【悲報】本屋でバイトを始めた売れないなろう作家ワイ、バイト先の可愛い女の子が『なろうアンチ』だった件
みんと
第1話 バイトをはじめる。
俺は、書籍化作家である。
……と、まあ、そう名乗っていた時期が、俺にもありました、というべきか。
大学三年の冬。
国内最大手のウェブ小説投稿サイトで連載していた俺の小説が、とある編集者の目に留まった。
ジャンルは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった『追放ざまぁ』。
パーティーを追放された主人公が、実はチート級の能力を持っていて、元パーティーメンバーや自分を虐げた連中を見返していく、王道中の王道だ。
俺は流行の波に乗り、そして書籍化という夢を掴んだのだ。
ペンネームは、『
我ながら、なかなかにカッコいい名前だと思っていた。
『これで印税生活だ! もう就職活動なんてしなくていいんだ!』
そう浮かれていた俺を、現実は容赦なく殴りつけてきた。
鳴り物入りで発売されたデビュー作は、驚くほど売れなかった。
二巻、三巻と続くはずだった物語は、無情にも一巻で打ち切りとなった。
それから二年。
大学は卒業したものの、俺は就職もせず、古都・京都のワンルームマンションでキーボードを叩き続けている。
新作を投稿しても、ランキングはせいぜい日間三百位。あっという間に圏外へ消えていく。
通帳に記帳された、残り五万円を切った預金残高が、俺のプライドをじわじわと、しかし確実に削っていく。
今月の家賃を払ったら、もうほとんど残らない。
さすがにまずい。まずいぞ、
今更、就職なんてできるかよ。
俺は一度でもプロとして本を出した人間だ。
そこらの奴らとは違う。
……なんていう、醤油皿より薄っぺらいプライドだけが、俺をこの場所に縛り付けていた。
だが、プライドでは腹は膨れない。
もやし炒めの味にも飽きてきた。
「……バイト、するか」
誰に言うでもなく、そう呟いていた。
せめて、本に関わる仕事がいい。
作家としての経験が活かせるかもしれないし、何より本が好きだから。
そう思ってスマホで求人サイトを開くと、一件の募集が目に飛び込んできた。
『京都駅前 大型書店 アルバイトスタッフ募集 未経験者歓迎』
時給は、まあ普通。
でも、ここなら。
俺はごくりと唾を飲み込み、震える指で通話ボタンをタップした。
数コールの後、凛とした、どこか芯の通った女性の声が聞こえる。
「はい、ブックフォート京都駅前店、店長の立花です」
「あ、あのっ! アルバイトの募集を見て、お電話したのですがっ!」
我ながら、情けないほど裏返った声だった。
◆
面接は、数日後に行われた。
俺が向かったのは、京都駅の烏丸中央口を出てすぐの場所にある、ひときわ大きなビルだ。
その地上六階を占めるのが、『ブックフォート京都駅前店』。
ベストセラーから専門書まで、ありとあらゆる本が並ぶ、まさに本の城塞。
俺は何度か客として訪れたことがあるが、まさかここで働くことになるとは思ってもみなかった。
通された事務所で待っていると、カツカツとヒールの音を立てて、一人の女性が入ってきた。
「待たせたわね。私が店長の立花楓です」
電話の声のイメージ通り、凛とした雰囲気の美人だった。
三十代くらいだろうか。
きっちりとまとめた髪に、シャープなデザインの眼鏡がよく似合っている。
「夏目創くんね。履歴書、見させてもらったわ」
立花さんは俺の向かいに座ると、単刀直入に切り込んできた。
志望動機、勤務可能なシフト、体力仕事は大丈夫か。
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、俺は必死で答える。
そして、ついにその時が来た。
「……で、前の仕事は? 大学卒業してから二年ほど空いてるみたいだけど」
来た。
一番聞かれたくない質問だ。
売れない作家です、なんて正直に言えるわけがない。
かといって、気の利いた嘘も思いつかない。
数十秒の沈黙の後、俺の口から飛び出したのは、見栄とプライドがこね上げた、みっともない自己申告だった。
「い、いちおう……その……ぷ、プロの作家とか……やってます」
ああ、言っちゃった。
言っちゃったよ、俺。
立花さんは、きょとんとした顔で数回まばたきをすると、ふっと口元を緩めた。
「へぇ……作家ねぇ」
その目は、どこか俺のことを見透かしているようで、居心地が悪い。
やばい、不審がられたか……?
「面白いから、採用。来週から来られる?」
「へっ? あ、はい! 大丈夫です!」
あっさりと採用が決まり、俺は安堵と同時に、作家だと言ってしまったことへの小さな後悔を胸に、事務所を後にした。
◆
そして、バイト初日。
バックヤードで行われた朝礼で、立花さんは悪気のない笑顔で爆弾を投下した。
「今日から新しく入った夏目創くん。夏目くんはなんと、プロの作家さんなのよ」
その一言で、他のバイトスタッフたちの視線が一斉に俺に突き刺さる。
やめてくれ、そんなキラキラした目で見ないでくれ!
「え、マジすか!?」
真っ先に食いついてきたのは、いかにも大学デビューしました、という感じの明るい茶髪の男の子だった。
「作家さんって、すごいっすね! ペンネームとかってあるんですか!?」
「え、あ、うん……神凪蒼、っていうんだけど……」
「ええっ! 神凪先生!? 俺、読みましたよ! 『追放された落ちこぼれ錬金術師は、実は神級アイテムを無限生成できるので、辺境でスローライフを送ることにした』ですよね!?」
「そ、そう! それ!」
この子は、相田陽太くんというらしい。大学二年生で、なろう小説が大好きらしい。
相田くんの興奮が伝播して、他のスタッフたちも「すごーい!」「うちのラノベコーナーにもありましたよ!」と口々に俺を持ち上げてくれる。
(これだ……これだよ……!)
最近まったく味わっていなかった、作家としての賞賛。承認欲求が満たされていく快感に、俺はすっかり有頂天になっていた。
ああ、作家って言って、本当に良かった。
そんなことを考えていると、ふと、その歓迎の輪から少し離れた場所に、一人の女の子がいるのが目に入った。
腰まである綺麗な黒髪。
清楚な白いブラウス。
黙々と平台に並べる本の整理をしている彼女は、こちらのことなど一切気にも留めていない様子だった。
(あの子だけは、俺に興味ないのかな……?)
そう思った、まさにその時だった。
彼女――白樺詩織というらしい――は、平台に積まれた一冊のライトノベルを手に取った。
それは俺の作品ではなかったが、似たようなタイトルの、いわゆる「なろう系」の小説だった。
彼女は、その表紙を汚いものでも見るかのような目で見つめると、誰にともなく、しかし、俺の耳にはっきりと届く声量で、冷たくつぶやいた。
「……くだらない」
歓迎ムードで温まっていたバックヤードの空気が、俺の周りだけ、一瞬で凍り付いた。
有頂天だった気分は、奈落の底へと叩き落される。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
え……?
今の、俺に向けて言ったわけじゃないよな……?
気のせいだよな……?
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