第17話 おいしいね、って言って欲しくて
「あっ、ゴメン、今日は無理なんだ」
「———え?」
予想もしてなかった言葉に、私はつい思考が途切れてしまった。
「今日は、涼風とちょっと用事があって……」
「ごめんねぇ、おりこちゃん。今日はちょっと天野さんを借りるね?」
「すずちゃん⁉なんで⁉」
申し訳なさそうに、すずちゃんが手を合わせて謝ってくる。
いやそんなことはどうでもいい。なんですずちゃんが天野さんを借りるの?
「えっと、それは……」
「ゴメン、それは秘密にって……」
「あっ、そうだったよねぇ。ごめんね~」
秘密⁉秘密って何⁉
「そういうわけで何も言えないんだけど、今日の放課後はおりこちゃん一人ぼっちにさせちゃうけど、ごめんね!今日中になんとか……」
「す、涼風!」
「あっ、何も言いません!ごめんね!」
え?何?何なの?
あんなに楽しそうに一緒に勉強会してたのに、もう嫌になっちゃったの?
やっぱり、すずちゃんと遊んでたほうが楽しいって事?
まあそうだよね、ただの勉強が楽しい訳ないもんね。
「……そっか、分かった。二人で楽しんでね」
「えっ、おりこちゃん?」
「さ、笹川?」
二人が心配そうに声をかけるが、視界がにじんで二人の表情が分からない。
どうしてだろうと思うが、思考が追い付かない。
やがて、目から何かが滴り落ちた。
どうやら私は泣いているらしかった。
「ご、ゴメン!笹川!そんなつもりじゃなかったんだ!アタシ、サプライズがしたくて、それで涼風に手伝ってもらおうと思ったんだ!」
「そうそう!おりこちゃんをからかったり、悲しませるつもりなんてないんだよ!むしろ、天野さんは喜ばせたかったの!」
え?何?サプライズ?
もう訳が分からない。何でこんなに考えがまとまらないのか。
分からない。何で胸が苦しいのか。
「ああもう!」
「えっ?」
にじんでいた視界が、急に真っ暗になる。
顔が、体が温かくなる。
どうやら、突然立ち上がった天野さんが、私を抱きしめているようだった。
「ごめん、ごめんな……」
そう言いながら、私の背中をぽんぽんと優しく叩く。
息苦しかった呼吸が少しずつ整う。
回らなかった頭がだんだんと落ち着く。
「おりこちゃん。天野さんはね、私と一緒にお弁当を作る特訓をするつもりだったの」
「え?おべんとう?」
「うん。天野さんね、最近デキる女になろうって言って、料理の練習とか始めたらしいんだけど、うまくいかなかったみたいで」
「だから、いつも弁当作ってて料理の得意そうな涼風に教えてもらおうと思ってたんだよ」
「……そうなんだ」
二人の声色は、とても私を慈しむような、やさしい声だった。
……冷静に考えれば、この二人が私をからかったりするはずが無いのは、私が一番知っている。
それをちょっと不安になっただけで、なんて姿を晒してしまったんだろう。
「それにね。実はこれからは私じゃなくて天野さんに、おりこちゃんのお弁当を作ってもらうと思ってて!」
「え?そうなの?」
すずちゃんが私にお弁当を作ってくれるのは、中学時代から続いていた。
いつのまにか、すずちゃんのお弁当をお昼に食べることが当たり前のことになっていたから、急にやめるというのはかなり驚いた。
「涼風さ、最近はシズクにも弁当作ってるからさ。アイツいつも遠慮してるけど、ほっといたら本当に何も食べないし、アタシもちょっとだけ心配してたから」
ああ、水鏡さん。そういえば、この前水鏡さんに弁当を食べさせたら結構好評だったから、あの日以降も毎日弁当を食べさせに行ってたんだっけ。
「……そっか。ごめんね、すずちゃん。忙しいのに私の分まで作ってもらってて」
「ううん!気にしないで!全部私がやりたくてやってたことだから!」
というか、私自身ずっとすずちゃんに甘えっぱなしだったんだ。
がっかりする資格はない、よね。
「……二人の事情は分かった。でも、何も私を除け者にする事はないと思うんだけど」
「あ~、ゴメンって!急に弁当を作ってきて驚かせたかったんだよ~……どうどう」
「もう背中ポンポンしなくていいから!」
「ぐえっ」
いつまでも私を抱きしめようとする天野さんの顎をぐにゅっと掴んで、体を押しのけた。
「まあいいわ。私も二人の特訓を見学させてもらうから。勉強しながら」
「えっ?別にいいけど……」
「おりこちゃん、そんな時まで勉強するつもりなの~?」
二人が信じられないような者を見る目で私を見る。
「いや、どうせ暇な時間ができるだろうし、その間は勉強したほうが得かなって……」
「えっ?笹川って昔勉強できなくてイジメられたとか、そういう経験あったりすんの?
「え~?そんな事なかったと思うんだけど……」
「そ、そんなにおかしいかな……空いた時間に宿題とかやるの……?」
「お弁当の特訓に付き合ってくれるってことは、試食とかしたりするでしょ~?それに、天野さんの頑張ってる姿を見逃すかもしれないのに……そんなときまで勉強するなんて~……」
すずちゃんが私をジトーっとにらむ。
……この子が私をそんな風に見るのは、本当に珍しい。
「わ、悪かったわよ……大人しく見守るから……これでいいでしょ?」
「おう!アタシ、絶対に美味しい弁当作れるようになるから!」
「ふふふ~、やっぱりおりこちゃん、愛されてるね~」
「愛されてなんて!……いや、そうかもしれないけど!いやそうじゃないけど!」
「ふふふ~」
「へへへっ」
「すずちゃん!ニヤニヤしないで!天野さんも!」
二人は、ニコニコと笑いながら、じりじりとこちらに近づいてくる。
「なっ、なに?」
「お~りこちゃん!」「ささがわ~!」
「ひゃっ」
突然左右から抱き着く二人!
な、なんなの!?
「愛される自覚が出てきたみたいでホントにかわいいねぇ~」
「これからもアタシたちがいっぱい愛してやるからなぁ~!」
「む、むぅ!やめて!離して!」
二人のかわいがりは、休み時間の終わりを告げる予鈴が流れてくるまで終わらなかった。
……私の威厳と言うか、品行方正な態度が薄れてしまったような気がするけど。
不思議と、悪い気はしなかった。
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