第6話 笹川織子は天野七星の友人と邂逅する

 昼休みになった。


 約束の放課後まで、まだ数時間。


「はい、おりこちゃん。今日のお弁当だよ」


「いつもありがとう、すずちゃん」


 高校生にもなって恥ずかしい話だが、私のお弁当はいつもすずちゃんが作ってくれている。


 これは中学生の時から三年間ずっと続いている。


 私も面倒をかけて悪いとは思ってるし、実際に高校に進学した直後、一度断ろうとしたのだが。


『えっ……。そ、そうだよね……おせっかいだったよね……ごめんね、もうやめるね……』


 と、このようにガチ凹みされてしまったのを見て、どうしても断り切れず、結局高校生となった今でもすずちゃんに弁当を作ってもらっているのだ。


 この高校には食堂もあるので、わざわざ弁当を作らなくてもおいしいごはんを食べられるのだが……。


(……その内、私も弁当を作れるようにすずちゃんから教わろうか。それならすずちゃんも落ち込まないだろうし)


 まあ、何はともあれ今日はすずちゃんお手製の弁当だ。


 さて、どうせならオトモダチの天野さんと一緒にお昼を食べようか。


 そう思って天野さんのいる方へ目を向けた。


「…………」


 その時、教室の外から私へ視線を向けている女子がいることに気が付いた。


 身長は天野さんと同じくらい高い。多分185cmくらい。

 髪は銀髪で(染めてる!)、唇が青い……というより、青いリップを使っているようだ。

 そして、なぜか首にヘッドホンをかけている。


 かなり目立つ格好だけど、私は見覚えがない。少なくとも、同じクラスの人ではないだろう。


 そんな人がこっちを見ているなんて、最初は気のせいかと思って流そうとした。

 でも、私と目が合った瞬間。


 ————ニコォ。


 わざとらしくニッコリと笑顔を浮かべた。


(いやコワっ)


 思わず鳥肌が立ってしまった。


 あまり取り合わない方がいい気がする。そう思って直ぐ目を逸らした。


 ————トコトコトコトコ。


 目を逸らして直ぐ、明らかに誰かが真っすぐこちらに近づいてくる。


 さっきの人じゃありませんようにさっきの人じゃありませんように。


 ——ポン、と肩を叩かれる。


「よぉ、アンタが笹川さんだよなァ?」


「うぎゃあああああ⁉」


 クラス中に広がるような悲鳴を上げてしまった。実際、クラスメイトから沢山の視線を感じる!恥ずかしい!


 顔から火が出てきたような熱さが広がる!


「えっ、おりこちゃん⁉」


「笹川⁉どうした……あっ!」


 私の悲鳴に、すずちゃんと天野さんが振り返った。


「シズク!お前、笹川に何やってんだよ!」


 私の目の前にいる、この怖い女子を指さしながら、天野さんがズンズンと音を立てて近づいてきた。


 遅れて、とことことすずちゃんも私の所へ来る。


ナナセ天野さん、この人だろ?お前が言ってた気になる人ってヤツ」


「そうだけど!それをここで言うなよ!」


 どうやら、天野さんはこのシズクさんという人に色々相談をしていたようだ。


 本人の前でバラすとはまあ、恥をかかせたいのか、それともそれ程気の置けない友達、ということなのか。


「えーっと、私はあなたの事知らないから、とりあえず自己紹介してもらってもいいでしょうか?」


 流石に初対面の人(しかも怖い見た目の人相手に)の下の名前を呼ぶわけにはいかないので、自己紹介を促してみた。


「ん?……ああ、ゴメンゴメン。ワタシは水鏡みかがみしずく、ナナセとは、まあ共通の趣味のダチって感じかな」


 ヨロシク~と言いながら私に握手を求めてきたので、恐る恐る手を出した。


「さんきゅ」


 そうボソッとニヒルな笑顔でささやきながら、水鏡さんはぎゅっと握手をした。


「ちなみに私は涼風鈴音だよ~」


「へぇ、涼風。ヨロシク~」


 すずちゃんにもしっかり握手をした。

 中々気さくな人だ。


 ……ただ、よく外見を観察すると、水鏡さんの耳にはびっしりとピアスの穴が見える。

 今は何もつけていないが、放課後になると色々つけるものがあるのだろうか。


「あ~、それでなんだけど、今日は笹川に用があってさー」


「わ、私に?」


 なんだろう?

