第7話 森の中の出会い

 オーケアニデス族の眷属たちは、俺とレヴィアを降ろすとそのまま島へと戻っていった。

 大陸との境界である島を守ることがレヴィアとの契約らしく、自分たちの主を大陸に残していくことに何の躊躇ためらいもないようだ。

 よく考えれば彼女は傭兵ギルドのタグを持っているくらいなので、何度も大陸と行き来しているんだろう。


「そこまで頻繁に来ているわけではないけれどね」


 心配してくれるのかい? と生暖かい視線で見つめられる。

 俺をからかっているんだろうが、ジロジロ見られるとこっ恥ずかしい。


「さて、とりあえず準備しましょうか」


 レヴィアは空間魔法で得物の槍や胸当て、皮のブーツといった軽めの装備品を取り出し、テキパキと身に着ける。

 俺たちが上陸した場所は近場の港町からはやや南西に離れた浜辺で、北側は鬱蒼とした森が海岸まで広がっており、町へ向かうには森の中を通っていくしかない。


「森には攻撃的な奴らがたくさん生息しているからね。さすがに無防備で入る者はいないわ」


 レヴィアは危ないから装備品をつけているわけではない。着の身着のまま進んで誰かに見つかると怪しまれるからだ。

 森は町の人にとっても格好の狩場になっているので夕方でも誰かに会う可能性は高いらしい。

 てか、それなら俺も何か用意してくるんだった。

 布地の服を着ているだけの俺ではレヴィアに比べ軽装過ぎて違和感しかない。


「私がキミを守っている傭兵、ということで」


 うーん。

 それは納得いかないと言いたかったが、今の俺には立場的にも格好的にも反論の余地はない。


「あくまで建前上ね。実際はキミに任せるから。私は誰かと鉢合わせしないか警戒することに専念するよ。森の獣より、人族とのしがらみの方がよっぽど厄介だからね」


 確かにその点に関して俺にはわからないことだらけだったので、一も二も無くレヴィアの意見に従った。彼女に人族と遭遇した場合のことは任せて俺は襲い掛かってくる獣に注力すればいいはず、だったのだが。


「ただし、初めて見たモノには必ず鑑定魔法を使うこと!」


 彼女のこの言葉で俺の考えは根底から崩されることになる。


 レヴィアによれば、初めて見るモノを鑑定することが魔法レベルを上げる為の近道なんだそうだ。そんなの長老から全く聞かされていなかったが、それが一番重要なことらしい。

 俺は半信半疑だったが、言われた通りそこら辺にある全てのモノに鑑定魔法を掛けていく。



 名前:【タンポポ】

 年齢:【0】

 種族:【植物】

 カルマ:【なし】



 名前:【オオバコ】

 年齢:【0】

 種族:【植物】

 カルマ:【なし】



 名前:【ミミズ】

 年齢:【0】

 種族:【動物】

 カルマ:【なし】




 うん。

 なんというか、凄く地味で大変な作業だ。

 こんなことをやっていたら、いつまでたっても先に進めやしない。

 だいたい、他人はどうか知らないが、俺の場合は鑑定魔法を使うのに結構な集中力を必要とする。しかもそれなりに魔力も精神力も使っているので神経がすり減らされるのだ。

 そんなわけで、やっとこさ森の中に入った道すがらで俺はもうふらふらになっていた。

 それでもエゴノキ、ヒイラギ、クスノキ、クチナシといった木々に、アリ、トカゲ、クモ、ハチといった虫の類、そして砂、土、銅、鉄といった土壌や装備品の類までとにかくレヴィアに言われるがままに必死で鑑定魔法をかけ続ける。


