Episode.20 違和感

【日時】西暦2019年7月11日 7時30分

【場所】埼玉県某中高一貫校 校門前



「そしたら、重要なことを伝えておくよ」


 海斗の言葉に、全員が無言で頷いた。


「まずは“違和感”を気取られないこと」

「それって、変だなって誰かに思われたら隕石落とされるっていうアレ?」


 うたの質問に、海斗は静かに肯定する。


「あくまで“いつも通り”、自分たちらしく振る舞うんだ」

「でも、それだと何も変えられないんじゃ……?」

「そこが二つ目。自分らしく、だけど想像すらされていないことを──自らの意志で、成し遂げることだよ」


 その言葉に、空気がピリリと張り詰める。


「それって……矛盾してないですか?」

「そんなことない。人は知らず知らず、そんな矛盾をこなしてる。さっきのゆのちゃんの発言も、まさにそうだったよ」

「なるほど……確かにな!」

「あ……ちょ……掘り返さないで……」


 浩之が満面の笑みで頷く横で、ゆのの頬がみるみる赤く染まっていく。


「逆に、夢の中の“違和感”──それをこちらから洗い出してやろう──」


「おーい、五十嵐兄弟!」


 校舎から剣道部の顧問・剣崎が手を振っていた。


「剣崎先生!」

「お前たちが朝練に来ないなんて……珍しいな」


 その一言で、全員の動きが凍りつく。


「あ、いや、これはですね……」

「ん?聞こえんぞ?」

「イタタタタッ!!」


 突然、お腹を押さえて苦しみ出すそら。


「そら!?大丈夫か!?」

「朝からなんでこんなにお腹痛いんだろ……イタタ……」


 海斗に目配せするそら。その意図を理解した彼が声を上げた。


「だから言ったじゃないか!今日は休めって」

「でも……お兄ちゃんたちに迷惑かけたくなくて……」


 演技が完璧すぎて、陸斗だけが呆然と立ち尽くしていた。


「え、でもさっき──」

「あ!なんか治ってきたかも!」

「本当か!?よかった……ここからは一人でも大丈夫か?」

「うん!ありがとう!大好き、お兄ちゃんたち!」

「五十嵐の妹、体調悪いのか?」


 ようやく状況を把握した陸斗が慌てて言った。


「あ、そうなんですぅ!でも、もう大丈夫そうなんで、保健室連れてったら戻りますね!」

「いや、それならついててやれ。時間もないしな」

「ありがとうございます!!」


 二人で深く頭を下げた。


(気づくの遅いよ陸!!)

(ご…ごめん!)


「“違和感”って、こういうことか……」

「おそらくね」


 生徒が増えてきたのを見て、綾乃が言った。


「ここだと目立つわ。場所を変えましょう」

「そうですね。各自、自分のクラスに行こう。話の続きはグループチャットで」


 それぞれが教室へと向かった。



 ────────────



海斗:

 夢の中で違和感があったのは、5つ。


 ① 町の異変

 ② そらの異変

 ③ 袴田の存在

 ④ 僕らの自宅

 ⑤ 裏山に隠されたもの


 これらを手分けして探っていこう。


陸斗:

 そしたら俺がそらを見る。


浩之:

 本当にブラコンだな……


陸斗:

 うるせえ


綾乃:

 私は町の異変について調べる。

 あの駅前のお婆ちゃんにも話聞いてみる。


浩之:

 じゃあ俺が袴田だな


ゆの:

 なんで先輩なんですか?


浩之:

 空手やってたし、万が一あった時に素手で対抗できるの俺くらいだろ


海斗:

 確かに……お願い!


浩之:

 任せろ!


ゆの:

 袴田もだけど、他にも気になることがあるので、私もひろ先輩と一緒に行きます


浩之:

 俺のこと大好きだな


ゆの:

 勘違いキモいです。私は陸斗先輩一途なんで!


そら:

 ゆーーのーー!!


ゆの:

 そらはどうするの?

 陸斗先輩に守られてばかりじゃないんでしょ?


そら:

 んー……裏山に行ってみる


うた:

 私はかいくん達の家にいくね。夢の中で気になることがあったし


海斗:

 僕も家に行くよ


うた:

 かいくんは学校に残ってみんなの情報をまとめる役割でいた方がいいよ


綾乃:

 私もそう思うわ


海斗:

 わかりました。あとはどう動くか、だけか……


綾乃:

 私はもう学校出てる


陸斗:

 えええ!? 大丈夫なんですか!?


綾乃:

 私のクラス、今日もほとんどいないし……

 女の子って"色々"あるのよ。そらちゃんみたいに


陸斗:

 それって、どういうことですか……?


