第三話 謝罪の条件

 まだ一週間ほどしか経っていないけど。もし相手が、俺が勇者パーティーを抜けたという情報を事前に仕入れていたとしたら、このブラフは機能しない。


 それでも。俺が堂々と仲間がいるふうよそおえば、相手だって警戒せざるを得ないだろう。


 実際。彼女は支援攻撃を警戒して、慌ててこの場から離れようとしている。


 時間にしたら、ほんのわずかの。


 まさに刹那せつな


 けど、そこが俺にとってはチャンス。


(ここだ!)


 彼女の動きに生じた一瞬のらぎを突いて。俺は杖を手放すとともに相手の懐に飛び込み。彼女を覆うようにして胸ぐらと袖口を掴んで、相手を背負うようにして上体をグンと振り下ろし、豪快ごうかいに相手を投げ飛ばす。


 見た目よりもずっと重かった彼女の身体は、それでも木の葉のように宙を舞い。そのまま大の字に地面に叩きつけられた。これにより彼女は「かはっ!?」と息を漏らし、衝撃でキレイに敷かれたタイル舗装の地面が大きく陥没かんぼつする。とりあえず力いっぱい叩きつけてやったので、相手を無力化するダメージとしてはこんなものか。


 しかし――。


(これは……、さすがにちょっとやり過ぎたか?)


 彼女にではなく、町の住民たちに向けた感情でヒヤリとした。こんなにきれいに敷き詰められたタイルを、たった一人の襲撃者を相手にするのに破壊してしまったのだから。


 けど、やってしまったものは仕方ないし、そもそもこちらは命を狙われていた身。周囲へのいくらかの被害には、目をつぶっていただきたいところである。正当防衛というやつだ。


(ほんと許して欲しい。と言うか許して……)


 一応の決着がついてから、二秒経ち、三秒経ち。


 地面に大の字になって倒れたエルフは、何が起こったのかわからないといった様子で。地面にめり込んだまま、しばらく呆然としていた。


 先ほどまでの引き締まった鋭い表情かおとは違い。何度も目をぱちくりさせ、うっすらと口を開けっぱなしにしている様子は、どこか愛嬌すら感じさせる。相変わらず耳がぴょこぴょこしているのは。意識しているのか、無意識なのか。そこがすごく気になる。


(いきなり襲撃してくるような人だし、もっと冷徹な感じかと思ったけど……。意外と表情豊かだな……)


 動き出す様子がないので、俺はその間に彼女が落とした剣を拾い。何か素性に関する情報が得られないかと、まじまじと見つめた。


 淡く光を放っているように見える、翡翠に近い色の金属。一般的な鍛冶技術では、絶対に再現できないような細か彫り込みと装飾。見れば見るほど美しい剣だが、芸術品であるなら実戦で使うような真似はすまい。使い込まれた様子からも、それが彼女にとってのメインの得物えものなのだということがわかる。


「この色、魔法鋼かな。見たところかなり純度が高いけど、ここまで見事な剣に鍛えるのなんて、人間技じゃないぞ……。これも古代遺産アーティファクトの類か?」


 古代遺産アーティファクトを手にできる者など、ほとんどいない。これまでに発見された古代遺産アーティファクトは、大体がどこかの国家戦力の要として機能しているし。未知の古代遺産アーティファクトなど、どんなに古い遺跡を掘り返したところで、まず見つかるものではないのだから。


 俺だって、遺跡探索中にたまたま床が抜けたからこそ見つけた地下空間で、この杖っぽい何かを手に入れた訳で。


(……ってことは、この人はエルフの中でも特に高い地位にいる人物。ってことになるけど)


 想像の余地はいくらでもあるが。どこまで行っても、それはあくまで仮説に過ぎない。


 憶測の羽を広げるより、目の前の相手に聞いた方が何倍も早いし、情報として確実。ならば相手に直接問いただすのが道理だ。


 俺はそのまま彼女の頭側にしゃがみ込んで、問う。もちろん、手にしている剣を、彼女の首筋に当てることも忘れない。


「どう? まだ続ける?」


 これならば、仮に言葉が通じていなくても、自分の置かれた状況くらいは把握はあくできるだろう。多少卑怯ひきょうな手を使ったとは言え、勝ったのは俺で、生殺与奪せいさつよだつけんも俺が握っているのだから。


 ほうけた顔が、再び真剣なものに戻り。固く結ばれた口と、頬を伝う汗も相まって、彼女が状況を理解したことを察する。


 それでも。彼女はまだここからの打開策を考えているのか、すぐに返答する様子はない。


(目が死んでない。もしかして、まだ来るか?)


