かまわないで、なんて言えない。

まぐろ

第1話

「快!!」

あー、また来たよ、お節介焼き。

こんな雨ん中、懲りないよね、ホント。

前風邪引いてたじゃん。

雫が滴る前髪の隙間から、心配そうな顔で俺を真っ直ぐ見つめる瞳と、目が合う。

「.....なんで来た」

すると奴は、途端に凄い剣幕になって寄ってきた。

「っお前が心配だからだよっ!!」

「__っ!」

鼓膜が破れるくらいの大声で怒鳴られて、思わず耳を塞ぐ。

しかしすぐに、耳を塞いだ手を無理やり掴まれ、ぐいっと奴の方へ引き寄せられる。

「....っおい....」

「........もう.....離したくねぇ.....」

ぎゅうっと力強く、だけど優しく抱きしめられた。

それで鼓動が速くならない訳がない。

ずっと....好きだったのなら、尚更。





「____また喧嘩か」

傷だらけの俺を見るなり、自分から呼び出したくせにいかにも不愉快ですと言わんばかりの顔で溜息をつく担任。

コイツは学校の顔だとか、優等生とかを優遇したがるから、俺みたいな劣等生は端から端まで清掃したいのだ。

だから俺もこんな奴の言う事なんか聞きたくないから、コイツがぐちぐちと小言を垂らすのも完全に無視している。

早くこんな退屈な長話、終われと思いながら明後日の方向に視線を送った。

「.....!」

その時、ふとアイツの姿が目に留まった。

クラスメイトと笑い合いながら、サッカーをしている。

体育の時間なのだろうか。

「.....っ」

昨夜の、アイツのあの温もりを思い出して、思わず胸が締め付けられる。

楽しそうに汗を流しながらはにかむ顔も、昨夜の泣きそうな、でも本当に大切なものを見るような熱い視線も、全てを包み込んでくれるあの温もりも。

その全てが、俺を狂わせるんだ。

「おい聞いているのか!」

___そこでようやく現実に引き戻され、また退屈な説教が始まった。

それでも、どうしてもまだ、俺の頭にはアイツでいっぱいだった。




「ね、東雲いる?」

お昼休み。いつもの如くアイツがうちのクラスに顔を覗かせた。

そしてまたいつもの如く、イケメンに声をかけられたのはいいものの、次に出てくる東雲という何顔を強ばらせる女子。

「....え.....東雲って.....あの、不良?」

戸惑った表情で返す女子に、顔色1つ変えずに奴は頷いた。

「そう。東雲快。」

そう言って奴はクラスの中を見回し_____。

「____あ、いた」

目が合ってしまった。

しまった、と心の中で後悔しながら、どこか嬉しい気持ちもあるのがまた、悔しかった。

「__快」

「__っ」

奴に名前を呼ばれるだけで、どうしてこうも胸が焼けるように熱くなるのだろう。

その熱が、高揚が、昨夜の抱擁の温もりを思い出させる。

「___行こ」

パシっ。

俺の返事を聞かずに奴は、また力強く手首を掴んだ。

周りにざわっと波が立つのが分かる。

だけどコイツは、そんなの関係なしに教室から俺を連れ出して行った。半ば強引に。

解こうと思えば解けるのだ。

それでも、コイツの手を振り払うことが出来ないのは。

___コイツが掴んでいる部分がとても熱く感じるから。

言い表せないくらいの高揚感が、俺の感情を支配した。

「___っなぁ!」

教室から数m離れた所で、さすがに耐え切れなくなって、立ち止まる。

「___っ?!」

その時に手首の拘束も取ろうと腕を振るが、思いの外力が強くて解けなかった。

....コイツ、握力どうなってんだ。

馬鹿力を披露した割りには涼しい顔で振り返る、嫌なくらいに整った顔。

俺なんかより全然澄んだ瞳を向けられて、そのあまりの綺麗さに、思わず目を逸らす。

「....お前はなんで、俺に構うんだ....っ」

まるで、綺麗で美しい真珠と、汚くて地味な石ころみたいだ。

ずっと血まみれで、どす黒い空気を吸ってきた俺と、色んな人に囲まれて、優秀に生きてきたコイツ。

天と地の差がある。

「....俺と比べて優越感に浸っているのか」

「!そんなわけ__っ」

「もう俺なんかに構うなっ!」

__消えたい。

これは完全な、八つ当たりだ。

妙な高揚感と、変な動悸に、向き合いたくなくて。