うた:

 私も先輩と同じ方法で出ました!


ゆの:

 私とそらも出ましたー!


浩之:

 おいおいおいおい!早いよどうすんのよ……


陸斗:

 しょうがねえ……俺たちも一芝居打つしかないな


浩之:

 よし、やるか!!



 ────────────



 授業中、浩之が手を挙げて叫ぶ。


「先生!!」

「おお?どうした?」


 浩之の肩が震えていた。

 だが──それは泣いている震えだった。


「実は……陸斗達の飼ってる猫が昨日……死んじゃってぇ……今日の二人を見てたら……可哀想で、可哀想で……っ!!」


 涙を流し、机に突っ伏す浩之。クラスがざわつく。


「え……陸斗……本当か……?」


 注がれる視線の中、陸斗も震える声を絞り出す。


「うぉおおおお!!なんでなんだよぉ……せめて……今すぐ弔ってやりたいのにぃ……!」

「そ…そうか……でもな、授業中に──」

「せ…先生……今日は早退させていただいても……」

「先生!俺からもお願いします!!」


 あまりの迫真に、教師も戸惑いながら頷いた。


「……わかった。今日は帰りなさい」

「ありがとうございます!!」

「海斗、お前も行くか?」


 机に突っ伏し、肩を震わせる海斗。


「いえ……僕は……」


 堪えきれず、うまく喋れない海斗。

 すかさず、浩之がフォローを入れる。


「彼には!!……夢が、あります。今は……そっとしてやってください」

「か…かなり肩震えてるけど……」

「だ…大丈夫です……」

「……そうか」


 ふと教師の視線が横の席へ移る。


「ちょっと待て……陸斗はわかる。でも、なんで相澤まで?」


 肘で突かれる浩之。


「……実は、僕もハムスターを飼っていてぇ……」

「ハムスター……?ネズ……」

「先生、命に優劣つけるんですか!?小動物だからって、死んでも悲しまなくていいって!?」

「いやいや、そんなこと言ってな──」

「先生!ひどいです!尊敬してたのに!!!」

「……わかった!もういい!行ってこい!!」

「はい!!」



 ────────────



浩之:

 よし!成功!


海斗:

 いや……あれは……


ゆの:

 え、どうやって出たんですか!?


陸斗:

 ひ・み・つ♪


綾乃:

 今うたちゃんと駅前に着いたわ。やっぱり“いる”。


うた:

 私はこれから海斗くんの家に向かうね。


そら:

 陸にぃたちと合流したよ!


浩之:

 俺たちは警察署に向かってみる!


海斗:

 みんな。何があっても──

 絶対に死なないで。



 ────────────



【場所】五十嵐家 自宅



「かいくん──」


 スマホをぎゅっと握りしめるうた。


(あなたなら、きっとこの問題も解決できる。そう……信じてる)


 うたと海斗は幼馴染だった。

 小さい頃から、ずっと一緒にいた。


 彼は、誰よりも“弱かった”。

 けれど、何度でも立ち上がった。


 無謀だと言われても、諦めることはなかった。


 いつの間にか、見縊みくびっていた周囲も彼を認め、誰もが彼を尊敬するようになった。


 夢があるから、諦めない。

 諦めないから、強くなれる。


 だからこそ──彼は誰よりも“強い”。


 そんな彼が、今もこの問題を解こうと動いている。

 それだけで、うたは安心できた。


 あとは自分ができることをするだけ──


 スマホをポケットにしまい、“石”を手に取る。


 夢では「まだ早い」と言われ、扉の先に別の空間が広がっていたこの家。

 現実では、いったい何に繋がっているのか。


 生唾を飲み込みながら、ドアノブに手をかけ──開いた。


「あっ──」


 目の前の光景に、反射的に〈原初の結晶マテリアル・キューブ〉を飲み込んだ。



 ────────────



「すいませーん!」


 受付に誰もいないため、浩之が奥で事務作業をしている警官に向かって大声をかける。


「はいはい」


 一人の若い警官、後藤が作業を止められたからか、やや不機嫌な様子で対応する。


「ここに袴田って人が捕まってるって聞いたんですけど、本人とご面会とかってできたりしますかね……?」

「なに、君たち袴田の関係者か何か?」

「い…いえ!そういうわけではなくてですね……なんて言えばいいかな……」

「私たち学校の自由課題でチームを作ってるんですけど、テーマが“犯罪者が犯罪に関わってしまうのはなぜか”ということを調べています!」

「そうなの?」


 唐突すぎる話に、浩之が思わず聞き返す。


「ち…ちょっと!聞いてなかったんですか!?」


 ゆのが浩之を小突く。


「あ…あぁ!そうだった!そうなんです!!」

「じーっ」


 明らかに疑いの眼差しを向けてくる後藤。


「……もしかして、疑ってます……?」

「そりゃあ、疑うのが仕事だからね」

「は…はは……」


 大きくため息をつく後藤。


「まぁとにかく、今ここに袴田はいないし、彼の事について話すこともできない。それに俺はまだ調書を書いている途中でね、早く書き終わらないと、また矢崎さんに怒られ──と、まあこれはいいか」


