029 切望レモン。
三千万もするスーツを受け取る事を忘れず、レモンちゃんをだっこしたままダンジョンビルを出た。
何を隠そうこの俺は、訓練室からずっとレモンちゃんを胸に抱き続けている!
可愛い可愛いレモンちゃんに抱きついてもらっているとも言える! ひっついてもらってるとも言える! 首に! むぎゅっと!
その事実が、現実が! 胸が苦しくなるくらいの幸福感を! 圧倒的幸福感を俺に与えてくれる!
個人的にはずっと! 自宅まで! なんなら家についても永遠にフォーエヴァーだっこしてたい所だ! だがしかし!
「レモンちゃん、だっこしたままで大丈夫? おじさんは大歓迎だけど、他の人にだっこしてる所見られるの恥ずかしくなったら、すぐ言ってね?」
おじさん的義務感で、とりあえずマトモな台詞を吐いておく。
「……いわないもん」
そう言いながらレモンちゃんは、俺の首を抱く力を――ぎゅっと、少しだけ強めた。
ほうあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!
なんだこの、思わず叫びたくなるくらいの可愛さは! 可愛さ宇宙一だわこんなん!
あーもう駄目だね! こりゃあ駄目だわ駄目だわ駄目駄目駄目駄目え!
可愛すぎておじさん急性心臓麻痺で死にそうだわ!
ぶっちゃけ、ケント義兄さんの元に返したくなくなってきたね正直これうんマジで!
「おじさん、一生レモンちゃんを抱っこしてたいわー」
「……んふっ」
俺が馬鹿な本音を口走ったからか、レモンちゃんは可愛らしく笑ってくれた。
そこから歩いて駅まで行って、電車に乗って――迷惑だろうから念のため席には座らず――降りて、自宅に向かって再び歩く。
そんな中、レモンちゃんはぽつりと、ある疑問をクチにした。
「……おじさんは、なんであんなに強いの?」
あんなにって言われるほどの強さはないと思うけど、まあいいか。
「うん? なんでって、たくさん訓練したから、かな?」
「どんな?」
「ええとねえ、昔は割と頑張っててさ?」
ザクロ義姉ちゃんの家に、というか命ヶ為家に養子として貰われたのが確か――五歳。
当時六歳だったザクロ義姉ちゃんに剣術道場に強制連行されてから、俺の剣への道がはじまった。
剣を学び始めて、一年目。
師匠に、剣を振るのにまず必要なのは、とにもかくにも体力だと教えてもらった。
だから暇があれば走り込んだ。めっちゃ走り込んで、体力をつけた。
二年目、六歳。小学校一年生。
真剣を手に持ちずっと構えてられないと、実戦では話にならないと師匠から聞いた。
なので、暇があれば真剣を持ったまま、正眼の構えを維持しつつ走り込み続けた。
勿論、剣は鞘に納めたまま、だ。
三年目、七歳。小学校二年生。
昨年同様、真剣を持って正眼の構えを維持したまま、走り込み。
四年目、八歳。小学校三年生。
剣だけじゃ物足りなくなってきたので、重い甲冑を着た上で、剣を構えたまま走り込み。
五年目、九歳。小学校四年生。
またまた物足りなくなってきたので、剣二本持って上下太刀の構えのまま、甲冑を着て走り込み。
六年目、十歳。小学校五年生。
甲冑を着て、二刀流で構えて、背中に大剣を一本背負って走り込み。
この年に指摘されて気が付いたんだけど、走り込みっていうか、フルマラソンしてたみたいなんだよね、俺。
去年かそこあたりから、走り込み=フルマラソンになってたのかもしれない。
七年目、十一歳。小学校六年生。
甲冑を着て、大剣で二刀流の構えを維持させ、背中に大剣を五本縛って背負い、フルマラソン。
八年目、十二歳。中学校一年生。
甲冑を着て、大剣で構えたまま、背中に大剣を十本なんとか縛って背負い、フルマラソン。
九年目、十三歳。中学校二年生。
甲冑を着て、大剣を構えたまま、背中に大剣を十本縛り付けて背負い、後ろ向き走りでフルマラソン。
十年目、十四歳。中学三年生。
甲冑を着て、大剣を構えたまま、背中に大剣を十本ぎっちり縛りつけ背負ったまま、一日で富士山を御殿場ルートで登山したりした。一日で、五回登山したりした。
登山日以外は、前年とほぼ同様。
「――とまあ、こんな感じかな? 剣の技術は道場で教えてもらって、足りない所を暇な時間で補ったんだ。特に体力?」
いやあ、なつかしいね!
真剣を剝き出しで走ってたら、警察の人に怒られたのも良い思い出だ!
「我ながら、昔は頑張ってたなーって思うよ! 今では見る影もないけどね!」
サンソニックを捌く程度で薬草補助が必要なくらい訛ってたしね。
流石にもうリュウガンの薬草のサポートはいらないけど。
「……今も、頑張り屋さんじゃん。アタシの為に薬草作って、ポーション作って」
「レモンちゃんの為だし、そりゃ頑張るでしよ」
他の人の為ならいざ知らず、ねえ?
