第6話 『芸能界の女帝と呼ばれた元サレ妻』⑧「ハリウッドからのオファー」


「ミサキ・クロダ、ハリウッド進出決定!」


ロサンゼルスからの衝撃的なニュースが、日本の朝を騒がせた。


「マーベル新作『サムライ・アベンジャーズ』の準主役に、黒田美咲さんが大抜擢されました!」


情報番組のキャスターが興奮気味に伝える。契約金は推定5億円。日本人女優としては破格の待遇だった。


黒田プロダクションの会見場には、200人を超える報道陣が詰めかけた。


「このオファーは、完全に実力で勝ち取ったものです」黒田勝利が説明する。「ハリウッドのキャスティングディレクターが、美咲の演技を見て即決でした」


実際は、黒田が40年かけて築いた米国エンターテイメント界との太いパイプが動いていた。しかし、それは誰も知らない。


美咲がマイクを取った。


「まさか私にこんなチャンスが来るとは。添え物と呼ばれた私が、世界の舞台に立てるなんて」


その一言に、記者たちがざわめいた。添え物——レオの言葉を、美咲は忘れていなかった。


同じ時刻、埼玉県の場末のパチンコ店。


「神崎レオでーす!今日は新台入替!ビッグチャンス!」


薄汚れたジャンパーを着たレオが、マイクを握って叫んでいた。客はまばらで、ほとんどが高齢者。誰もレオに気づかない。


「あの、すみません」店長が近づいてきた。「もっと元気よく!昔はテレビ出てたんでしょ?」


屈辱だった。しかし、この営業で得られる5万円がなければ、来月の家賃が払えない。


「はい!もっと頑張ります!」


レオは無理やり笑顔を作った。


深夜23時、ようやく営業が終わった。電車賃を節約するため、1時間かけて歩いて帰る。アパートに着くと、部屋から蘭の声が聞こえた。


「ママ、もう無理……」


電話で泣いている。レオがドアを開けると、蘭は慌てて涙を拭いた。


「おかえり」


「ただいま」


テーブルの上に、週刊誌が置かれていた。


『水野蘭、キャバクラ勤務を激写!』


写真には、派手なドレスを着た蘭が、客に酒を注ぐ姿が写っていた。


「見たのね」蘭が自嘲的に笑った。「時給3000円。女優より稼げるって、皮肉よね」


「蘭……」


「もう疲れた。芸能界なんて、もうどうでもいい」


二人は黙ってコンビニ弁当を食べた。テレビをつけると、美咲の特集をやっていた。


『ハリウッドスターと並ぶ美咲さん!オーラが違います!』


画面には、ビバリーヒルズの豪邸パーティーで、トム・クルーズやブラッド・ピットと談笑する美咲の姿。ゴージャスなドレスに身を包み、完璧な英語で会話している。


「信じられない」蘭が呟いた。「あの地味な奥さんが、ハリウッドスター?」


レオは答えなかった。答えられなかった。


翌朝、さらなる衝撃のニュースが。


『黒田美咲、アメリカの高級ファッションブランド「セレスティアル」のアジア圏アンバサダーに就任!』


契約金は年間2億円。CMは世界150カ国で放映される。


一方、レオの元に電話が入った。弱小事務所の社長からだ。


「神崎さん、悪いニュースです。パチンコ店の営業も、来月で終了だそうです」


「え?なぜ?」


「あなたを呼んでも、客が増えないって。むしろ『落ちぶれた姿を見たくない』って苦情が」


レオは電話を切った後、壁を殴った。


その夜、蘭が荷物をまとめていた。


「どこへ行くんだ?」


「実家に帰る。もう限界」


「俺を捨てるのか?」


蘭は振り返った。その目は、もう冷めきっていた。


「あなたと一緒にいても、未来がない。美咲さんを添え物って言ってたけど、今の私たちこそ、芸能界の添え物以下よ」


蘭は出て行った。


一人になったレオは、スマホで美咲のインスタグラムを見た。フォロワー500万人突破。最新の投稿は、ハリウッドのスタジオから。


『新しい挑戦、楽しんでいます。応援してくださる皆様に感謝を込めて』


コメント欄は応援メッセージで溢れていた。


レオは、震える指でコメントを打とうとした。

『ごめん』『やり直したい』


しかし、書いては消し、書いては消しを繰り返し、結局何も送れなかった。


窓の外では、雨が降り始めていた。

かつての大物俳優は、六畳一間で膝を抱えた。


美咲が世界に羽ばたく頃、レオは日本の片隅で、一人朽ちていく。

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