 書類をトントンとまとめる。


「とまあ、こんな具合に忙しいの。ほら!帰った帰った」


 裏へ戻ろうとする後藤に向かって、ゆのが声を上げる。


「私……三年前に両親が死んだんです」

「え?」


 ゆのが語り始める。


「いつも笑いが絶えない家庭だったのに、いつの間にか父が詐欺にあい、多額の借金を抱えていて、母、共々首を吊って亡くなりました」


 涙が、頬を伝う。


「奇跡的に犯人は最近、別件で捕まったとニュースで聞きました」


 拳をぎゅっと握りしめる。


「どうしても知りたいんです!あの日、なぜ私の父と母が死なねばならなかったのか。その時の犯人の気持ちが……どうしても知りたいんです」


 深々と頭を下げるゆの。


「お願いします!袴田のことで、何かわかること……何でもいいので教えてください!!」


 後藤はしばし黙り込み──そして、目に涙を浮かべる。


「辛かったなぁ……あいつを捕まえるのが遅くてごめんなぁ……何かしてあげたいんだけど、今矢崎さんと裏山に検分へ行っちゃってるから、いないんだよね」

「「え!?」」

「って、捜査内容を話しちまった……」


 ゆのたちは瞬時に思考を巡らせる。


(袴田が逃げたのは、早くても12時30分ごろのはず。今はまだ9時過ぎ。なのに、もう裏山に──)


「ま…まさか──」


 青ざめる浩之。ゆのが怪訝そうな顔で浩之を見つめる。


「その検分って、最初からやることが決まってましたか?」

「ん〜……まあ、いいか。実は急に奴が協力的な態度になってな──」

「あ…ありがとうございました!!」

「お…おい!捜査の邪魔はするなよー!!」


 急いで走り去る二人の背中に、声が追いかける。


「先輩!!どうしたんですか!?」

「陸斗達が危ない!!」


「えっ!?」

「“予定にない動き”をしてるってことは……奴も夢を見ていた!予行練習に参加してたんだ!!」


 ゆのは言葉を失う。


「ゆのちゃん!すぐグルチャに報告して!!」

「は…はい!!」

「……ちなみに、さっきの話──」

「あーあれですか?ほぼ嘘です」

「嘘かい!!」


 浩之が突っ込んだ直後、前を走るゆのの背中から、一滴の滴が空中に弧を描いた。



 ────────────



【場所】学校 教室内


「“石”と、“埋めた何か”……」


 彼の中で一つの疑念が晴れない。


(なぜ父さんは、あんな状況で石を託した?

 敵が見ている中で、明かしていい情報だったのか?)


 海斗はこれまでの手がかりを頭の中で何度も反芻させる。

 そして一つの答えに辿り着く──


(……いや。まさか情報そのものが重要じゃない──)


「そうか……そういうことか!」


(“誰かしらが”──あの時、父は確かにそう言った)


 ブブッ


 スマホが震える。



ゆの:

 袴田も夢を見てました!!現在裏山に向かっています!!



「──っ!」


 即座に指を走らせる。



海斗:

 陸!そら! 気をつけて!



 席を立つ海斗。


 ブブッ



陸斗:

 もうここにいる



 ゾクリと背筋を冷たいものが走る。


 予鈴が鳴り、教室がざわめく中、海斗だけが立ち尽くしていた。


「どうした?海斗、もう授業始まるぞ?」

「先生!……母が倒れたと連絡がありました!」

「なっ!? 今すぐ行きなさい!!」


 教室を飛び出す海斗。その足が止まる。


(既読……五人?)



海斗:

 うた?



 返事は、ない。

 電話をかけても、応答はなかった。


「嘘……だろ……?」



海斗:

 うた?

 これ見たら返事して




 ────────────



【場所】五十嵐家 玄関前



 スマホが、ひとつ。

 地面に落ちている。


 ブブッ


 画面には、海斗の未読のメッセージ。


 ブー……ブー……ブー……ブー……


 着信音が鳴り響く。

 しかし──


 その場にはスマホ以外、何もなかった。

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