第6話 レヴィアの手ほどき
身体が汚れれば水かお湯で洗うし、食事をした後に歯を磨くのも同じ。
ただレヴィアに言わせれば細かい部分に微妙な差を感じているとか。
「人族の方が食事にうるさいし、衣服にこだわるし、寝る場所も繊細ね。孤島で
「人族の皮膚は柔いもんな」
竜人の皮膚は人族よりも硬くて頑丈だから、孤島を駆け巡って遊んでいた時、ユミスに羨ましがられたのを思い出す。
魔法で島の端から端へ空を駆け巡った時、着地は足に負担が大きいから俺がユミスを支えたんだよな。
……後で長老に危ない事はするなとしこたま怒られたけど。
「それよりも問題は魔法ね。人族はかなり最近まで六歳になると魔道具を使って魔法を強制的に使えるようにしていたの。ごく少数の魔力に長けた者を除いてね」
「それは長老から耳にたこが出来るほど聞いた。だから俺もある程度魔法が使えないとまずいってことで鑑定魔法を、それこそ死に物狂いで練習したんだから。まあ、町で使っちゃダメってわかってがっかりだけど」
「あら、使うのを禁じられているわけではないの。人に向けたと誤解されなければ大丈夫。むしろあまり使い手がいないから人族の中では重宝されるわね」
食べ物が新鮮かどうかわかるし、宝石なんかもまがい物かどうか見分けがつく。
毒が無いかどうかもわかるし、レベルが上がると怪我や病気の類だって判別出来る。
だから鑑定魔法の使い手は引く手あまただそうだ。
「だけど、キミの場合は問題ね」
「えっ?」
「まだあまり上達してないでしょう? 人族は魔道具で強制的に覚えるから、鑑定魔法のレベルがだいぶ劣っているの。これが三年前までならごまかすことも出来たけれど、今は
「それってとてもまずい状況なんじゃ?」
「それなりにまずいわね。他に使える魔法も少なそうだし……」
俺があと使えるとすれば詐称魔法だが、さすがに怪しすぎてとても言えたもんじゃない。
ちなみ詐称魔法は
だから鑑定魔法をもっと使えるように見せることは不可能だ。
「どうすればいい?」
「どうもこうも使えるようになるまで特訓あるのみよ」
「えええ?!」
俺、ここまで出来るようになるのに三年かかったんですけど。
正直、活路が見えない。
それをそのまま伝えるのは俺に魔法の才能がないと暴露するようなものなのでかなり恥ずかしかったが、現状の打開の為には素直に白状するしかない。
だが話を聞いたレヴィアは少し驚いた顔を見せ、それからくすくす笑い始めた。
「長老はよほどキミがお気に入りなんだね。キミの歪な成長は長老の仕業だったわけだ」
「はい?」
「安心なさい。一つの魔法をある程度のレベルにすることは、効率よくやれば意外と簡単よ。おそらくキミくらいの力があれば一ヶ月程度でクリア出来るわ」
「そんなバカな!」
俺は少なくとも必死で鑑定魔法を使いこなせるように頑張った。全く手抜きなんてしなかった。
ちゃんと長老の言いつけ通りの修練を行い、少しずつだけど着実に向上してきた実感もあった。
それが、一ヶ月?
じゃあこの三年はとんでもない遠回りをしてたってことか?
