第2話 白い衣の女の過去

 夜の村は、星明かりだけがかすかに家々の屋根を照らしていた。

 村人たちは飢饉と疫病に怯え、祈りと不安が入り混じる声が風に乗って遠くまで届く。


 その中で、少女――まだ幼い巫女――は祭壇の前に立っていた。

 白い衣は死装束であり、神事衣装でもある。


「どうして私が……?」

 震える声は風にかき消されそうになる。だが少女は、答えを待たずに立ちすくむ。


 村の長老は静かに頷き、彼女の手に小さな護符を握らせる。

「これが契約だ。村の未来のために、代償を捧げるのだ」


 少女は手のひらに感じる冷たさと重みを見つめ、なぜ自分が選ばれたのかを考える。

 村の飢えと疫病は容赦なく、家族や友達も病に倒れていく。


「私が……この命を差し出すことで……救えるの?」

 答えは誰も教えてくれない。教えてくれるのは、護符と白い衣、そして祭壇の静けさだけだった。


 村人たちは祭壇の周囲に赤い人形を置いた。

 言葉も動きもなく、静かに立つだけ。

 だがその姿は、少女の犠牲を象徴し、未来に伝わる因果の印として刻まれるものだった。


 少女の心は恐怖で震える。だが同時に、未来を守ろうとする決意も芽生える。


 夜が深まるにつれ、巫女の心は揺れ続けた。

「命を差し出すことが、本当に正しいのか……」


 祭壇の炎がゆらりと揺れ、赤い人形の影が壁に映る。

 その影は、無言の問いかけのようにも、静かに彼女を見つめる存在のようにも感じられた。


 少女は深呼吸をし、白い衣を握りしめた。

「村を……救わなければ……」


 小さな声が夜空に溶ける。護符の光は微かに揺れ、手に宿る重みが少女の決意を現実に変えていく。


 祭壇の前で、少女は膝をつき、頭を垂れる。

 目を閉じると、家族の笑顔や村人たちの顔が浮かぶ。

 そのすべてを守るため、自分の命を差し出す覚悟を固めた瞬間、空気が一瞬震えた。


 白い衣の裾が風に揺れ、赤い人形の影が祭壇の周囲に落ちる。

 少女の祈りは、やがて怨念となり、未来に残ることになる。


 白い衣の女――現代で颯斗と彩の前に現れる存在――は、この時の巫女の決意と犠牲の記憶を宿している。

 赤い人形は、村人の行為の象徴として、静かに立ち続ける。

 少女の犠牲と決意、村人の業――すべてが、後の時代に現れる象徴の原型として刻まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る