 そして一時間くらい経った頃、俺は頭が朦朧としてついにはその場へへたり込んでしまった。


「もうダメ……。目が回る……」

「はい、お疲れ~。長老様の特訓をやっていたのだから、最初はそんなものよね」


 結局、まだ海が垣間見える程度の場所で今日の修行は終了となった。

 レヴィアによれば、どうやら俺は魔力を無駄に使いすぎてしまうらしい。そのくせ集中しないと使えないからさらに何倍もの労力がかかる。


「最終的には私に気付かれず鑑定魔法を使えるようになることね」


 レヴィアの言葉が睡眠学習の要領で耳に届く。

 そんなこと出来るのか? という疑問が脳裏をかすめるが、とにかく頭がぐるぐる回って何も考えられない。


「今日はもうこれ以上鑑定魔法を使わなくていいわ。太陽も沈む頃合いだし、そろそろ町に向かわないと本当に野宿する羽目になりそうだからね」

「た、助かった……」

「もちろん明日もやってもらうけどね」


 レヴィアはヘロヘロになって倒れたままの俺を見ながら悪戯っぽく笑う。


 繰り返し作業はそんな嫌いじゃなかったが、こと魔法に関しては一回一回に多大な集中力を必要とするので、この修行はもの凄くタフだ。

 長老の修行も大変だったけど、こっちの方が地味なのに圧倒的につらい。

 そしてレヴィアは俺がヘトヘトになるのを若干楽しんでいるきらいがあった。

 彼女の大人びた妖艶な姿とは対照的に、悪戯好きは長老に輪をかけて酷いようだ。




 ―――



 30分くらい経ち、ようやく立ち上がれるようになった頃、ふと何かに気付いたレヴィアがこちらに目配せをしてくる。


「誰かこちらに来るわ」


 簡潔な言葉だったが、さっきまでと違って若干緊張感が漂う。


「どう? 歩けそう?」

「大丈夫。歩くくらいなら問題ない」

「なら無理しない程度に行くわよ。おそらく、こちらの状況は向こうに気付かれたはずだから」


 今はふらふらで探知魔法を使う余力はない。

 だから余計に気になった。

 少なくとも耳を澄まして聞こえてくるのは小さな波音だけだ。獣の歩く音さえ聞こえない。つまりレヴィアの言う相手はそんな近くにはいないということだ。

 にも関わらず、相手は俺たちに気付いた。

 だとすれば、俺たちはいつの間にか相手に探知魔法で探られたことになる。


 俺は魔法を使われたことに気付けなかった。

 

 当然のことだが、相手の魔法に気付けなければいざと言うとき致命傷になる。

 だからどんな時でも魔法をかけられた瞬間気付けるよう、この三年間さんざん長老に叩き込まれたはずだった。

 レヴィアに褒められて浮かれていたけど、現時点では魔道具によって底上げされた人族の魔法の方が俺なんかより数段上ということになる。

 悔しさのあまり俺はほぞをかむ。

 謙虚に、冷静に。

 油断してる場合じゃない。


 俺は若干ふらつきながら、先を進むレヴィアの後を追った。

 だんだん薄暗くなっていく森の中は視界も狭まり、闇が濃くなっていく。ただ、人の行き来が頻繁なのであろう、道幅は狭かったけど、歩くのに困難ということはなかった。


 やがて、もう一つの道とぶつかる三叉路が見え、そこに幾人かの人影があるのに気付いた。


「うまく話を合わせて」


 レヴィアのささやきに軽く頷く。

 彼女はことさらゆっくりとした足取りで三叉路に向かった。

 そこには女が一人、男が二人陣取っていた。

 見るからに大柄な筋肉質の丸刈り男と、その男よりはやや背が低いものの俺よりは上背があり、茶髪でやたら顔がテカってる男。そして――


「レヴィ! レヴィじゃないか!」

「……マリーか」


 森の奥の暗がりの中、レヴィアへ親しげに話しかけてきた女性は凛としたたたずまいを醸し出していた。瞳は大きかったが眼光鋭く目鼻立ちも整っており、やや藍がかったショートカットの髪に惹きつけられる。

 背丈は俺と同じか、やや低いのだが、三人の中では別格の存在感である。

 妖艶なレヴィアと並ぶと幼く見えるのだが、鎧とブーツの隙間から垣間見える引き締まった腕やふとももが健康的な肉体美を示しており、レヴィアと対照的に凛々しさが際立っている。


「どこへ行ってたんだ。私はレヴィを探していたんだぞ」


 マリーと呼ばれた女性は少々口を尖らせながら、でもレヴィアに会えて嬉しそうであった。


「それは好都合だったね。私はマリーに関わらなかったお陰でこの半年間、平穏に過ごせていたよ」

「それはどういう意味だ」

「今から私は不幸になるという意味だね」

「なぜ私がレヴィに関わったら、レヴィが不幸になるんだ?」

「どうせまた無茶な依頼の斡旋でも受けたんでしょう? それに付き合わされる身にもなってほしいものね」

「グッ……」


 二人の美しい女性たちは、男三人がまるでいないかのように和気藹々と話し合っている。

 レヴィアからも先ほどまでの緊張感は一切感じられず、俺は拍子抜けして残り二人を見やる。

 すると、茶髪の男がだらしなく表情を緩ませながら俺に近づいてきた。


「どーも、どーも、はじめまして。俺の名前はフアン=アラゴン。人呼んで愛の伝道師、さ」


 ……俺はなんと反応してよいのかわからずもう一人の男を見ると、そいつは額に右手を当てて深く溜息をついていた。


「そのバカはほっといてやってくれ。少し頭の弱い奴なんだ」

「んだと! 俺のどこがアホの子だ! お前だってただの筋肉ダルマじゃないか」


 軽薄そうな茶髪に揶揄され大柄な男がぴくっと得物の斧を動かす。

 その途端、フアンは怯えてブルブル震えだした。


「お、おいおい、ちょっとした可愛いジョークじゃないか。だいたいイェルドが俺を馬鹿にしたのが先だろう? 自分だけ許さないなんて戦士の風上にも置けない奴だ」


 だが、もうその声を無視して大柄な男が俺に話しかけてくる。


「俺はイェルド=リュングバル。そこの港町リスドでギルド補佐をやってる」

「俺を無視すんなー」

「(無視)この暗がりだ。リスドに行くなら案内してやってもいいぞ」

「こらこらこらこら。自分ばっかいい格好すんな」

「知らん。うるさい奴め」


 フアンがうっとうしく絡むので、イェルドは我慢できず言い争いを始める。

 結局俺一人唖然としたまま放置されていると、一区切りついたのかレヴィアが戻ってきた。

 いや、もう一人、先ほどの女性も後ろについてきている。


「君に紹介しよう。友人のマリーだ」

「マッダレーナ=スティーア。軍人だ。よろしく。マリーと呼んでくれ、可愛らしいお嬢さん」

「――えっ?」


 これが俺とマリーことマッダレーナ=スティーアとの初めての出会いであった。

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