030 おじさん、三十万のパソコン欲しいクセに、十五万ので妥協してたから、我慢させたくなくて、つい……貯めちゃった♡

「きゃっ! やっぱおじさんかっこいい! いつも思ってたけど、スーツ姿めっちゃ似合うー!」


 家に帰るなり、今日買ったスーツをもっかい着て欲しいと言われたので着てみた。

 そしたらレモンちゃんがスマホを取り出して、パシャパシャ写真を撮り始めた。ちょっとハズイ。


「ねえおじさん! 仕事が終わったーって感じで、ネクタイ引っ張ってみて!?」

「……こう?」


 しゅっと、ネクタイの根元に指をひっかけ、横に引き抜く感じで引っ張ってみた。


「きゃー! おじさんイケメン! イケメンすぎるよおおおおおおおお!」


 姪っ子の黄色い声が、俺の自己肯定感を爆上げしてくれる。

 なんだかとっても良い気分!


「はい、そこでネクタイを振りかぶって!?」

「…………え?」


 唐突なフリに、俺は戸惑いつつもネクタイを剣の要領で振りかぶった。


「正面に――素振り!」


 またしても剣の要領で素振りをし――たんだけど!?

 なんだなんだなんだこれ!?

 ネクタイが――真剣になった!?


「それ、タイブレイドっていうの! すごいでしょ!?」


 ネクタイの剣だからタイブレイドね! 理解理解! 言語理解!


「剣の柄を首元に当てたら、普通のネクタイにもどるよ!」


 ほんとだ。

 しかもそのまま自動でネクタイが結ばれた状態になった。すごい。


「タイブレイド、一番安いヤツでごめんね? 普通の剣とあんま性能変わらないんだよねそれ」

「これ一千五百万だよね!? それで一番安いってどういう事!?」


 一千万超えてるのに安いとかいう事実にビビり散らかすわ。


「でも、スーツはトラックに轢かれても大丈夫なくらい頑丈だから! スーツがいつでもおじさんの命を守ってくれるよ! だから、会社に行くときは必ずそのスーツを着てね! 絶対だよ!?」


 なるほどね。

 普通のスーツじゃなくて、アタッカー専用のスーツを買ってくれたのは、それが理由か。


「ありがとねレモンちゃん! 高すぎるのが難点だけど、ほんとありがと!」

「前に三倍返しされたしね! しかも色つけて! だから今度はアタシが三十倍返ししてやったー! えへへー!」


 はにかんだ笑顔がもうだめだマジ可愛い。

 ぎゅって抱きしめたい欲に駆られるが、我慢我慢。おじさん我慢。

 親しき中にも性の壁だ。

 レモンちゃんが壁をぶち破ってくるのは一向にかまわんがね。

 おじさんからはとても無理無理無理無理。


「なら、次はおじさんが三百倍に色をつけて返さないとね?」

「大分無茶な事言ってない!?」


 まあ、そうね。

 三百倍ってなると、……四十五億になるしな。

 色をつけて五十億ってとこ?

 無理だわ流石に。


「でも、レモンちゃん、本当にあの時はありがとうね? それこそ、かなり無茶したでしょ?」

「ううん? ぜんっぜん!」


 さわやかさんさん笑顔のレモンちゃん。

 彼女は、今からおよそ五年前、たしか小学六年生の、今頃だったかな?

 リストラされて精神的にまいってた時、お金をくれたんだよね。

 パソコンが欲しいって、小学校一年生の頃からお小遣いとかお年玉を貯めに貯めた――三十万円を。

 俺に、そっくりそのままくれたんだ。

 嫌な顔一つせず、本当に、俺の事を気にかけてくれて。

 まだほんの十一歳の子供がだよ?

 ずっと貯めてたお金を、三十万を、ぽんと俺にくれたんだよ?

 信じられる?

 こんな良い子、多分もう二度とお目にかかれないよマジで。


「人生で一番、良いお金の使い方したと思ってるよ!」


 マイエンジェルレモンちゃんのゴッデススマイルを見て、またしても昔を思い出す。

 リストラされた理由は……まあ詳細は伏せるけど、上司の盛大なミスを、俺におっかぶせられたって所かな。

 しかも相手は、尊敬してた女上司で。

 告白するつもりなかったけど、正直、大好きだった。

 女性として、ほんっとーに大好きだった。愛していた。

 尊敬出来る、愛すべき、上司だった。

 だから、なんだろうね。

 ミスをなすりつけられた時は、ショックだった。

 こんな人だとは思わなかったっていう、信頼してた上司に裏切られたショックと、失恋のショックが一気に来た感じだった。

 本当はその時、色々抗って汚名を晴らせばよかったんだろうけど、そんな気分にならなかった。

 もう、どうでもいいやって、なっちゃったのが駄目だったんだろうね。

 特に反論もしなかった俺は、当然のごとく会社をクビになって、そのままふさぎ込んで……。

 何も、やる気が起きなくなってた。

 何か月も、家にずっと、閉じこもっちゃったんだよね。

 そしたらレモンちゃんが家に来て、こう言ったんだ。


「おじさん? お金、これだけじゃ足りないかもしれないけど、使い切るまでは、せめてお金の事気にしないで、ゆっくり休んでね?」


 何回も言うけど、小学生六年の、十一歳の子供がだよ?

