海月


 海月と名付けた人は、何を思って、その名前を付けたのだろうか。


 イメージするのは夜空に満月と、どこまでも続く暗い黄色と白色が混ざった砂浜。


 果ては黒く、近づいてくるうちに蒼い色を取り戻す海。耳に心地良い波音が聞こえてきて、波に扇がれた繊細な風が通り過ぎる。


 月の周りにある雲は、優雅に白と黒の陰影を残した。


 これを海月というのなら……。片手いっぱいに大きく開いたとしても取り込めないほどの、この光景を海月というのなら。


 この広がりの景色を、この色の深さを、この雑音が削がれた静けさを、ひとつの言葉に託したのだろう。


 それがきっと海月には内包されている。



 海月。


 その言葉を口にすると、ひとつの情景が胸の奥でゆっくりと、そしてひっそりと浮かんでくる。


 ガラスのような海は、どこまでも透明で、海から見た月は、どれだけ美しく映るんだろうか。


 手を伸ばせば、星あかりでさえ近く。月の明かりは海との境界線もない。


 柔らかい月の輪郭に触れれば波紋を残す。あんまり触ると、くすぐったいのか笑いだす。それだけ海と月は隣り合う。



 月を映す海と、海を抱く月と、


 その狭間を海月は浮かんで揺れている。ふよふよ、と。ふわふわ、と。


 色を海に抜かれた海月は、月の明かりで白く輝く。月が落ちてきたのかと思うほどに、それは綺麗で。


 でも地上にいる私では、手を精一杯伸ばしたとしても、空の彼方にある月のように、海の中の海月には届かない。



 ……そうか、これが海月。


 海月と名付けた人は、何を思って、その名前を付けたのだろう。


 私の中でその答えは出た。


 海月と名付けた人も、私と同じで海に飛び込む勇気もなかった。


 ただ綺麗だと、触れられない海月を見て、海に月と名付けたのだろう。


 それが一番、納得がいった。



 海に月と書いて、海月。


 綺麗な名前だ。










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