第9話 追放

部屋に踏み込んできた聖騎士団の姿に、アデルは一瞬、何かの悪い冗談だと思った。

だが、親友ジラルドの見たこともないほど苦痛に満ちた表情が、これが現実であることを物語っていた。


『反逆者として捕縛する』


その言葉が、アデルの思考を停止させる。


「な…何かの間違いだ、ジラルド!俺が、反逆者…?」

「黙れ!」


部下の一人がアデルに鉄の枷をかけようと近づく。

長年鍛え上げた肉体は、敵意に対して反射的に反応し、アデルは身構えた。

その動きを制したのは、ジラルドの悲痛な声だった。


「アデル、頼む。抵抗しないでくれ」


ジラルドはアデルのそばに歩み寄り、他の騎士には聞こえないほどの小声で囁いた。


「今は、何も言うな。何もするな。抵抗すれば、その場で斬れと王命が下っている。…アデル。頼む、大人しく捕まってくれ」


その声は、友情と職務の間で引き裂かれる魂の叫びのようだった。


アデルは、ジラルドの瞳の奥にある真剣な光を見た。

訳は分からない。しかし、この親友が自分を陥れるはずがない。


アデルはこみ上げる怒りと疑問を無理やり心の奥底に押し殺した。彼は、全ての動きを止め、両手を静かに前に差し出した。

ガチャン、と冷たい鉄の感触が手首に伝わった。




アデルは、王城の地下牢に放り込まれた。冷たく湿った石の床。そこで彼は、正式な処分が下されるのを待った。

やがて、役人がやってきて、国王の決定を淡々と読み上げる。


「――罪人アデル・スターロの、聖騎士団時代からの全ての功績、教官の地位を剥奪。全ての財産を没収。そして、二度とこのヤチマッタナー王国の土を踏めぬよう、国外へ永久追放とする!」


理由の説明は、一切なかった。

アデルは、ようやく事態を理解し始めた。これは、間違いなどではない。国家の意思として、自分は「反逆者」に仕立て上げられたのだ。

心当たりは、ルキオン王子との一件しかない。


(あの、たった数時間の出来事が…俺の人生の全てを奪ったのか?)


怒りを通り越して、乾いた笑いがこみ上げてきた。





数日後、アデルを連れたジラルドたち聖騎士団一行は、隣国との国境となっている不毛の荒野が見える場所に到着した。

ジラルドは、部下たちを少し離れた場所で待機させると、アデルの縄を解き、一人で彼に向き合った。


「すまない…」


ジラルドは悔しそうに顔を歪めた。


「俺はお前を守れなかった。親友でありながら…!」


アデルは、静かに首を振った。


「お前が謝ることじゃない。王命なんだろう」

「だが…!」

「ジラルド」


アデルは、初めて口を開いた。


「俺は、何もしていない。それだけは信じてくれ」

「当たり前だ!」


ジラルドは声を荒らげた。


「お前を信じないで誰を信じる!必ず…必ず真実を突き止めて、お前の無実を証明してみせる。だから…」


ジラルドは、一つの水袋と、干し肉がいくつか入った革袋をアデルに手渡した。


「だから、死ぬな。どんな手を使っても、生き延びろ。アデル」


それは、王家から支給されたものではなく、ジラルドが個人的に用意したものだった。


アデルは、ジラルドから受け取った水袋と食料を肩にかけた。

彼は振り返り、遥か遠くに見えるヤチマッタナー王国の王都をその目に焼き付けた。

自分が生まれ育ち、青春を捧げ、守るために戦い続けた故郷。もはや、そこには自分の居場所はない。


彼は、ジラルドの方を一度だけ見て、小さく頷いた。

感謝も、恨み言も口にはしない。ただ、その頷きだけで、二人の間には全てが通じ合っていた。




アデル・スターロは、背を向けた。

かつて栄光を掴んだその背中は、今はひどく小さく、寂しく見えた。

彼は一歩、また一歩と、草木も生えない不毛の荒野へと足を踏み出していく。

灼熱の太陽が照りつけ、乾いた風が砂塵を巻き上げる。


全てを奪われ、たった一人で絶望の大地へと追いやられた四十男。


ジラルドは、アデルの姿が地平線の向こうに消えるまで、その場を動くことなく、じっと見送っていた。


ーーーーー


星・ハートが今後のモチベーションになります。よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る