「信じられないって顔をしているわね。まあ、過保護な長老様の訓練ならそう思うのも無理ないけれど」
「なっ!?」
「試しにどんなことをやらされていたのか当ててみせましょうか?」
ニヤリと笑いながら茶目っ気たっぷりにレヴィアがにじり寄ってくる。
「まずは、個々の魔法のイメージを膨らませる練習でしょう?」
「……う」
「それから、全身で魔力を感じる訓練に、イメージをさらに膨らませて二つ、三つ、四つとどんどん魔法を増やして感覚を養う訓練。あとは……」
次から次へとレヴィアが話す内容はまさに長老から教えられた日々の特訓そのものであった。
鑑定魔法はありとあらゆるものを見定める必要があるから、イメージをとにかく膨らませることが必要だと長老は言っていた。
頭だけでなく身体のありとあらゆる場所で魔力を感じられるようになること。それが重要だと。
めちゃめちゃ大変だったけど、だんだん出来るようになってきたから、俺は日々力がついていると実感してたんだ。
それなのに……。
「もちろん長老様の特訓も間違いじゃないわ。ただ実際のところ、個々の魔法を鍛えるというより魔力そのものを効率的に高める訓練という意味合いがはるかに強いの。事実、キミはその年齢にしては桁外れの魔力値を示しているから。順調に育てば長老様の後継者になれる素質は十分にあるよ」
「え……俺よりユミスの方が圧倒的に魔法の力は上だったんだけど」
「それは単純にかの女王が稀有な才能の持ち主だということでしょう」
レヴィアの言葉は、俺にとって世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
俺は魔法が苦手で、でもユミスは魔法が得意で。
ユミスは剣術や運動が苦手で、俺は得意で。
だから俺はユミスを守りたいと思ったんだ。
まさか俺に魔法の素質があるなんて言われる日がやって来るとは。
「話を戻すと、キミは私と一緒にいる一ヶ月で鑑定魔法のレベルを上げる必要がある。けれど、さしあたっては
町は外敵から守るために堅固な壁で囲まれており、入り口の門には必ず衛兵が駐屯している。そこで町に入る人全員を確認し、問題なければようやく中へ通されるそうだ。
ちなみに検問で引っ掛かった怪しい者は全て詮議の対象となり勾留させられる。
当然【カルマ】や魔法の力の有無は重点的に調べられるわけで、少しでもおかしなことがあればただでは済まない。
「えっ、じゃあいきなり野宿?」
「そんなわけないでしょう! キミだけしたいならすればいい」
「いやいや」
あれだけ美味い食事を口にしてしまったのだ。これが町にも入れず一ヶ月の間ずっと野宿だなんて辛すぎる。もっと人族の美味しいご飯を食べてみたい。
「いくつか手立てはあるけど、一番安全な方法で行く予定よ。その分、キミにはいろいろ制約が加わるけど、問題ない?」
「もともと俺の力のなさが原因だし。それで、どんな方法なの?」
「これを使うわけ」
そう言ってレヴィアは俺の視線も気にせず(いやわざとか?)ワンピースの胸元をまさぐり、ネックレスについた年季の入ったタグを出してきた。
洗練されたデザインの青銅タグには、シンプルだけど、どこか惹かれるシンメトリーな紋章が刻まれている。
「あまり女の胸元を凝視しない方がいいわね」
「えっ?! いや、その、そんなつもりじゃないって!」
俺が食い入るようにタグの紋章を見ていると、身体を捩じらせながらレヴィアは胸元を隠そうとする。
……いやいや、ちょっと待ってくれ。それはとんでもない誤解だ。
だいたい、竜族にそんな情欲ないだろ。
絶対にわざとだ。俺をからかっているんだ。
「これは傭兵ギルドの証よ」
「傭兵ギルド?」
「あら、長老様の授業で習わなかった? いくつかある組織の中でも物騒なこと全般を請け負う何でも屋よ」
そういえば何か聞いたような。
あの頃はとにかく自身の修行に必死で、人族の生活習慣の細かなところまでは頭に残らなかった。
「実際に行ってみればわかるわ。あと少しで大陸に着くことだし、いろいろ覚えないとね」
船に乗って三日目の夕刻、無事俺たちは大陸にたどり着いた。
ついにここまでやって来た、そんな実感が込み上げてくるが、まだ俺は何かを成し遂げたわけじゃない。
よりいっそう気持ちを引き締めようと誓うのだった。
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