前世の記憶


私は、別の世界で生きていた記憶がある。


社畜だった。


残業、残業、残業、残業……


王都という華々しい都市に住んでいたのに。


休む間もなく、毎日毎日調薬の日々。


王宮勤めだったので、支給の制服と食堂の利用で最低限生きるための生活には困らなかった。


研究室と食堂の行き来のみで、何日自室に帰っていないか分からないほどだった。


そんな記憶を思い出したとき、私は決心した。


【絶対にのんびりと平穏な日々を送ってやる】と。


それなのに...


「なんでこの世界の魔術師は万能だと思われてるの?」


前世では聖女という存在はおらず、魔術師が外傷を、薬師は病をそれぞれ治す役割をしていた。


でも、この世界は魔術師が優位で、薬師はただ材料費がかさむばかりのお荷物扱いなのだ。


そもそも薬学を研究する人も少なく、それが余計に薬師の立場を悪くしている。


「魔術師は万能じゃないのに...」


出血や骨折などの治療には、確かに魔術師の魔法がすぐに効くので有用だった。


でも、病に対しては全く効果がない。


むしろ、魔術によっては発熱を起こしたり、病の進行を早めてしまったりする。


この世界では、聖女様に祈りを捧げていただくと病は治るのだと信じられているけれど、それも怪しいところだ。


実際平民にも聖女様お祈りを捧げてもらった人がいるけれど、結局1週間は治らなかったという話だ。


「絶対に自己治癒力で治っただけじゃない!」


そんなことを考えながら歩いていると、私はお母さんに注意されていた崖のすぐ近くまで来てしまっていることに気がついた。


しばらく続く長雨のせいで周囲の地盤はゆるくなっていて、いつ崩れてもおかしくはない。


私はじゅうぶんに警戒をしながら、崖のそばを離れた。


「こんなことで魔術師を頼るのは嫌だしね」


思わずベッと舌を出した。

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