廃遊園地のピエロ 白い衣の記憶

もちうさ

第1話 静かな遊園地と白い衣の記憶

 午後の遊園地は、昼間の喧騒を忘れたかのように静かだった。

 颯斗と彩は、手に残る微かな護符の温もりを確かめながら、観覧車の影に沿って歩いた。夏の光はまぶしく、子どもたちの声も遠くで淡く響く程度だ。

 しかし、二人の心には微かな違和感が忍び込んでいた。


「……さっきのこと、まるで夢みたい」彩が小声でつぶやく。

「うん。でも、確かに何かがあった……」颯斗も答える。


 遊園地の奥の小道で、空気がかすかに揺れた。

 光の粒がゆらりと動き、白い衣の女――巫女の怨念が宿る存在――の残像が重なる。

 目には見えないが、過去の犠牲の記憶が空間に微かに刻まれていた。


「……颯斗、何かいる?」彩が少し身をすくめる。

「いや……見えないけど、何か感じるな……」颯斗は答え、二人は無理に意識を逸らしながら歩き続けた。


 遠くの影に、赤い人形がひっそりと立つ。

 言葉も動きも持たず、祭壇の象徴として残された存在だ。

 過去の巫女の犠牲と村人の業を映す、静かな証人のような姿であった。


「……私の過去を、少しだけ見せましょう」

 空気の奥から切なげな声が響く。白い衣の女の怨念だ。

 昼間の柔らかい光は消え、そこには犠牲と悲しみの色が滲む。

 光の粒が集まり、徐々に人の形をなす。遠くから見ると微かに揺れ、触れることはできない。


 その瞬間、颯斗と彩の意識は遠い村の記憶へ引き込まれた。


 ⸻


 村は飢饉や疫病に苦しみ、少女が巫女として選ばれる。

 白い衣は死装束であり、神事衣装でもある。

「村を……救わなければ……」少女は震える声で祈り、祭壇の前に立った。


 村人たちは、赤い人形を作り、犠牲の象徴として祭壇の横に立てた。

 人形は静かにそこに立つだけで、巫女の犠牲と村人の業を示す存在であり、呪いの媒介ではなかった。


「契約……未来の代償を、私が背負う」

 少女は決意を胸に命を差し出した。

 そして、白い衣の女として現代に怨念を宿す存在となった。

 赤い人形とともに、犠牲と業の記録を遊園地に残す――象徴として。


 ⸻


 光景が揺らぎ、颯斗と彩は現代の遊園地に戻る。

 二人には何も影響はないが、空間には微かな過去の記憶が漂い、赤い人形の残滓や白い衣の女の気配が揺れる。


 遠く高台には影山が立ち、懐中時計を握り、白い衣の女と過去の犠牲を静かに見守っていた。

 颯斗と彩には見えないが、時間を超えた記録として、象徴は確かに存在していた。


「……これからも、何かあるのかな」彩が小さくつぶやく。

 颯斗は微かに笑い、手を握り返す。

「でも、もう大丈夫だよ。僕たちは、ちゃんと向き合える」


 白い衣の女は微笑む。

 しかしその瞳には悲しみと怨念が宿り、犠牲と業の記憶は消えることなく、今日も象徴として現代に佇む――静かに、確かに。

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