンか、銃床を外し、銃身を切りつめたライフル銃のようである。

「そいつは、44マグナム弾と、二十発の散弾を同時に発射出来る。」

 キメラハンターと呼ばれた銃を手に取り、古美術品を鑑定するかのように見つめていたクルードに、部長は諭す様に言った。

「ほう、凄いな。」

「残念だが、装弾数は三発、射程距離は三十メートル程だ、それに、反動が大きく、命中率も低い。」

「まだまだ研究の余地あり、って言う事になるか?」

「うむ、もちろん、それが奴等に通じるかどうかは未知数だ。」

「ま、こいつだけで奴等に立ち向かうよりマシだ。」

 クルードはどこからか、一丁の拳銃を取り出して呟いた。

「まだ、それを使っていたのか?」

「ああ、親父の形見だ、使えなくなるまで、使うさ。」

 拳銃をしまいながらクルードは答えた。

 それは、もはや今の時代には旧式と呼んでもおかしくない銃である。かってドイツで軍用拳銃として開発されながらも、とうとうドイツ軍からは正式採用されず。中国軍などから採用された軍用拳銃、モーゼル・ミリタリー712、それであった。実用されたオートマチック拳銃第一号と言われ、7・26ミリ弾を十発装填可能で、弾丸の初速は357マグナムに次いで早く、命中精度も高い。なにより、本体左のセレクトレバーで、フルオート発射が可能であり、木製のホルスターは、後方に取り付け、銃床として使うことも出来る。

 現在の最新鋭の拳銃に要求される性能を、すでに八十年前に満たしていた名銃である。もちろん弱点もある、装弾方法が、いわゆる着脱式のマガジンを使わず、スライドを後方に引いて固定させ、専用レールを取り付けて弾丸を押し込むと言う方法をとる。その為、装弾に時間がかかると言うのが一つ目の弱点。そして、弾丸の口径の割に、大型で、重いと言うのが二つ目の弱点。最後が、撃鉄がシングルアクションのみと言うのが三つ目の弱点である。

 もっともクルードの712は、着脱式のマガジンが採用されているので、弱点は一つ克服されている。

「まあ、やれる限りやってみるさ。」

 言いながらクルードは立ち上がった。

「さて、俺は早速当たらせてもらう。」

「うむ、これが必要な情報のファイルだ。」

 部長に手渡された書類封筒を受け取り、クルードは立ち去ろうと、ドアに向かった。

「頼むぞ、ジュニア。」

「部長、その呼び方は勘弁してくれ、それから。あんた秘書ぐらい、もうすこしマシなの選びな、化粧のしかたと、コーヒーの点れ方ぐらい上手なな。」

 秘書が何か叫ぶのを聞き流して、クルードは部屋を出ていった。

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