第5話 放課後の約束

 さて、天野さんと私は、晴れてオトモダチとなった。


 それはいい。


 天野さんなりの誠意を見せてもらえて、私も心を打たれたというか、考えを変えたというか。


 だから、少しくらい価値観の違うヒトだったとしても、ある程度は歩み寄ろうと、そう思った。


 では、今のこの状況は、どう考えよう?


「……えっと、天野さん?」


「えっ、何?」


「なんで、私のすぐ隣に座ってるの?」


「……え、だってオトモダチだろ?このくらいはフツーじゃない?」


 今は、休み時間だ。


 天野さんは、私の隣の椅子を(勝手に)借りて、私のすぐ横に椅子を置いて座っていた。


 それもすぐ隣、私と天野さんの椅子の距離は、ほんの数センチくらいだ。

 お互いの足も触れ合いそうな、そんな距離。


 これがオトモダチのパーソナルスペースかな?


「いや、ちょっと近くない……?」


「……別にいいじゃん。それより、何かダベろう」


「えっ、何を?」


 私は、すずちゃんとはあまり主体的に世間話を振ることはない。

 大体は、向こうから振ってくれるのだ。


 だから、自分か雑談を振ることは苦手だった。


「なんでもいーよ。……じゃあ、笹川の好きなスイーツって何?」


「えっ、スイーツ?」


 正直、あまりスイーツというか、お菓子は積極的に食べたりしないんだよなぁ。

 ママがよく差し出してくれる羊羹くらいしか食べたりしない。


 昔は色々なお菓子を出してくれてたけど、私が羊羹が一番おいしいと言うと、羊羹ばかりが出てくるようになった。

 それで私は喜ぶんだから、単純なものだ。


「まあ……、強いて言えば羊羹かなぁ」


「羊羹?プリンとかじゃなくて?」


「えっ、うん。普段あんまりお菓子食べないし」


「へぇ。まあイメージにはあうよなぁ。……流石、デザートもカッコイイな」


 目をキラキラしながら私を見ている。

 どういう感性をしていたら、羊羹を食べることをカッコイイと思えるんだ?


「か、かっこいいのかな、羊羹って……じゃあ、そういう天野さんは何が好きなの?さっきプリンって言ってたから、プリン?」


「……そうだな、特にプリンアラモードが好き」


「へぇ~……あのプリンにクリームとかさくらんぼとか色々乗ってる奴だっけ」


「そうそう。高校の近くにある喫茶店のプリンアラモードがまた絶品でさ。……今日の放課後、一緒に行かね?」


「えっ、今日?」


 また突然だなぁ……。

 こういう即行動というか、勢いのあるノリは余りされたことないから、反応に困る。


「……だ、ダメだったか?」


 少し落ち込んだ後、上目遣いでこちらを覗いてきた。

 というか、身長差があるからどちらかと言うと殆ど真正面で目を向けられているようなものだが。


 今日は委員会の活動はない。

 部活動も、まだ特に決まっていない。今後も入るつもりはないし。

 つまり、放課後は完全にフリーだ。


 できれば授業の復習に当てたいんだけど、何か言い訳は……。


「今日は委員会もないから、おりこちゃんは放課後フリーだよ~」


「……すずちゃん」


 横からすずちゃんがひょこっと顔を出してきた。


「そ、そうなんスね。えっと」


「あ、私は涼風すずかぜ鈴音すずねです!おりこちゃんの幼馴染だよ」


 よろしくね~、とすずちゃんが天野さんに握手を求める。


 戸惑いながらも、天野さんは差し出された手を軽く握ると、すずちゃんがぶんぶんと握手した手を縦に振る。


「ほらおりこちゃん、早速デートのお誘い来てるのに、断っちゃうの?今日は暇でしょう?」


「でっ、デート⁉」


 何を言っているんだこの幼馴染は⁉


「べっ、別にたっ、ただオトモダチと喫茶店に行くだけでしょう!」


「……行ってくれるのか?」


 天野さんが期待の眼差しでキラキラとこちらを見つめてくる。


 よく見るとぷるぷる身を震わせてるような気がする。チワワかな?