 高性能のパソコンが欲しいからって長年色々我慢して貯めてたお金を、三十万円もの大金をだよ?

 俺にくれるって、普通じゃありえないからね?

 当時の俺は、ちょっとやさぐれてたから、「……受け取ったら、レモンちゃんの顔が曇りそうだな」とか考えててね。

 レモンちゃんの本音を探る為に「ありがとね?」って普通にお金を貰ったのよ。

 そしたらレモンちゃんてば、なんて返したと思う?


「ううん。これだけしかあげられなくて、ごめんね?」


 泣いたね。

 冗談じゃなくて、本気で泣いた。

 その場でうずくまって泣いたね。嗚咽なんて我慢できなかったよ。


「あ、ごめんね! つらいよね! よくわかんないけど、つらいんだよね!? よしよーし。なでなでー……」


 ちっちゃなレモンちゃんのお手々で頭を撫でてもらって、何分たったんだっけかな?

 なんとか泣き止んだ俺は、顔を上げたのよ。そしたらまた追い打ちかかってさ?


「ごめんね、おじさん? アタシが子供だから、それっぽっちしかお金、なくて……ごめんね? 本当に、ごめんね?」


 今度はレモンちゃんを抱きしめて泣いたよね。

 嗚咽? 我慢? 当然の如く無理無理無理無理絶対無理。


「よーし! おじさん、頑張って再就職しちゃうぞ☆」


 レモンちゃんにここまでしてもらって、ここまで言って貰ったらもうね。

 おじさん、マジでリアルに速攻で元気になっちゃったよね。


「え!? いやおじさん、ゆっくり休んでよ!」

「もう十分やすんだもーんねー!」


 俺はこの時、レモンちゃんに三十万を貰ったというよりかは――本当の意味で、心を救って貰ったんだ。

 レモンちゃんのあったかい真心があったからこそ、俺はどん底から立ち上がれたんだ。

 立ち上がった勢いのまま就職活動して、一か月もしないうちに今の会社に就職したんだっけか。

 ちなみにウチの会社、結構良いとこの有名企業でね?

 とりあえずワンチャン期待して面接申し込んだけど、しょーじき受かる気がしなくてさ?

 だからいっその事、前職を辞めた理由と、レモンちゃんに元気を貰った理由とか、全部正直にぶちまけてみようかなー?ってやってみたらそれが功を奏してね。

 無事、採用決定!

 すごい、すごすぎるぞレモンちゃんパワー!

 会社に入ってからは仕事も頑張って覚えて、一年ちょいしてからレモンちゃんに三倍返しで百万円渡しちゃったZE!

 そしてそのまま懸命に働き続け、現在に至るという訳だ!


「そういえば、パソコン欲しいから三十万も貯めてたんだよね? あの時は聞くのヤボかなーって思って聞かなかったけど、どんなパソコン買ったの? 予定通り三十万の? それとも百万ぶっこんだ?」

「……え? あの百万、額縁に入れて、アタシの部屋に飾ってあるけど?」


 …………………………はい?

 パソコン買うつもりで三十万貯めて?

 翌年に百万円になって返ってきたけど?

 使ってなくて?

 額縁に入れて?

 飾ってある?

 ……なんぞそれ!?


「おじさんから貰ったお金、もったいなくて使えないよお!」

「パソコン欲しいんじゃなかったの!? 普通に使えばよかったのに!」

「えへへー。別にパソコン欲しい訳じゃなかったから、いいのいいのー!」

「…………そう、なの?」

「そうそう! パソコンの為に貯めてたのは事実だけどねー! いいのいいのー!」


 釈然としないけど、本人がいいならそれでいいか。

 別に今更気にする事じゃないもんね? 


「そういえばおじさん、覚えてる? アタシが幼稚園の時、友達なぐっちゃったヤツ!」

「ああ、あったねそんな事も」


 ここからは昔話に花を咲かせ、会話を楽しんだ。

 思いつく限りの過去をひととおり思い出し終えると、レモンちゃんはどこか覚悟を決めた顔をして、唐突に別の話題を放り込んで来た。


「あ、そうだおじさん! ちょっと聞いて! 考えてたのがやっと決まった!」

「なに? なにが決まったの!?」


 明らかに覚悟が決まった顔をして、レモンちゃんは宣言した。


「アタシ、やっぱりアタッカー続ける! お母さん助けるまで、ダンジョンアタック続ける!」

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