第9話
私は直哉の腕を支えながら、夜の歩道をゆっくりと歩いた。
酔いのまわった彼の体は思ったより重くて、それでも拒まないぬくもりが、妙に安心感をくれる。
駅へと続くはずの通りを外れ、ネオンのまたたく裏路地へと進む。
ふたりきりの足音だけが、アスファルトに響いていた。
(ほんとは……こんなの、何度もやってきたはずなのに)
酔わせて、気を引いて、タイミングを見て距離を詰める。
男と遊ぶのなんて、慣れてる。
なのに。
(なんで……こんなに、心臓うるさいの)
ぐっと袖を握りしめる指先に、微かに汗がにじむ。
視線を横に向ければ、直哉はうつろな目で、ぼんやりと私の顔を見ていた。
「……真白、どこ行くの」
低く、かすれた声。
「ちょっとだけ、休めるとこ」
「ん……んー……」
答えたのか、返事になってないのか。けれど抵抗はない。
(今だけ。今しか、ない)
私はホテルの小さな入口のドアを押した。
静かすぎる自動ドアの音が、やけに耳に残った。
*
部屋に入った瞬間、ふたりのあいだにあるものが変わった気がした。
壁にかけられた安っぽい絵。冷たい照明。かすかに漂う、洗剤の匂い。
でも、この密室の空気が、いちばん、心をざわつかせた。
ベッドの隅に直哉を座らせると、彼はまだぐったりしたまま、私を見上げてきた。
「なあ、真白……なんで、そんな顔してんの」
「……してないよ」
「なんか……変。いつもと、違う」
私は口元に笑みを作ろうとした。でも、上手くいかなかった。
「……酔ってるくせに、よく見てるじゃん」
声が震えていた。
直哉の視線が、じっと私を捉える。
「……お前、俺のこと、好きなの?」
その言葉に、頭の中が真っ白になった。
(言わないで、そんなの。聞かないで)
わたしは、答えなかった。
けれど次の瞬間。
私はそっと、彼の頬に触れていた。
火照った肌が、私の指先に伝わる。
それは、どこか安心できる温度で。
でも同時に、すべての理性を剥がしてしまいそうな熱だった。
(――いまだけは)
(彼女がいるとかいないとかじゃない。
私は、あんたが好き)
わたしは唇を開いた。
「……黙ってて。今日は、何も聞かないで」
そして、彼の唇にそっと触れるように、顔を寄せていった。
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