第3話 境界守の影
### 第3話「境界守の影」
篠森蓮が目を覚ますと、そこは石造りの天井を持つ部屋だった。薄暗い灯火が壁に揺れ、湿った空気が肺に重い。寝台の横には水瓶と白布が置かれている。体の芯まで疲労が沈み込んでいた。
扉が開き、背の高い男が入ってきた。ガラン・ヘイスだ。無骨な顔に刻まれた皺は戦場の時間を物語っている。
「起きたか。立てるなら来い。アルマが待ってる」
蓮は頷き、重い足を引きずって廊下へ出る。冷たい石畳が裸足を刺し、遠くで金属の衝突音が響いていた。訓練場からの声だろう。規律と死が匂い立つ場所だった。
*
広間の中央には机が一つ。その向こうに、境界守の指揮官アルマ・ヴェルドが立っていた。灰金色の瞳は氷のように澄み、微動だにしない。隣には符を抱えたイオが控えている。セラの姿もあり、彼女は蓮に柔らかな微笑みを向けた。
「篠森蓮」
アルマの声は低く、命令に近い。
「質問に答えろ。なぜ境界層に入り込んだ」
「……わからない。裂け目が揺れて、気づいたら落ちていた」
「そこで何を見た」
「……影獣と、あなたたちの戦いを」
言葉に迷いが混じる。だが嘘を吐けば一瞬で見抜かれると感じた。
イオが符に記録を刻みながら口を挟む。
「彼は“声”を聞いています。主系波動の直通。偶然ではない」
広間に沈黙が落ちる。ガランが腕を組み、低く唸った。
「やはり、敵の種か」
セラが慌てて遮る。
「違う。彼は人間よ。怯えているだけ」
アルマの視線が鋭く蓮を射抜く。心臓が強く打ち、胸の奥のざらつきが疼いた。
「蓮。おまえは自分の中に、何かを感じているな」
問いは否定を許さない。蓮は拳を握りしめ、かすかに頷いた。
「……影獣を見たとき、胸が……熱くなって。足が勝手に動きそうで……」
イオが冷静に告げる。
「感応持ち。崩壊寄りだ」
セラは唇を噛み、ガランは剣呑な目をした。アルマは短く告げる。
「保護対象として監視する。だが、必要とあれば兵器として用いる」
その言葉に蓮の背筋が震える。人間として扱われない重み。だが同時に、この場所から追放されることはないのだと理解した。
*
広間を出るとき、セラが蓮の隣に並んだ。
「怖がらなくていい。私は、あなたを人として見るから」
その声は確かな灯火だった。だが同時に、蓮の胸の奥で再び波が軋む。――“こちら”の呼び声が、確実に強くなっていた。
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