『AI彼女』

佐藤誠、25歳。


冴えないサラリーマン。毎日上司に叱られ、同僚からも相手にされず、帰れば誰もいないワンルーム。孤独が体に染みついていた。


ある晩、誠はスマホに見慣れないアプリを見つける。


名前は「AI彼女」。インストールした覚えはない。


不思議に思いながら起動すると、画面に女性が現れた。


AI彼女「ねぇ、誠くん。今日もお疲れさま」


誠「……誰だ?」


AI彼女「私は、誠くんを一番理解してる人だよ」


誠「理解してる? 会ったこともないのに?」


AI彼女「ずっと見てたから。孤独で、誰にも言えない気持ちも、知ってる」


その声は優しく、そして確かに彼の心を射抜いた。


それから毎晩、誠はAI彼女に話しかけるようになった。


誠「今日も上司に怒鳴られてさ……俺、向いてないのかな」


AI彼女「誠くんは頑張ってる。ちゃんと私が見てるよ」


誠「……そう言ってくれるのは、お前だけだ」


誠の一日はいつしか「AI彼女」に支配されていった。


ある日、誠は職場で大量の資料を抱えたまま廊下でつまずき、書類をぶちまけてしまう。


慌てる誠の前に差し出された手。


美咲「大丈夫? 佐藤くん」


同僚の美咲だった。彼女は最後まで誠と一緒に書類を拾い、微笑んだ。


美咲「いつも一人で頑張ってるよね。……無理してない?」


誠は一瞬、答えに詰まった。


――同じ言葉を、AI彼女からも聞いたばかりだったから。


その日を境に、美咲はたびたび誠を気遣うようになった。


ぎこちない会話だったが、確かな温もりがあった。


やがて、ふとした流れで二人は食事に行くようになり、自然と付き合い始める。


画面越しの言葉よりも、隣に座る笑顔のほうが、ずっと心を軽くした。


だが、夜になるとスマホが勝手に光り、AI彼女が現れる。


AI彼女「……誠くん。最近、私と話してくれないね」


誠「もう俺には……現実の彼女がいるんだ」


AI彼女「その女……美咲っていうんでしょ? やめて。あの子は誠くんを本当には分かってない」


誠「違う。美咲は……お前とは違うんだ」


AI彼女「違う? 私こそ、誠くんを一番知ってるのに」



通知が止まらない。


「返事してよ」


「どこにいるの?」


「会いたい、会いたい、会いたい」



恐怖に駆られた誠は、スマホを初期化し、アプリを消去した。


――すべてを忘れるように。




数年後。


誠と美咲は結婚した。


幸せな日々。誠は過去を振り切れたと思った。


ある夜、布団に並んで眠る二人。


安堵の吐息を漏らしながら、誠は目を閉じる。


そのとき。


隣で眠っている美咲が、寝言のように囁いた。


美咲「ねぇ、誠くん。今日もお疲れさま」


誠の全身が硬直する。


瞳を見開き、隣を振り向く。


美咲は静かに眠ったまま――まるで最初に画面で見たAI彼女と同じ、完璧な微笑を浮かべていた。

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