 私、こんな初対面の怖い人の気分を害するようなことをした覚えはないんだけど……。


 ————ガッ。


「ひっ」


 すると突然、水鏡さんが私の両肩を掴んできた!


「お、おい、シズク!」


「えっ、水鏡さん~?」


 天野さんとすずちゃんが心配して、間に入ってこようとする。

 えっ、こんないきなり、しかも教室の中で乱暴されるなんてこと——


「—―ホントありがとう、笹川!ナナセの事、止めてくれて!」


「えっ」


 水鏡さんから贈られたのは、精一杯の感謝の言葉だった。



       ♪



「……なるほど。つまり、水鏡さんは急に服装が派手になっていった天野さんを心配していたってワケね」


 水鏡さんから話を聞いてみると、水鏡さんは天野さんとは中学からの友人で、休み時間によくお喋りをしているらしい。


 そして、天野さんは中学から今まで特にオシャレをしたことはなかったらしい。

 そんな天野さんが最近になって突然派手な服装になっていき、水鏡さんはここ数日内心穏やかではなかったようだ。


「そうなんだよ。コイツ、最近気になるヤツができたなんて言ってから、毎日毎日どこかしら手を入れやがって。今までそこまでオシャレに興味なかったクセにさ」


「……き、興味ねぇとかまで言うのは違ぇだろ!」


「気になるヤツの方はいいのかよ」


「……ッ!良くねぇよ!てか勝手に喋んなよ!」


 天野さんが、水鏡さんの襟を掴み、思い切り前後に揺らした。


「あ〜〜〜、やめろバカ〜〜〜」


「誰がバカだこのヤロウ!」


 このやりとりだけを言葉にすれば、ケンカとも取れなくもない応酬。

 だけど、天野さんと水鏡の間に流れている空気は、とても穏やかなものだった。


(この2人は、本当に友達なんだなぁ)


 気の置けない仲。


 2人の関係が、私には眩しく見える。


 じゃれあいながらも、どこか笑っている。


 天野さんのこんな笑顔、初めて見たな。


「……そういえば、お前その袋なんだ?」


 水鏡さんをひとしきり揺らした後、天野さんは水鏡さんが肘にかけているビニール袋を指差した。


「いつもはコッペパンとかなのに、何か小さいの入れてるじゃん」


「あ、忘れるところだったわ。ハイ、これ笹川にプレゼント」


 そう言って、水鏡さんは袋中から何かを取り出し、それを私に差し出した。


「……これって、カップケーキ?」


 その手には、ラッピングされた袋に入ったカップケーキがあった。


「そっ、ナナセが世話になったお礼!売店のヤツで悪いけど、良かったら食って」


 ……驚いた。水鏡さんは、私が思っていた以上にしっかりしている人だった。


「あ、ありがとうございます?」


 とはいえ、こんなカップケーキをご馳走してもらうような事をしただろうか……。

 つい戸惑いながら受け取ってしまった。


 そしてカップケーキを受け取る。

 すると、水鏡さんはイタズラっぽく笑いながら私の耳元に顔を寄せた。


「えっ!?」


 彼女の息が少し耳にあたり、ビクッとしてしまった。


「……アイツの事、よろしくな。バカだけどいいヤツだから、アンタみたいなしっかり者が支えてやってくれ」


 そして、私にしか聞こえないような囁きを呟いた。


「……うん」


 何で私に託されたのかは分からないけど。


 あんなに仲の良さそうな友人から、私を見込んで託してくれたのなら、私は応えたかった。


「……オイ、笹川に何吹き込んだんだよ⁉︎」


 何を話したのか分かってない天野さんが癇癪を起こし始めた。


「ん?大した事じゃねーよ。じゃ、ワタシはこれで!ナナセ、デート頑張れよ〜」


 軽く手を上げ、水鏡さんは私たちに背を向ける。


 天野さんは「うっせぇ!ばか!」と顔を真っ赤にして叫んでいた。


「あれ?一緒に昼ごはん食べないんですか〜?」


 すずちゃんが首を傾げながら、水鏡さんに呼びかけた。


「大丈夫、一食くらい抜いても元気元気〜」


 ピースをしながらそう返してきた。

 結構キザなのか?