__イライラする。

そもそも、俺なんかがこんなに綺麗な場所に居てはいけないんだ。

__幼なじみだからと言って。

たかが幼なじみ。一生一緒にいる訳じゃない。

__一緒にドン底に引き込んでいい訳じゃない。

アイツには、アイツの人生があるんだ。



「あ〜!しののめくぅーん!」

太陽のバターが溶ける、夕方の街。

二度と見たくない顔ばかりなのに、毎日会って、今日もまた会ってしまう。

....ここが俺の居場所なんだと、言われてる気がしてしまう。

それでももう、ここに落ちてしまったら。

もう二度と戻れないのだ。

「....志希は?」

「しきくんきょー機嫌悪いよ〜?」

いつもだる絡みしてくる、ピンク髪の長田侑おさだ あつむが、馴れ馴れしく俺の肩に自分の肩を乗せてくる。

「....機嫌悪い...?なんで」

長田の肩を振り払いながら、疑問を口にする。

すると振り払われて不服そうにしながらも、あーと長田が答えた。

「そういやお前にイラついてたぞ?何したんだよ〜」

「....俺に...?」

志希にした事を思い返すが、一昨日挨拶を交わしただけで、それ以来会ってない。

要するに、心当たりがないのだ。

「....どこ?」

「えぇっ会いに行くの?機嫌悪いアイツに?お前も物好きだよなぁ〜」

長田の言葉に、当たり前だろ、と心の中で毒づく。

機嫌が悪いなら、原因を知っておかないと別の事件に繋がるかもしれないだろ。

___特に、あの野々村志希という人間は。

「___あ、いた」

「「!!」」

突然、後ろから聞き覚えのある低い声が響いた。

パッと後ろを振り返ると、そこには白銀の髪から覗く鋭い瞳に、長身の男__野々村志希がいた。

彼は、不味そうに煙草を咥えると、俺を見下ろした。


「.....志希...」

「ねぇ快、コイツ、誰?」

「.....え」

よく見ると、志希の後ろにはいつもの取り巻き2人と、あともう1人、その2人に羽交い締めにされて血まみれの___。

「___冴っ」




古崎 こさき さえ

そいつは、俺が小学校低学年の時に、この街に引っ越して来た。

女みたいな色白で、棒切れのように細い手足、人形みたいに整った顔。

髪が長かったら女と勘違いするくらい綺麗だった。

「ほら、挨拶して」

「.....初めまして」

人に慣れているような、人見知りしない奴だった。

「ほら、快も」

「.....は、初めまして」

最初こそぎこちなかったものの、次第に意気投合していった俺たちは、そのうち親友、と呼べるくらい仲良くなっていった。

「快ー!」

俺の記憶の中の冴はいつも笑っていて、俺を見つける度、顔をぱっと輝かせて走って来た。

女みたいな顔立ちだったけど、正直俺よりも男らしかった。

「冴、暑い」

冴は俺と会うと必ず抱き締めてきた。

小学校低学年の時はいいが、歳を重ねて中学生に入るとさすがに恥ずかしくなってくる。

そのうち俺は冴と一定の距離を保つようになった。仲の良さは相変わらずだったけど。

___だけど。

それは、突然起こった。


「ねぇ君ー、お金持ってなァい?」

急いでいるからといって、近道である路地裏を通ったのが運の尽きだった。

柄の悪いヤンキーに囲まれて、怖くて恐ろしくて、気がついたら俺の肩に手を乗せた奴に、1発食らわせていた。

それが、悪夢の始まりだった。

それから俺はヤンキーに目をつけられて、気がついたら同じような所に居た。

抜け出せなかったのだ。暗い沼から。

抜け出したくて、何度も助けを求めたけど。

___誰も手を差し伸べようとしてくれなかった。

一度は冴にも助けを求めようとした。

けれど、どうしてもコイツだけは巻き込めなかったんだ。

コイツだけは、巻き込みたくなかった。

それで、巻き込みたくなくて、あえて距離を置いていたのに。

___どうして。



___どうして、こうなっちまったんだ、、

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かまわないで、なんて言えない。 まぐろ @ninniku5han

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