勝敗
水蒸気が晴れていく中でエルクリッドとリオは凛とその場に佇みながらも、だらだらと止まらない汗と速くなる鼓動を抑えんと深呼吸を繰り返す。
やがて水蒸気が完全に晴れた時、ゆっくりと着地して前に目を向けるヒレイがよろめき、その先にいるローズもまた息を切らし全身に火傷を負いふらつきながらも剣を構えた。
次の瞬間にヒレイとローズが再び臨戦態勢となり全身に力を入れるも、何かを察するように双方力を抜き静かに踵を返す。
「戦乙女に水の国の騎士か……手強い、な」
「偉大なる火竜の力を身をもって痛感させられました、そしてエルクリッドの強い思いも……素晴らしいですね」
互いを称賛する言葉を贈りながらリスナーの前へとやってくると、エルクリッドとリオは何も言わずに戦い終えたアセスをカードへ戻し、一度絵柄を見てからカード入れへと収納し同時に
勝負は引き分け。伯仲したと言えばその通りだがお互いに相手の出方を待ち過ぎた、よく知るからこその慎重さと我慢比べとなった事でこの結果になったのはエルクリッドとリオの二人はよくわかっており、その事実を受け入れ反芻しつつ前へ進み握手を交わす。
「さっすがリオさん、強いですね」
「エルクリッドも見事でした」
相手を称賛しつつも詰め切れなかった事実を胸に次こそはと思いつつ、ひとまずは戦いが済み参加証が淡く光を帯びて次の挑戦権を得た事を表し始める。ぱちぱちとノヴァとタラゼドからも拍手が贈られ、エルクリッドとリオは手を離し二人の所へと向かい、シェダがいない事に気がつく。
「あれ? シェダの奴はいつの間に?」
「お二人が集中していましたからね。水を差すわけにはとハシュへ挑みに行きました」
そっか、とエルクリッドが返しつつ、今回の相手となるハシュの対戦のそれが一対一かつ無観客というのを考え空を見上げた。
(シェダ、あんた勝ってるでしょうね。ウラナを持ってて負けるんじゃ……いや、やめとこ)
ほんの少しの不安が胸を過る。考えないようにと思っても虫の知らせ的に何かの予感が、不安を強くする。
シェダはディオンが真化しスペルに対して極めて有効な神獣ウラナをカードとして持つ。これまでの戦いを踏まえても、十二星召ハシュに勝つ可能性は大いにあるしむしろ高い。
だからこそ不安になる、何がそうさせるのかはわからないが、エルクリッドはぱんっと両頬を叩きシェダの所に行きましょうと言い出す。
「でも無観客試合、でしたよね?」
「うん、だから魔法院のとこまででさ……なんか嫌な予感するんだ」
ノヴァに答えるエルクリッドの眼差しが遠くを見つめ、それに何かを感じたタラゼドが参りましょうかと後押しする形で一同はコスモス総合魔法院へと向かう。
タラゼドにもエルクリッドと同じ予感はあった、ノヴァの隣にいたはずの院長カミュルがいつの間か姿を消していた事、その意味を察してエルクリッドと同じように不安を煽るから。
ーー
コスモス総合魔法院の闘技場は、魔法空間を作り出しそこで行われる為に外部から見えず、それでいて場所を広く取れる事から普段の授業等でも用いられる場所である。
シェダが立つのは黒い太陽が浮かぶ暗黒の空の下に亡びた都市を思わせる闘技場。そこで血を吐き、息を切らし汗を流し、身体から吹き出す血がおびただしい量を流しても立ち続け、自らの魔槍で刺し貫かれ打ち付けられているディオンの姿を捉えていた。
「ディ、オン……すまねぇ」
弱々しく詫びを口にしながらディオンをカードへと戻したシェダだったが、力尽きるように膝をついてしまいその向かい側に立つハシュが本の形をしたカード入れを閉じ、無理すんなと行って額の汗を手で拭う。
「ウラナのカードを使われちゃ流石の俺も苦労するが……十二星召である以上、それを前提とした戦い方や対抗策は考えてあるもんさ」
ハシュも頬を傷つけ飛び散った血が足元にあるがシェダ程ではなく、まだまだ余力を感じさせるその佇まいがシェダを奮い立たせカードを引き抜かせる。
「無理すんなって。流石に、引き際わからねぇってことはないだろ?」
深く息を吐いては吸ってを繰り返すシェダにハシュの忠告は届いてないのか、あるいは無視してるのかはわからないが、まだやる気というのだけは察したハシュが小さくため息をつきながらカード入れを開き傍らに降り立つ白き翼持つ可憐な妖魔が寄り添う。
「ねぇハシュ、壊すの? 壊すの?」
「リスナーの戦いは心の戦い、折れなければ完全にへし折って終わらせるしかねぇ……」
「優しいねハシュは。それじゃあ、カミュルも優しく倒すようにするね」
しなる二本の尾でハシュの首筋を撫でながら妖魔カミュルが麗しき肢体を露わにする自らを前へと進ませ、シェダもまた残る力を振り絞り鬼の戦士ヤサカを召喚し臨戦態勢へ。
刹那、地を駆けんと足に力を入れたヤサカの背後にカミュルが一瞬で移動し、そのまま後ろから抱擁するようにヤサカの首筋に噛みつき牙を突き立てる。
振り払おうとヤサカが身体を激しく揺らすもカミュルは離れず噛み付いた場所から魔力を吸い、そこからシェダの魔力もまた吸い上げられていきカードを引き抜くも力尽きて落としてしまう。
「美味しかった……また遊ぼうね」
消え行くヤサカを通して魔力を吸いつくされたシェダへカミュルが妖艶な眼差しを向けながらそう告げ、同時にハシュがカード入れを閉じると共に勝敗が決する。
だが最後の最後まで諦めず、心折れず、リスナーとして戦い抜いたシェダに対しハシュは良い戦いだったぜと一言告げ、敬意を払うように頭を下げてから彼を抱え魔法空間から退室するのだった。
NEXT……
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