「おじさんは、凄いなあ。剣聖って呼ばれるくらい剣が強くて、作る回復薬がどれもトンデモなくて……」
剣聖呼びはクッソ恥ずいからやめて欲しい。
回復薬はね、まさかエリクサーがね、俺以外にまだ誰も作れてない事実には驚いたよね。
「……アタシは、一年もダンジョンに潜って、まだ低層。なのにアイツはもう中層」
はあ。
レモンちゃんは、深々とため息を吐いた。
「アタッカーの才能、ほんとに、ないのかなあ」
声を震わせて、悲しそうに、あーちゃんに言われた事を思い出しているレモンちゃん。
「おじさんは、どう思う?」
ここは、本音で話すのが一番だろう。
「……おじさん、レモンちゃんの配信を見ない理由、覚えてる?」
「心配し過ぎて見てられないから、だよね?」
「うん、そう。おじさんね? レモンちゃんがモンスターに一発でも殴られたら、ぶっちゃけ発狂するくらい叫ぶと思う」
つーか叫んだ。
初配信でモンスターに不意打ちされたレモンちゃんを見て、絶叫した。
それから配信は見ない様にしてる。
レモンちゃんってばほぼ毎日ダンジョン攻略配信するから、たった一発攻撃をくらっただけであんな叫んじゃうとしたら、心臓がいくらあっても足りないし。
「ちょっと話変わるけど、ほら、その、……あのザクロ義姉ちゃんが行方不明になった、一年後、さ? お義父さん、さ?」
「……餓死、だったっけ」
ザクロ義姉ちゃんが居なくなって、翌年。
一周忌じゃないけど、とりあえずみんなで集まろうってなった時、義父さんと誰も連絡が取れなかった。
だから俺が実家まで帰ってみたんだけど、……思い出しただけでも吐き気がする。
近所の人の話では、ここ最近全然元気がなくて、どんどん痩せ細ってたとかなんとか。
「ねえ、レモンちゃん。ダンジョンアタックって、普通は何日おきにやるものかな?」
「……三日おき」
ダンジョンアタックで身も心もすり減らしてるんだから、それくらいの期間を空けるのは当然なんだよね。
ケント義兄さんにそこらへん怒られてたけど、改善はしなかったんだこれが。
「だよね。なのに、レモンちゃんは毎日ダンジョンアタック配信するから、……いつか、無理がたたって、死んじゃうかもしれないって思うと、めっちゃ怖いんだよね」
薬草を育て始めて数ヶ月後。
薬草って、植物って生きてるよね?
育児スキルって年下にのみ有効だけど、案外これって薬草にも効いちゃったりしない?という思いつきを実行してみたら、それがまあ出来ちゃって。
そこからは、レモンちゃんの心身の回復の為に、薬草に牛乳飲ませたり肉食べさせたり野菜食べさせたりプロテイン飲ませたりして、色んな回復性能がある薬草作りを目指した。
これで、ほんの少しでもレモンちゃんの心と身体が癒える様にと。
「おじさんね? 才能とか関係なく、アタッカーを辞めて欲しいな? いつ死ぬか分からないアタッカーじゃなくて、安心安全な学生生活を送って、大学いって、就職して、できれば結婚とかして、……そんな、危険のない、普通の人生を送って、欲しいな?」
行方不明のザクロ義姉ちゃんや、餓死した義父さんを思い出す。
「義父さんみたいに、レモンちゃんまで、死んじゃうの、おじさん…………やだな?」
ぶりかえる悲しみが、苦しみが、頭を締め付ける。
痛い。痛い。
頭が痛い。痛い痛い痛い痛い、痛い。
「……アタシ、でも……………やだ、よ」
ぐすり。
俺の顔の真隣にレモンちゃんの顔があるから表情は見えないけど、明らかに鼻をすすった音がした。
「お母さん、まだ生きてるかもしれないのに……アタッカーやめるの、やだよ……」
地下二百一階。
深層と呼ばれるダンジョンの奥深くで行方が分からなくなって、三年。
普通に考えたら、生きてる訳が無い。
「死んでる可能性が高いの、分かってる。でも、もし生きてたら? お母さん、生きてたらどうするの?」
ほぼほぼ無いけど、生きてたら、良いよね。
ありえないけど。
「今ごろ、寂しがってるかもしれない。泣いてるかもしれない。お腹空かしてるかもしれない。……誰かに、助けてって、泣いてるかも、しれない」
レモンちゃんが今言った事をを頭の中で再現してみたら、目尻に涙が浮かんでしまった。ほんの、ちょっとだけ。
「分かってる、分かってるの。生きてる訳ないって、今ごろ、どうせ死んでるって、分かってるの。でも、でも……」
俺の肩に顔を埋めて、どうしようもない程の寂寥感を声に乗せ、本当の、心からの願いを、レモンちゃんはクチにした。
「……会いたい。お母さんに、会いたいよお」
心臓がそのまま潰れてしまうんじゃないかってくらい、胸がぎりりと痛んだ。
息が出来ない程に胸が詰まり、頭が痛くなる。
「アタシ、お母さんに会いたい! 会いたい会いたい会いたい! 死んでちゃやだよ! 生きててよお!」
感情が高ぶり、気持ちをそのまま大きく吐き出すレモンちゃん。
そんな彼女を、ただぎゅっと、抱きしめてあげる事しか、出来なかった。
「お母さんに会いたい! 会いたい会いたい会いたい、会いたいよお!」
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