第四話 伝説の大英雄

 しかし、見れば見るほど、彼女は美しい。 


 一部の心無い人間が愛玩奴隷あいがんどれいにするためにエルフ狩りをし、金持ち貴族に売り払うというのも、これならば頷ける話だ。もちろん、俺がそれを「認める」という意味ではないけど。


「それだけ美人だと、人間社会の中じゃかえって生きづらいだろうに……」


 この世界では種族間の溝が深く、交流もほとんどないのが現状だ。だからこそ、『魔王討伐後の魔大陸』という新天地を欲して、各国、各種族が魔王討競争を繰り広げている訳で。


 神話では、神々は自由に交流し、更には恋愛までしていたというのに。


(まったく、いつからそんな。つまんない世界になっちまったのやら……)


 見たところ彼女は一人。周囲に仲間がいる気配はない。いくら実力者とは言え、これだけの美貌の持ち主だ。よからぬやからに目を付けられることも、一度や二度ではなかったはず。


「……私は自らの目的のために、自らの意思で里を出たんだ。多少不自由でも文句を言えた義理じゃないだろう?」


 きっと真面目な性格なのだろう。その誠実さは、彼女のこれまでの言動から伺い知ることができる。


 各種族の中でもエルフは特に排他的はいたてきで、他種族を下に見る傾向にあるという話を聞くが、彼女の発言からはそれを感じない。エルフという種族内における個体差なのだろうか。それとも彼女が特別なのだろうか。正直、興味が尽きない。


 ともあれ、話の本筋からこれ以上離れる訳にもいかないので、俺は問題の核心を突く質問を投げかける。


「隠し武器に関してはOKだ。で、何で俺を襲撃したの?」


 すると、彼女はかしこまった様子で姿勢を正し、座った姿勢から見上げるようにして、俺の目を見ながら口を開いた。


「まずは謝罪を。あなたほど実力のある、それもこれほどの人格者に対して。私は無言で襲撃をかけるという無礼を働いてしまった。本当に、申し訳ないことをした」


 深々と頭を下げる彼女。これがエルフにも通用する謝罪方法なのか、彼女が人間の流儀にのっとって謝罪しているのかはわからないが。少なくとも謝る振りをしているだけには見えない。


 完全に目を閉じ、頭を下げ、俺を視界から外している。無防備なことこの上ない。この様子だと、俺が手に持った彼女の剣を、彼女に向けて振り下ろしたとしても、彼女はそれを避けることはしないだろう。


「俺が人格者と言えるかは置いておいて。君は反省すべき点を自ら明確にして、誠意ある形で謝意しゃいを示した。であれば、俺に君の謝罪を突っぱねる道理はない。その謝罪、受け入れるよ」

「……寛大な心遣こころづかい、いたる」


 女性にこうも下手したてに出られるとやりづらいが。それで彼女が納得するなら、俺としても受け入れるべきか。


 それにしても、せっかくのきれいな髪が、地面にこぼれてしまっているのが、少し申し訳なく思ってしまう。このシルクのような輝きを維持するのに、それなりに手間てまをかけているんだろうし。


 という訳で、顔を上げるよう彼女に言って、持っていた剣を彼女に返す。


 受け取った剣を、彼女が鞘に納めるのを待って。俺は改めて「何故俺を襲撃したのか」の部分を彼女に問う。それに対する彼女との一連の問答がこうだ。


「私は真の強者を探している。最近この辺りで勇者パーティー抜けたという黒魔導士がいるとの噂を聞いて。貴方あなたがその黒魔導士なのではないかと思って、実力を測ろうとした」

「まぁ、その噂の黒魔導士はたぶん俺で合ってるけどさ。最初に声をかけることはできたんじゃない? いきなり襲撃しなくても、さ?」

「……黒魔導士の人間性に関する情報は、噂によってまちまちで当てにできなかったし、パーティーを抜けた理由も含まれていなかった。だが、勇者パーティーを追放されている以上、そこには何らかの理由があるはず。相手が実力があるだけの人格破綻者だったら、不用意ふよういに声をかけるのは危険だろう?」


 彼女の言い分もわからないでもない。真の強者を探しているとは言え、強ければだれでもいい訳ではないというのは、彼女の言葉の端々はしばしから痛いほど伝わってくる。


 俺自身も、実力者であった勇者と元恋人に手痛くやられた後なので、それを出されると首を横には触れなかった。


「君の言い分はわかったよ。それで? 俺は君の言うところの真の強者だったかい?」


 自分から強者を名乗るほど豪胆ごうたんではないけれど、これでも最強格の一角であった師のもとで修業をしていた訳だし。自分以外の他者から言われるのであれば話は変わる。


 別に褒めて欲しい訳ではないものの。自分のやって来たことが自分を強者足らしめてくれているのなら、こんなに嬉しいことはない。


 と、ここで彼女のテンションがぶち上がる。今まで我慢していたのか、手足がわなわなと震え、その興奮度合いが伝わって来た。


「ああ! あなたこそ、私が求めていた真の強者だ! このウィルテイシアが認めるぞ!」


 感極まったからか、彼女は急に立ち上がり、俺の両手を取った。そこまではいい。


 問題なのは、彼女が口にした自らの名前だ。


(……ウィルテイシアだって!?)


