第3話 差違~なってみないとわからない
型通りに嫌がってみせたくじらだったが、
へそが覗くほど短いネイビーのミニTに明るいオレンジのゆるいタンクトップを重ね、下は白のショートパンツ。黒のハーフソックスと同じく黒が基調のデッキシューズがスポーティさを演出している。
「ヤバいよ。これじゃ、まるで女の子じゃん」
「なに言ってんの。そのもののくせに」
ヤバいヤバいと繰り返すくじらは、身体を捻って鏡に映る自分を見回した。
「あと、これも」
そう言って渡されたのは、四角い透明カバーにオレンジ色が詰まった指先サイズの物体。
「なにこれ、朱肉?」
「もうそろそろやめない? その猫かぶり。あんま続けてると嫌味になるよ」
「や、マジでわからんし」
「カラーバームだよ、リップとチーク兼用の。昔の彼女がよく使ってた」
リップ、チーク……。
聞いたことしかないアイテムを目の当たりにしたくじらは、男という生き物がいかにテキトーに暮らしてるかを思い知って慄いた。
「鏡の前で、そいつを小指につけて塗ってたよ。あとでやってみたら。って、まぁどうせ釈迦に説法だろうけど」
信じてもらえないのは別にしても、千百閒の細やかな気遣いは大いに助かる。彼のなにからなにまでのサポートに、くじらは思い切り感謝をしていた。多少の下心も、この窮状でなら許容範囲と言えるだろう、と。だが一方で、もしも自分が逆の立場だったら、同じようにここぞとばかりにあれこれ手間をかけていたに違いないとも思った。
だってこんなの、チャンスでしかないもんな。
「全部で五千円そこそこだし、気に入ってもらえたんならそれでいいよ。女の子に買い物したげるのなんてひさしぶりだから、今回は気持ちよくノセられとく。もしも気になるようなら、現地行く前の昼飯でも奢って」
くじらの想像通りだったのか、千百閒はイケメンぶりを強調する台詞を吐いてみせた。
駅ビルの飲食店街でちょっと高めのイタリアンを食べ終えた二人は、大阪メトロの御堂筋線に揺られている。このあとの本町駅で中央線に乗り換えれば、会場のインテックス大阪までは一直線だ。
食事中は自分の身に起こった
説得を諦めたくじらは、ひとまずこの状況を受け入れることにした。考えてみれば、今回会うメンバーはひとり残らず初対面。ならばもうこれはこれで、着ぐるみで参加してるくらいのつもりになってフツーに楽しむしかないのかも、と。
こんなのどうせ
「いんかむさんや宮部さんはびっくりするだろうなあ。てかどうする? このままTSってネタで押し切る? それとも、くじらさんが用事で来れなくなったんで、代わりにやってきたくじらさんの姪っ子、ってんでもネタ合わせしとこうか?」
三十代前半の千百閒からすれば、今のくじらはそれこそひと回り下の小娘だろう。当然のように主導権を握ったその口ぶりにも、くじらは既に慣れていた。
というかむしろ気楽だよな、この扱いは。なんつーか、人生特急券、みたいな。あー、可愛い女子は存在だけで世渡りできるってのはやっぱホントなんだ。
大阪港に浮かぶ人工島にあるコスモスクエア駅から会場のインテックス大阪までは徒歩で約十分。ニュートラムに乗り換える手もあるにはあるが、待ち時間を考えれば歩いたほうがむしろ早い。そう結論した二人は、大阪万博に向かう満員の乗客を尻目に電車を降りて、地上に出た。
リュックから取り出したタオルで汗をぬぐいつつ、遮蔽物のない晴天の下を黙々と歩く。同じところを目指して歩くまばらな人々と同じペースで足を繰り出すくじらは、すでに疲れていた。荷物が重いのだ。転換前であればさほど苦でもなかったリュックだが、あきらかに小型化し体重も減っている現状だとボディブローのように効いている。真上からの陽射しが頭頂に降り注ぎ、さらに体力を削ってくる。
たぶん、肩当ての長さも合ってないんだ。てか、こんなことになるんなら日傘でも持ってくればよかった。
ブラジャーを加えれば三枚重ねていることになるこの衣装が発汗に拍車をかける。
Tシャツ一枚で過ごせる男の方が、この場合は圧倒的に有利じゃん。しかも普通の女子は化粧でコーティングとかもしてるんだよな。この差はでかいよ。思ってた以上に性差ってあるな。
数歩前を行く千百閒の背中を見ながらそんなことを考えているうちに、くじらたちは会場前に到着した。
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