第16話 今日も一緒に……?



 ラブレター騒動の後、私と天野さんは図書館で小テストの対策勉強をした。


 天野さんは、小テストの存在を忘れていたくらいだから、勉強に意欲のない人だと思っていた。


「笹川、これってどうやんの?」


「笹川~、これってこうすればいい?」


「ささがわ、これなんで間違いなの?」


 だけど、天野さんは私が想像していた以上の勉強の意欲を私に見せた。

 この子には失礼だけど、かなり意外だった。


 とはいえ勉強は苦手だったのか、最初は教科書の例題をやってみるとミス回答を連発していた。

 だけど、勉強会の終わりごろには、間違いはほぼなくなっていた。




 『アタシ、絶対!笹川に相応しいオンナになるから!もっと勉強もできて、もっとカッケェくてかわいくて……とにかく!デキるオンナになるから!』




 勉強会の前に宣言したあの言葉は、どうやら嘘ではないみたい。

 私は、とても嬉しい。


 天野さんが勉強に取り組んでくれることもそうだけど、私と一緒に勉強をしてくれる人がいることが一番うれしい。


 過去には、すずちゃんと勉強会をしたことはある。

 だけど、それは中間テストや期末テスト前のテスト対策をするべき時期だけで、今日みたいにそうでもない日に勉強会をしたことはない。


 私は勉強が大好きなわけではない。

 私が好きなのは、みんなに褒められること。そしてみんなに頼られること。


 勉強ができると、みんなが褒めてくれて、尊敬してくれる。

 そんな理由で、私は毎日勉強している。


 ……とはいえ、やっぱり一人だけで勉強していると段々飽きてきたり、つまらなくなってしまうことはある。


 でも、これから天野さんが毎日一緒に勉強をしてくれるなら。


(勉強が、もっと楽しくなるだろうな)


 教科書にかぶりつきながら必死に勉強する天野さんを見ていると、明日からするの勉強の時間が楽しみになった。



       ♪



 小テストの後日、結果が返ってきた。

 私と天野さんは、両方とも満点を取った。


 ……正直驚いた。確かに天野さんは頑張っていたと思うけど、あくまで直前に詰め込んだ勉強だったから。

 まさか満点まで取るとは。


「やるじゃない、アンタ」


「へっへー、そうだろ?もっと褒めてくれてもいいぜ?」


 ニッコニコで喜ぶ天野さん。微笑ましい。

 ……でも、あんまりいい誉め言葉が思いつかない。

 普段はそんな言葉をもらう為に、頑張ってるつもりなんだけどな。


「ああうん、すごいすごい」


「……心がこもってない」


 ジトーっとした目で見られた。

 悪いことをしてしまった。そんな顔をさせるつもりは無かったんだけど。


「……ッ、この前は勉強、頑張ったね。満点を取れるなんて、凄いことだね。えらいえらい」


 思いついた精一杯の誉め言葉を口に出した。

 ……でも、これってどちらかと言うともっと子供に掛ける言葉じゃないか?


 私も昔はこんな誉め言葉を貰っていたような気がするし。


「できれば、なでてほしいなぁ」


 椅子に座ったままでもなお存在感のある天野さんが、こっちに頭を差し出してくる。


「……あの、ここは教室で、他にもクラスメイトがいるんですけど」


「お、オトモダチならこのくらい普通じゃね?」


 顔が熱い。……よく見たら、天野さんも耳が赤い。

 やっぱり恥ずかしいんじゃないか。


 どうしたものかと目を逸らすと、視界の先にクラスメイトと会話するすずちゃんがいた。

 目を向けている私に気が付いたすずちゃんが、小さく首を傾げる。


(たすけて~)


 口パクですずちゃんに助けを求めた。

 すずちゃんは昔から気配りの出来るいい人だ。きっと私のピンチを理解してくれる。


 すずちゃんは明後日の方向を向きながら悩むと、うんうんと頷き口パクを返した。


(がんばれ!)


