空っぽ



 ……君への想いが、昨日とは違う。

 たった一日で、行き場のない想いがどれだけ辛いかを思い知った。


 信じて、疑いもしなかった。君なら乗り越えられるって。


 そんな小さな信頼は、儚くも崩れ去った。


 会えなくなるってわかってたら、もっと、もっと、昨日の時間を大切にしたのに。


 

 昨日の君は、覚えてる。病室の白いベッドに、ちょこんと座って、明日には退院って、冗談まで言って笑っていた。


 あの笑顔が最後になるなんて、誰が思う?


 君はこの結末を知っていたから、「海に行きたい」と、僕に無理難題を言って困らせたんだ。


「治ったら行こう」って軽く手を振って、僕は帰った。それっきりだ。


 ……もし昨日に戻れたら。


 怪盗のように、君を病院からさらって、君の望む景色を全部見せる。


 海だって、山だって、世界のどこでも。君の好きなドーナッツも一生分食べるし、やり残したことは全部叶えてあげたい。


 人生で君が見たいものは、まだ山ほどあったんだろ? 


 ……でも、それはもうできない。何度、頭の中で繰り返しても、あの白い病室から、君をさらうことはできなかった。


 時間は巻き戻ってくれない。


 僕は、君に……言ってないことも、いっぱいあったんだ。ありがとうも、ごめんねも、全部、全部。……バカだよな。



 君に会いたい。声を聞かせて欲しい。


 今さら言っても、届かないのに……僕は、まだ君に話しかける。君はきっと「そんな顔しないで」って、いつもの無理難題を言うんだ。


 ……それを想像するだけで、まだ、少しだけ、君の居なくなった空っぽの人生を生きていける。


 だから心配せずに寝てていい。


 ドーナッツを食べながら、君が起きてくるのを人生をかけて待つことにするよ。……たとえ、起きて来なくても、夢の中で会おう。その時は君が待つ番だね。


 沢山のお土産話と、沢山のドーナッツを持って会いに行くから。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る