第8話 理不尽な断罪

ルキオン王子が去った後の玉座の間は、国王の怒りによって、空気が凍りついていた。

緊急召集された宰相や大臣たちは、玉座で憤怒の形相を浮かべる王を前に、息を殺して控えている。


「言語道断!断じて許しがたい!アデル・スターロなる男、我が息子ルキオンの心を、気高き王族の誇りを土足で踏みにじおった!」


国王の怒声が、大理石の床と高い天井に反響する。

彼は、先ほどルキオンから聞いた話を、さらに脚色を交えながら大臣たちに語って聞かせた。

それはもはや、単なるパワハラではなく、王家に対する明確な反逆行為として語られていた。


大臣たちは、互いに顔を見合わせた。


(アデル・スターロ殿が…?あの元聖騎士の…? そのようなことを…?)

(いや、教官としても実直な人柄だと評判だったはずだが…)


特に、老宰相は眉間に深い皺を寄せ、何かを思案していた。


(また、王子の癇癪か…だが…)


しかし、誰もその疑念を口にすることはできない。

息子のこととなると理性を失う国王の逆鱗に触れることは、自殺行為に等しい。

玉座の間は、国王の怒声だけが響き、側近たちの重い沈黙が支配していた。


「アデル・スターロの罪は、王子への侮辱、ひいては王家への反逆である!その罪、万死に値する!」


国王は、そう断じると、形式的に側近たちに意見を求めた。

一人の大臣が、おずおずと進言する。


「へ、陛下…まずはアデル本人を召喚し、弁明の機会を与えるのが筋かと存じますが…」


その言葉は、国王の怒りの火に油を注いだ。


「弁明だと!?我が息子の涙が何よりの証拠ではないか!彼奴の言い分など聞く価値もないわ!」


もはや、誰の意見も聞くつもりはない。

ただ、息子を傷つけたとされる男への最も残酷で屈辱的な罰を与えたいだけだ。


「アデル・スターロの、聖騎士団時代からの全ての功績、教官の地位を剥奪せよ! さらに、全ての財産も没収せよ!」


そして、国王は言い放った。


「二度とこのヤチマッタナー王国の土を踏めぬよう、国外へ永久追放とせよ!」

「こ、国外追放…!?」


その言葉の響きに、玉座の間は凍りついた。

それは、法典に存在するだけの重い刑罰の一つ。

事実確認もせず、弁明の機会も与えず、ただ王子の言葉だけを根拠に一人の功労者を社会的に抹殺する。

老宰相は、この理不尽な決定が国の秩序に大きな歪みを生むことを予感し、目を固く閉じた。

だが、王の決定はもはや覆せない。


「聖騎士団長を呼べ!」


王命により呼びつけられたのは、アデルの同期であり、無二の親友であるジラルドだった。


王からアデルの「罪状」と「国外追放」の決定を聞かされ、ジラルドは絶句した。


「そ、そんな馬鹿な…!」


思わず声が漏れる。


「アデルがそのようなことをするはずがありません!何かの間違いです、陛下!どうか、ご再考を!」


ジラルドは必死に食い下がった。

アデルという男の誠実さを誰よりも知っている。あの男がそんな卑劣な真似をするはずがない。


しかし、国王はジラルドの訴えを冷たく一蹴した。


「団長、これは王命である。貴様の友人であろうと、罪は罪だ」


そして、非情な命令を下す。


「聖騎士団は、直ちにアデル・スターロを捕縛せよ。もし抵抗するようならば――斬り捨てても構わん」

「なっ…!」


ジラルドは唇を噛み締めた。王命は絶対だ。だが、親友をその手で地獄に突き落とすことなど、できるはずがない。

脳裏に、アデルと共に戦場を駆け、酒を酌み交わした日々が蘇る。


その時、老宰相がそっとジラルドのそばに寄り、小声で囁いた。


「今は、王命に従うしかない。でなければ、お主の首も飛ぶぞ。…今は、耐えるのじゃ」


彼は、血の滲むような思いで、その屈辱的な命令を受け入れた。


「……御意」


その一言を絞り出すのが、精一杯だった。




* * *




その頃、アデルは訓練所の自室で、机に向かっていた。

羊皮紙には、ルキオン王子のための新しい訓練メニューがびっしりと書き込まれている。


「いきなり体力作りでは、王子のプライドが傷つくか…」

「まずは、王子が興味を持ちそうな、戦術ゲームや英雄譚の座学から始めてみよう」

「彼の自尊心を尊重しつつ、内面から成長を促す方法…」


ペンを置き、窓の外に広がる夕焼けを眺める。


(確かに先は長そうだ。だが、教官として、これほどやりがいのある仕事もない)


アデルは微かに笑みを浮かべた。


だが、その平穏は、突如として破られた。


ドンッ!!


部屋の扉が、激しい音を立てて蹴破られる。


「な、何事だ!?」


アデルが振り返ると、そこには完全武装した聖騎士団の部隊が殺気立った様子で立っていた。

そして、その先頭に立つ見慣れた鎧。


「…ジラルド?」


聖騎士団長であり、親友であるはずの男。その顔は苦渋と絶望に歪んでいた。

ジラルドは、何も言えずに立ち尽くすアデルに向かって、震える声で告げた。


「王命により、アデル・スターロを…反逆者として、捕縛する」


「……は?」


アデルの頭は、真っ白になった。

反逆者?一体、何の話をしている?

彼の穏やかだった日常は、その瞬間、音を立てて崩れ去った。

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