 これもまた、かつて師匠から口酸くちすっぱく言われたものである。


『相手を生かしたまま勝ちたいなら、相手の目が死ぬまで叩きのめせ。徹底的に、だ。ほら、そんなところでいつまでも寝っ転がってないで復唱!』


 我ながら、血の気が多い師に師事してしまったものだ。あの地獄のような日々を、よく生き残れたものだと。自分でも自分を褒めてやりたい。


(師匠ってば。俺の時はマジでガチだったからな~。俺が負けを認めても、「お前の目はまだ死んでいない」とか言って、容赦なく追撃して来たし……)


 けど、そんな杞憂きゆうも、今回ばかりは不発に終わる。


 数秒の沈黙ののち、不意に相手が言葉を発した。


「……いいや」


 淀みない発音。どうやら言葉は通じているらしい。


「すまない、貴方あなたの実力を見誤っていた。無礼の謝罪をしたいので、起き上がることを許していただけるだろうか」


 予想通り、育ちの良さそうな物言い。女性ならではの高い声は、さながら小鳥のさえずりを連想させる。何と言うか、聞いていて心地よい声だ。


 ともあれ、話が通じるならば、率先して暴力を行使する理由は俺にはない。とは言え、まだ心を許せる段階ではないので、俺はそれを相手に伝える。


「起き上がる時に、隠し持ってる武器一式を、俺に見えるように一個ずつ手放してくれるなら。どうぞ?」

「……そこまで見破られているのなら、私は貴方あなたには勝てそうにないな。わかった、条件を飲もう」


 彼女は誠意を示そうとしているのか。ゆっくりとした動作で起き上がり、膝をついたまま、衣服の中に忍ばせていた武器を、一つ一つ取り出し、丁寧に地面に並べていく。それ自体はいい。問題はその数だった。


 それはもう出て来るわ出て来るわ。投擲用の短剣が全部で十本、そして無数の針が納められたベルト、角手かくてが三種類で計六つ、吹き矢に鎖分銅くさりふんどう、手投げ斧、スリングショット、エトセトラエトセトラ。更には毒薬、爆薬と思われる小瓶までがずらり。もはや目の前は、さながら露店のような見た目になっている。


(なるほど。見た目よりも重い訳だ……)


 いったいどこに隠していたのかと思うほどの、大量の武器の山。何故ここまで武器を隠し持つ必要があるのかはわからないが、これだけの重荷をまといながらなおあの動きの速さとは、恐れ入る。女性の身でここまでできるようになるのに、いったいどれだけの時間と覚悟を費やしたのだろう。


 あまりの量の隠し武器は一見ふざけているようにも見えるが、毒薬や爆薬といった消耗品はともかく、道具はどれも使い込まれていて、冗談で持ち歩いているようには見えない。何かよっぽどの理由があって、これらの道具に頼らざるを得ないのだろう。


「これで全部?」

「ああ……」


 緊張した面持ちで、目の前にちょこんと正座をしている彼女の、何とも可愛らしいこと。それに加え。彼女のいる方から不意にフッと風に吹いたことで、彼女の長い金髪がふわりとなびき、何だかいい香りも漂って来た。


 ついつい、先日フラれたばかりの幼馴染と比べてしまう。


 そうして、また悲しくなった。


(ああ~。俺、フラれたんだよな~)


 俺が流した突然の涙に、彼女は酷く動揺したようで。慌てて俺の顔色をうかがい始める。


「あ、あの!? 私は何か気に障ることをしてしまっただろうか!? ああ、いや。襲撃をかけている訳だから、それは気に障ったかと思うのだが……。そうではなくっ――!?」


 慌てて両手を当てもなくわたわたと動かす様は、まるで小動物か小さな子どものようで。俺は思わず、涙を引っ込めて吹き出してしまった。


(何だろう、この人。何か癒される……)


 これが俺と彼女の出会い。


 この時はまだ、そんなことになるとは思っていなかったけど。


 かつて神々が、自由におこなっていたという。異種族間の自由恋愛。


 そんな、異種族間のカップルでしか得られない、星婚ステラリガーレの復活。


 そう。これが、俺たちの……。


 俺と彼女の星婚ステラリガーレの始まりであった。

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