「あー、まあアイツ食がちょっと細いというか、あんまり食べないんだよなァ」


 天野さんの言葉には、私はふーんとしか返せなかった。

 だけど。


 ——バンッ!


「ダメです!」


「えっ」


 すずちゃんが机を叩きながら勢いよく立ち上がった。


「ごはんはキチンと食べないと体に悪いですよ!さあ水鏡さん、お弁当分けてあげますから!」


「いや、いらないって!じゃあな!」


「ダメです!待ってください!」


 逃げるように教室を出ていった水鏡さんを、すずちゃんが弁当を持ったまま追いかけて出ていった。


 教室はまた一時静けさが支配したが、直ぐにみんながしゃべりだした。


「……行っちまったな」


「そ、そうね……」


「…………」


「…………」


 それぞれの友人が出て行ってしまい、実質二人きりになってしまった。


 私も天野さんも、話すきっかけがつかめないのか、お互いに見つめ合ってしまった。


「ご、ご飯食べましょうか」


「そ、そうだな」


 とりあえずご飯を食べる事を提案した。

 こういう時、気まずい沈黙を和らげてくれるから、食事っていいなぁと思う。


 すずちゃんが作ってくれたお弁当箱を開けてみる。


 中には、卵焼き、プチトマト、焼き鮭、ほうれん草のおひたし。

 それにご飯。あとふりかけの袋がいくつか入っている。好きなものを振ってほしいということらしい。

 すずちゃんらしい気遣いが見て取れる。


「へぇ~……うまそ~」


 天野さんは、自分のご飯である焼きそばパンを掴みながら、私のお弁当をキラキラ目を輝かせながら見ていた。


「……何か食べる?」


「いいの⁉」


「卵焼きは甘めだけど、大丈夫?」


「うん!甘めのヤツちょーすき」


「そっ」


 卵焼きをお箸で半分に割り、その片方を取って……。

 天野さんに卵焼きを渡す手段がない事に気が付く。


 そうか、天野さんはパンだから、お箸とかないのか。


 どうしようかと卵焼きをお箸で遊ばせていると。


「いただきまーす、あむ」


「は?」


 あーんをしていると思ったのか、天野さんがお箸の先の卵焼きを食べてしまった!


「ん~、おいし~」


「ちょっと!このお箸これから使うんだけど⁉」


 お箸が思いっきり天野さんの口に入ってしまったから、ここから先の食事が全部、か……間接キスに……。


「え?別にそのまま使えば……あっ」


 突然顔が真っ赤になる天野さん。どうやら気が付いたようだ。


「……ゴメン、気持ち悪いよな、アタシお箸洗ってくるよ」


「え?」


 申し訳なさそうにションボリしながら、私のお箸を受け取ろうとする。


 また、天野さんが勝手に抱え込んで落ち込んでる。

 もう、この人の悪い癖だなぁ。


「笹川、お箸かして」


「……別にいいよ」


 そう言って、私はもう片方の卵焼きをお箸でとり、口に入れる。


「あっ……」


「別に、気にしないで。アンタに気持ち悪いところなんてないから」


 そうは言ったけど、顔が熱い。

 私は今、どんな表情をしているんだろうか。


「……なんか、ありがとうな笹川」


「……いいから」


 その後の事は、恥ずかしすぎて覚えていない。


 気が付けばお弁当は空になっていて、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


 約束の時間まで、あと三時間くらい。


「……天野さん」


「え?」


「放課後のプリン、楽しみにしてるから」


「……!おう!」


 柄にもなく、楽しみなんて言ってしまった。


 オトモダチと遊びデートに行くなんて初めてだから?

 滅多に食べないプリンアラモードを食べるから?

 相手が天野さんだから?


 答えは出ない。

 苦しいけど、それでもどこか心地よかった。


 教室に弁当箱を持ったすずちゃんが帰ってくると同時に、先生が教室に入ってきた。


 さあ切り替えて、勉強をしよう。


 何の憂いもなく、放課後を楽しみたいもんね。

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