 この世界で生まれて、ウィルテイシアと言う名前を知らない者は、恐らくどの種族のどこにもいない。何故なら、ウィルテイシアと言うのは、千年前のこの世界に破壊と混乱を巻き起こしていた先代魔王を、たった一人で討伐して見せた伝説の英雄の名だからだ。


 もちろん、今となっては数あるおとぎ話の一つに過ぎないし。ウィルテイシアがエルフであったという記録も、本当に一人で魔王を討伐したという記録も、少なくとも人類の文献には残っていない。


 それでも、親から寝入り前に物語として聞かされた『ウィルテイシアの英雄譚』に憧れて勇者パーティー入りを志願した者は少なくないだろう。俺も、孤児院のシスターから、この話を聞くこと自体は好きだった訳だしな……。


「ウィルテイシアって、あのウィルテイシア!? ご先祖様と同じ名前の子孫だったりしない!?」

「私の申告を貴方あなたが受け入れてくれるかはわからないが、一応本人のつもりだ。私のような弱腰よわごしの卑怯者が、大英雄だのと呼ばれるのは、少し心苦しいが……」

「……いろいろと感情の整理はついてないけど、それはとりあえず置いておこう。で、俺が真の強者であったとして、貴女あなたはどうしたいの?」


流石さすがに伝説の大英雄を、『きみ』呼ばわりできないからな~)


 しかし、彼女はそれを気にする風でもなく、真剣な面持ちのまま。どんな表情でも見栄えするというのは、正直ズルい。俺も勇者ハヤトくらい美男子だったら、恋人フィオナに捨てられずに済んだのだろうか……。


 と、ここで、彼女の様子が少し変わっているのに気付く。


 何と言うか。全体的に顔が赤くなり、緊張度合いが増している感じ。


「わ、私の望みは新たに台頭してきた魔王の討伐だ! しかし当代の魔王は先代よりも強力で……」


 煮え切らない言葉。そして明らかに動揺している態度。


 いったい何が、彼女をそうさせているのか。


 「あっ! あの! そのっ! 私は魔族の撲滅ぼくめつも考えているんだ! しかし私一人の力では明らかに不足しているし……。だ、だから、ともにこの望みを叶えてくれる仲間を探していた! いたのだが――」


 それまでにない声の張り具合は、彼女の意気込みを伺わせる。それなのに、彼女は急に顔を真っ赤にして、その先を言い淀んだ。


(魔王の討伐に加えて、魔族の撲滅か……。大きく出たな……)


 確かに、たった一人で何人いるかもわからない魔族の全てを狩り尽くすのは無理がある。そのための仲間を求めているなら話は分かるけど……。


(それにしては、ずいぶん挙動不審……だよな? いったい何なんだ?)


 耳の先まで真っ赤なので、相当恥ずかしい思いをしているのだろう。でも、それがどうしてなのかがわからない。結局その答えに行き着けず。俺は彼女に直接たずねることにする。


「……ええっと、どうかした?」

「ああ~、いや! その! 何と言えばいいか……。そもそも、いきなりこんなことを、よく知りもしない相手に言っていいものかと……」


 俺にはその理由がわからないが、凄まじく動揺していることは明らか。俺は彼女を落ち着かせるために、あえてゆっくりを話しかけた。


「……ゆっくりでいいよ。んで、一番に言いたいことを、一言で言ってみな?」


 両親を失って以降、孤児院に身を寄せていた俺が、後輩たちが騒いでいて状況が掴めない時によくやっていた手管てくだなのだけど。まさかこんなところで、しかも成人したエルフ相手に役に立つとは驚きである。


「そ、そうか……。一番言いたいことを……。一言で……」


 彼女が俺の言ったことを反芻しつつ、呼吸を整え終えるまで待つことしばし。


 いよいよ覚悟が決まったのか。両拳を握った彼女は、咲き誇るバラのように頬を染め、しかし俺の目をまっすぐに見据えながら、声高々にこう口にした。


「わ、私と! 結婚してほしい!」

「……はい?」


 どうしてそうなった?

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