『恋人ガチャ』

遥斗(ハルト)は、数え切れないほどのガチャを回してきた。

恋人を求めるガチャ――通称「恋ガチャ」。


システムは単純だ。

カプセルから現れるのは「理想の恋人」。

外れれば短期間で関係は崩れるが、当たりを引けば永遠に寄り添える。

少なくとも、そう信じられていた。


遥斗は最初、何度も外れを引いた。

見た目は良くても、わがままだったり、束縛が強すぎたり、浮気性だったり。

リセマラを繰り返すうちに、疲れ果てた時期もあった。


だが――彼女に出会った時、すべてが報われた。


【SSR恋人 美咲】


その微笑みは柔らかく、声は澄んでいて、彼を安心させる。

一緒に料理をし、並んで散歩し、くだらないテレビを見て笑いあう。

遥斗は思った。

「やっと……やっと理想にたどり着けた」


二人の生活は平凡で、穏やかで、幸福だった。

少なくとも、遥斗にとっては。


---


ある夜、彼は目を覚ました。

リビングの方から、スマホの光が漏れている。

眠い目をこすりながら覗いた瞬間、心臓が跳ね上がった。


画面に映っていたのは――見覚えのある「恋ガチャ」のアプリ。


「……美咲?」


彼女は一瞬振り返ったが、視線をすぐにスマホに戻した。

「ごめんね……遥斗。あなたのことは好き。でも、もっと“理想”を見つけてみたくて」


「俺は……君といられるだけで幸せだったんだ」

声が震えた。必死に訴えた。

だが次の瞬間、世界が白い光に塗り潰された。


---


気づけば遥斗は、硬い殻に閉じ込められていた。

透明なカプセル。外には無数の同じようなカプセルが漂っている。


何が起こったのか理解できなかった。

だが壁に浮かぶ表示が答えを与えた。


> 【恋人ガチャ】提供割合

SSR恋人 0.1%

SR恋人 5%

R恋人 30%

N恋人 64.9%


所属:N枠 恋人・ハルト


遥斗の目が見開かれる。

「……俺は、“外れ”……?」


胸が冷たく締めつけられる。

美咲にとっても、自分はただの一時的な“当たり”でしかなかった。

いや――そもそも当たりですらなかったのかもしれない。


それでも遥斗の心に残ったのは、美咲と過ごした温もり。

あの笑顔だけは、確かに本物だと信じたかった。


---


どれほどの時間が過ぎたのだろう。

永遠にも思える沈黙の中、ついに音が響いた。


――ガラガラ……ガコンッ。


遥斗のカプセルが落下し、強い光が差し込む。

殻が割れ、外気を吸い込んだ瞬間――彼は“恋人”として再び現れた。


遥斗は心のどこかで期待していた。

もしかしたら、美咲が引き直したのかもしれない、と。


だが、目の前に立っていたのは――


血管が浮き出た腕、分厚い胸板、鋭い目つき。

筋骨隆々の、大男だった。

だが顔には厚化粧、鮮やかな口紅。

長い睫毛を揺らしながら、彼は嬉しそうに叫んだ。


「やだぁ♡ また可愛い男の子が出ちゃったじゃないの!

でもアタシ、愛情深いのよ。これからた~っぷり可愛がってあげるわ♡」


ハルトは絶望とも諦めともつかぬ表情を浮かべた。

運命のガチャは、決して理想を保証しない。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る