Episode.9 流星
五十嵐家からの帰り道、綾乃とうたは並んで歩いていた。
「誕生日をお祝いするつもりだったのに……なんだか、大変な一日になっちゃったね」
綾乃が苦笑すると、うたは黙って頷きながら歩き続けた。
その顔は、まだ青ざめたままだった。
「正直……さっきの話、半分も理解できてないです。どこかで“嘘なんじゃないか”って思ってて、そんなことあるわけないじゃんって」
「うん」
「でも……体が、勝手に認めちゃったみたいな感じで……」
「うん……うん……」
「ただただ、どうしようもなく、怖いんです……」
うたの声が震えた。頬に涙が伝う。
彼女はガタガタと震えながら、足元を見つめて歩き続けた。
「まだ十七歳なのに、こんな恐ろしいこと、どうして自分がって……かいくんともっと一緒にいたかったし……お父さんとお母さんは、どうなっちゃうんだろう……」
その声に、混じりけのない恐怖が滲んでいた。
綾乃はふっと目を細め、静かにうたの背を撫でる。
「わかるよ……」
その手の温もりに、うたの震えは少しだけ和らいだ。
「綾乃先輩は、怖くないんですか?」
「怖いよ」
「そんな風に見えないですけど……」
うたが戸惑ったように見上げると、綾乃は夜空を仰ぎながら、ぽつりと口を開いた。
「私、前に“家に帰っても一人”って言ったでしょ?」
「え……?ご両親は──」
「亡くなったの」
うたの息が止まる。
「……実はね、私の両親も〈暁〉に関わってたんだ。だから、陸斗くんのお父さんの口からその名前が出てきたときは、心臓が止まりそうになったよ」
不器用ながらも、うたに向けて微笑む綾乃。
「そんな……」
「三年前、急にいなくなって……その後、組織の人が来て、“亡くなった”って告げられた。でもね……どうしても、信じられなかった」
綾乃は夜空を見つめながら、涙を一筋、静かに零した。
「ずっと探し続けた。でも見つからなくて……でも、今日の話を聞いて、ちょっとだけ希望が持てたの」
「希望……?」
「もしかしたら、“あっちの世界”にいるんじゃないかって。そう思えたの」
綾乃がふと振り返り、微笑む。
「だから、探しに行こうと思ったんだ。今度は、ちゃんと見つける」
その言葉に、うたの震えは止まり、瞳に力が戻る。
「……私も手伝います。絶対、一緒に探しましょう」
「ありがとう!」
二人は顔を見合わせ、笑った。
少し沈黙が落ちた後、うたが唐突に口を開く。
「そういえば先輩、聞きたいことがあったんですけど」
「なにー?」
「りっくんのこと、どう思ってるんですか?」
綾乃の顔がぱっと赤くなる。
「え!? な…なにその質問っ!?」
「ただの好奇心です♪」
うたがニヤニヤ笑いながら、綾乃をじっと見つめる。
「そ…そりゃあ……かっこいいなって思うけど」
「じゃあ付き合っちゃえばいいのに〜!」
「か…からかわないで!」
「本気ですよー!」
「はい!この話は終了〜!」
綾乃は顔を真っ赤にしながら、思わず駆け出した。
「先輩〜!逃げないでくださいよ〜!」
二人の声が、夜風に溶けていく。
──その姿を、遠くから見守る影が二つ。
ゆのは、静かに肩を震わせ、声を殺して泣いていた。
浩之はその背中を見つめ、何も言わずに手を伸ばした。
「ひどいよぉ……」
「私だって……私だって、本気だったのに……」
「ゆのちゃん……」
「綾乃先輩が、本気になったら……もう勝てないよ……」
その言葉の意味を噛みしめるように、浩之は俯いた。
やり場のない切なさが、二人の間に満ちていた。
その上空では、月が淡く照らしていた。
すべてを洗い流すように、静かで優しい光で。
────────────
【場所】五十嵐家 自宅
「そろそろ行かないと」
靴を履きながら、彰人がふと呟いた。
みさとはその背に視線を向け、不安げに眉をひそめた。
「……あの人に会いにいくの?」
「ふふ、鋭いな」
「苦手なの、あの人」
「まあまあ……そう言わず。彼も、この運命に深く関わってる一人だ」
みさとの顔に影が差す。
だが、彰人はその両肩に手を添え、真剣な眼差しで向き合った。
「大丈夫。我が家の子どもたちは強い。何があっても、必ず乗り越えられるさ」
「でも……あの子たちが、こんな真実に耐えられるわけ……」
「信じるんだ。私たちの子どもを」
その目には、一切の迷いがなかった。
みさとは、沈黙のあと、小さく頷いた。
「気をつけてね」
「ああ、行ってくるよ」
玄関を出ると、三人の子どもたちが目の前に立っていた。
「うわっ……」
「もう見送ってきたの?」
「そこまでね」
海斗が彰人の手元に目をやる。
「父さん、どこ行くの?」
「ちょっとだけね」
「そのケース……誰かに渡すの?」
「うん、最後の一つだ」
「一つ……?残りの二つは、父さんと母さんが使うんじゃないの?」
「それはもう対策済みだよ。一つは予備だしな」
「……そうなんだ。気をつけて」
「ありがとう」
彰人は軽く手を振り、玄関を出るとすぐに駆け出した。
(まずいな……間に合うか?)
時計を確認しながら角を曲がる。
──ドンッ!
「いってて……」
ケースが開き、中身を確認した彰人の顔から血の気が引いた。
(……〈
焦りで全身が震えた。周囲を見回しても、見当たらない。
(もうこれ以上は探していられない……)
残る一つを胸に、彰人は足を速めた。
(あいつにこれを渡さないと、運命は狂う……)
────────────
電車を乗り継ぎ、たどり着いたのは
「おっそいやんけ!」
レジに立つ男が、彰人を見て声を上げた。
「スマホ持ってくれると、こっちも楽なんだけどな」
「いや〜あんなもんに縛られたくないわ。電波に支配されたない」
そう言って、大仰に笑う男。
彰人は肩をすくめながらも、軽く頭を下げた。
「大学からの付き合いってことで、頼みを聞いてくれ」
「しゃあないな。今日はお前の奢りやぞ?」
「まったく……」
「兄ちゃん!こいつにわいと同じの作ったってくれ」
「かしこまりました」
ふたりは席に座り、グラスを傾けた。
「……話すか?」
彰人は静かにケースをテーブルへ置いた。
「大学教授のお前にしかできない仕事だ。そして、友人として頼む。もし話を受けてくれるなら……うちの子どもたちを、頼んだ」
「ほう……ずいぶんと重たい話やな」
「頼む。何があっても、助けてくれ」
彰人は、床に膝をついて頭を下げた。
「お…おい!やめろって!話だけは聞いたるから」
「……ありがとう」
二人は、再び静かに酒を酌み交わした。
────────────
その夜。
日本全土の空に、一本の流星が走った。
それはまるで、空の裂け目を貫くように──
未来を照らす一筋の光だった。
祈る者がいれば、願う者もいる。
嘆く者がいれば、空を見上げる者もいる。
──うたは祈り、綾乃は願う。
──ゆのは嘆き、浩之は切なさを抱える。
──そらは、チョーカーを空にかざす。
──海斗は、その光景をただ静かに見つめる。
そして陸斗は——
その手の中に、そらの短冊を、固く握りしめていた。
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