「行かないとは言ってないでしょ!いいわ、行きましょう」


「……ありがとう、笹川」


 ニコニコとほほ笑む天野さん。

 この人、こんなに笑う人だったのか。


 ……プリンアラモードが好物なわけではないけど、洋菓子を食べるのは久々だ。

 天野さんはプリンが好物だもんね、そりゃ楽しみだよね。


 ——キーンコーンカーンコーン♪


 いつの間にか、次の授業の予鈴が鳴った。


「じゃあ放課後ここで待ち合わせね!後で詳しい場所とか教えてね」


「おう」


 そう言うと、天野さんはサッと席を立ち、真っすぐ自分の席に戻っていった。

 そして、つまらなさそうに教科書やノートを取り出し、スマホを眺め始めた。


 ……あそこまで楽しみにしてそうだったから、スキップの一つなり何かするかと思ったが、結構クールなんだ。


 まあ別に?私はただのオトモダチだし?ただ喫茶店行くだけだしね?

 私も勉強道具持ち込んで復習しようとか思ってるし、別に楽しみじゃないけどね?


 なんだろう、なんかちょっとモヤっとくるこの感覚。


「ふふ、もっと楽しそうにしてほしかったのかな、おりこちゃん?」


「えっ、は、はぁ?」


 すずちゃんがニヤニヤしながら話しかけてきた。


「天野さん、クールだもんね。ウキウキしてるの私だけかな?って思っちゃったでしょ?」


「え?私がウキウキしてた?」


 ありえない。


 確かに私は勉強をよくするが、別に勉強が大好きなわけではない。

 忘れっぽいから頻繁に復習しないと頭に残らないから、よく予習復習をやっているだけで、喜んでやってるわけがない。


 オトモダチと行くとはいえ、勉強しに行くつもりの喫茶店にウキウキになるはずがない。


「ないよ。天野さんとプリン食べながら、私は今日の復習するだけ。全然楽しくないよ」


「え?復習?」


 すずちゃんは珍しく目を見開いて私を見る。


「え、もしかして喫茶店で勉強するつもり?」


「……変かな?割とよくある話だと思うんだけど」


 喫茶店やファミレスで勉強をするのは、よくある話だと思う。

 クラスでも、テスト前ではそういう場所で勉強会をしようという話題で持ちきりになる。


「勉強会ならそうかもしれないけど、これってデートでしょ~?こんな時まで勉強しなくてもいいんじゃない?」


「デートじゃない!オトモダチと喫茶店に行くだけ!」


 なんでそんなにデートを強調するの⁉


「わかったから、勉強は帰ってからしなよ~。オトモダチとの時間を純粋に楽しんできたら?」


 ……私には、オトモダチと喋る話題がないから、二人きりになっても会話がもたない。

 だから、勉強でもしようかと思ってたんだけど。


(天野さんは、楽しみなのかな)


 ふと、もう一度天野さんを見てみる。


「……ふふ」


 よく見ると、じっとスマホを見ながらも、持っていない方の手でリズミカルに机をトントン叩いている。


 小さく肩を揺らしたりもしてる。


クールにじっとしていたと思っていた天野さんは、少しウキウキしているように見えた。


(楽しみ、なのかな、あれは)


 そう思うと、ただ時間を過ごそうと思っていた私が恥ずかしく思えてきた。


「……そうね、勉強はまた帰ってからにする。なんか、ありがと、すずちゃん」


「デート終わったら、感想きかせてねぇ~♪」


「デートじゃない!」


 そう言って、すずちゃんも自分の席に戻っていく。


 考えを正してくれた唯一の友達にして幼馴染には、感謝しておこう。


(唯一の友達……そういえば、天野さんは、友達がいないことはない、って言っていたような)


『……その、別にんですけど、あんまりその、アタシの事心配してくれるヤツって、あんまりいなくて……すげぇ嬉しかったっていうか』


 天野さんの交友関係は特に把握してない。


 休み時間に姿を見せないことがあったから、もしかしたら別のクラスに会いに行っていたのかもしれない。


(天野さんの友達ダチ……どんな人なのかな。不良仲間……だったりするのかな?)


 放課後のデート……いや遊びに思いをはせつつ、ふとそんなことが気になった。


 せっかく更生(?)した天野さんに、悪影響を与えない友達だといいんだけど……。


 そんなことを考えていると、もう先生が教室に入ってきていた。

 切り替えないと。


 せめて、放課後にゆっくり遊べるよう、今しっかりと勉強しておかなくちゃ。



       ♪



「……アイツか、笹川ってヤツは」


 織子がいる教室の外で、薄ら笑いを浮かべる人影があった。


「ワタシのダチが世話になったみたいだしなァ、後でしねぇとな」


 不穏な雰囲気を醸し出す人影、その手に握られているのは——バットでも武器でもない。


「……とりあえず売店でカップケーキ買ってきたけど、イケる口かなァ?」


 ただの菓子折りであった。

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