 ダメだった。どうやらすずちゃんが気配り上手だったというのは私の勘違いであったようだ。


 目の前の天野さんは、「まだかなぁ」と呟きながら、差し出した頭を小さく横に揺らしている。

 かわいいけど、流石にここで頭をなでるのは少し恥ずかしい。


「……天野さん、アンタの言う私に相応しいオンナっていうのは、こうやって頭をなでてもらう人のことなの?」


「えっ」


 ……我ながら意地悪な言い方だとは思う。

 ただ、クラスメイトが大勢いる中で頭をなでさせられるこちらの身にもなってほしい。


「で、でもアタシ勉強、頑張ったよな……?」


「うん、頑張ってたよ。私となりで見てたし」


「じ、じゃあ……」


 天野さんが、物欲しそうに私を見てくる。

 うるうると目を震わせ、精一杯体を下げて上目遣いで私を見ようとする。

 背が高すぎて、それでも殆ど私と目線が変わらないけど。

 今でこそ清楚な見た目の天野さんだけど、少し前の不良の恰好だったこの子の時を思うと、考えられないような甘えん坊な仕草だ。かわいい。

 だけど舐めないで欲しい。私はこれでも模範生で通ってきた品行方正な人間なのだ。かわいいけど。

 私は普段、あまりSNSなどは見ないし、情報も基本はテレビかネットニュースからしか仕入れない。

 動画も、偶に息抜きで猫の動画を見るくらい。かわいいぬいぐるみや小物もあまり部屋にはおいていない。

 すべては勉強に集中するためだ。みんなに褒めてもらう為、みんなの憧れの生徒でいるため。


「うわっ、さ、笹川?」


 だから、多少可愛いだけでは絆されない。

 例え、目の前の天野さんが未だかつて見たことがないかわいい仕草をしていたとしても。

 例え、天野さんがだきしめてよしよしとしたくなるほど甘えたさんだったとしても。


「わぁ~、おりこちゃん、大胆……」


「へ?」


 いつの間にか目の前まで来ていたすずちゃんが何か言ってる。


 だいたん?だれが?わたしが?


「え、えへへ……」


「……………………」


 気が付けば、目と鼻の先に、天野さんの後頭部があった。

 その天野さんは、私の胸に顔をうずめている。

 というか、抱きしめている。私が、天野さんを。


「違うの、すずちゃん」


「え~?何が?」


「これは、天野さんが自分を労わってほしいって言うから仕方なくやったことで、他意はないの」


「そっか~。でもそれなら、ちょっとナデナデしてあげるくらいで良かったんじゃない?」


 にこにこと楽しそうに笑いながらいうすずちゃん。


「いやっ、でもっ……天野さん本当に頑張ってたからっ……」


「うんうん、だから目一杯甘えられるように、あまのさんを抱きしめたんだよねぇ?」


「ちがう……」


 もう恥ずかしすぎて頭が痛くなってきた。

 顔どころか体中が熱い。


「ちょっ、ささがわっ、いたい……」


「あっ、ゴメン」


 気が付けば、結構な強さで抱きしめていた。というか頭を締めていた。

 恥ずかしさで力んでしまったようだ。


 思わず体をパッと離す。


「あ、いや、別にそのままでよかったんだけど……」


 名残惜しそうに、口をとがらせて不満を言う天野さん。


 ふざけないで欲しい。私がどれだけ恥ずかしかったと思っているんだろうか。


「今日はもうしません!」


「じ、じゃあ次もテスト勉強頑張ったら……またハグしてくれるのか?」


「さあね!それより、その為にも勉強しなさい!今日も一緒に勉強会するんでしょ?」


 今日は特に委員会の活動もないので、放課後に余裕がある。

 そんな日は一緒に勉強会を開こうと、先日天野さんとLINEで決めたのだ。




「あっ、ゴメン、今日は無理なんだ」




「———え?」


 予想もしてなかった言葉に、私はつい思考が途切れてしまった。




~~~~~~~~~~


 次の話で直ぐに仲直りするから、安心して次のお話を読んでくださいネ。

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