『この苦しみは誰のせい?』

「……怪物……?!」


 姿を表したのは、2mほどの体格を持った、爬虫類じみた姿の化け物だった。頭部と背中、太ももを分厚い黒い甲殻で防御し、それ以外の肌は白い。口元には鋭い刃物のような牙が並び、瞳孔の無い黄色い瞳は、まるで内臓が眼窩から覗いているようにも見えた。


 姿勢は、ゴリラのように前傾した二足歩行。左腕は二本あり、右腕はまるで大砲のような形にネジくれた肉塊へと変形している。よく見ればこちらも二本の腕があるようなのだが、支える肉の大砲と溶け合って一体化しているようだ。


 まるで兵器の形をした、異形の生物。文字通りの生物兵器。


 その異様を前に兵士が茫然としたのは刹那の事。訓練によって叩き込まれた反復運動で、彼は即座に引き金を引いた。


 放たれる銃弾を、ひらり、と回避する生物兵器。


 廃墟の屋根の上に飛び乗った“彼”は、右腕と一体化した共生兵器(シンビオートウェポン)へ指示を下した。


 肉の筒の最奥には、寄生する肉食性昆虫の巣がある。その巣房の一つが圧力をかけて潰されると、内部からは粘液に滑る“穿ち虫”の成体が押し出されてきた。押し出された虫はすぐ肉の壁に包み込まれ、高い圧力をかけられる事になる。強いストレスを覚えた穿ち虫はキリキリと脚を踏ん張り、跳躍。


 まるで銃弾のように吐き出される穿ち虫。それは目の前に迫る瓦礫に反応して、一度だけそれを蹴って方向転換。結果的に、兵士を真横から強襲する。


「が……っ!」


 ボディーアーマーで守られた兵士の横腹に命中した穿ち虫は、パニックになってやっきになって肉を食い破ろうとする。鋭い角や牙を使い、足をばたつかせて防弾繊維を食い千切り、内臓を引き千切り、大量の血肉と共に反対側に突き抜ける。


 それと同時に、極度のストレスに晒された虫も絶命する。


 どさり、と汚らしく臓物をぶちまけて、半ば真っ二つになった兵士の亡骸が道路に崩れ落ちた。


『ギュルルルゥ……』


 その様子を、“彼”は頬を歪ませて満足そうに確認する。


「なんだあの化け物は……?!」


 その様子を、生き残りの兵士もまた目撃する。


「生物兵器……?! X-0が裏切った……いや、馬鹿な。あり得ない」


「ああ。報告によればX-0の連れる怪物は、一度たりとも銃を扱ったことはない。まさか、宇宙人の連中、同タイプの生物兵器を作り出したのか?!」


 一瞬、かの有名なイレギュラーの事が頭に浮かぶも、即座にそれを否定する二人。X-0が仮に人類を裏切ったとしても、そのタイミングは今ではない。そもそも、現在X-0は人類と比較的友好な関係にあり、ある程度の所在位置が知れている。今の彼女は中部地方に滞在しており、こんな遠く関東に居るはずがない。


 理性と知性で、疑惑を払拭すると、残るのは疑問だ。


 こいつはなんだ?


 その答えは、二人の頭上から降ってきた。




「へえ。貴方達、X-0の事、知ってるの?」




 年若い女の声。


 二人がはっとして振り仰ぐと、瓦礫の廃墟の二階に、一人の女が立っていた。


 年のころは十代半ば。高校生にはまだ届いていないが、小学生よりは確実に年上、といった年頃。


 長い黒髪に、アジア系……いや、はっきりと日本人風の顔立ち。目はどんよりとくもり、頬は痩せこけ、血色もよくない。被虐待児を思わせる、すり減った佇まい。


 身に着けているのは、真っ黒な衣服。兵士はすぐに、それが奴隷兵達に着せられているのと同じデザインである事に気が付いた。


 宇宙人の捕虜? いや、しかし、ならば何故こんな所にいるのか。


「君は……むっ!?」


『グギャルルルゥ!』


 謎の少女に気を取られた隙に、いつの間にか例の生物兵器がすぐ近くまで迫ってきていた。怪物は突きつけられた銃をわしづかみにして握りつぶすと、兵士の首を掴んで顔を寄せた。


 咄嗟にもう一人が同僚を救おうと銃を向けるが、巧みに同僚の体を盾にされて発砲できない。


「あるふぁ……柳沢!」


「小田原、お前は逃げろ……ぐああああ!?」


 首を締め上げられながらも絞り出した勧告が、すぐさま絶叫に変わった。


 怪物の胸元、そこにいくつも空いた穴から、無数の糸のようなものが小田原に飛び掛かったのだ。


 それは、信じられない程巨大な線虫だった。僅か数ミリのサイズでも命に係わるような害虫が、その数十倍のサイズで、何十匹も肉の中に潜り込んでいく。


「ぎ、ぎぎぃいいいいいーーーーーっ!?」


 とても人のそれとは思えないような、苦悶に満ちた絶叫が上がる。全身を蚯蚓のような寄生虫に食い荒らされた兵士は口から血の混じった泡を吹きながら目が裏返り、全身をびくんびくんと不規則に痙攣させる。


 やがてすさまじい激痛の果てに悶絶死した兵士の死体を乱暴に投げ捨て、怪物が威嚇するように息を吐きながら最後の一人となった兵士に向き直った。


「な、な……」


 咄嗟に銃を向けるも、兵士は引き金を引けないでいた。


 今のは見せしめだ。


 引いたが最後、同僚と同じ地獄というのも生ぬるい末路を迎える事を思い知らされた彼は、ほぼ心が折れていた。


 そんな彼に、少女が語り掛ける。


「X-0について知っている事を教えなさい。彼女は、今どこに居るの? 連れている怪物は? ……教えなければ、いまの兵士と同じ死に方をする事になるけど」


「え、X-0を探しているのか……な、何のために?」


「決まってるじゃない」


 少女は、ぞっとするような笑みを浮かべた。


「殺すのよ。あの女のせいで、わたしは……!」


 怨念に満ちた言葉を叫び、しかし、少女は気持ちを切り替えるように首を振った。陰鬱な、どこか同情さえ帯びた視線で、兵士を見下ろす。


「……まあ、そんな事はどうでもいいでしょ。いいから、知ってる事を全部吐いて。そしたら、できるだけ苦しませずに殺してあげる」


「なるほど……わかった」


 兵士は頷き、銃を降ろした。


 聞き分けがよくて助かる……そう安堵した女は、しかし自分を見上げる兵士の強い眼光にたじろいだ。


「話す事など……何もない!!」


 叫ぶと兵士は怪物に飛び掛かり、自分から組み付いた。その片腕は、胸元のグレネードの安全ピンを纏めて引き抜いている。


「For everyone!」


『グギャルルル!』


 怪物はとっさに、兵士を自分の全身で抑え込むようにして包み込んだ。少女に害が及ばないよう、自分の全身を壁にする動きだった。


 直後、小規模な爆発が廃墟の一角を揺るがした。


 フラググレネードといえど、複数まとめて起爆すれば爆弾が爆発したようなものだ。爆風に廃墟の壁が吹き飛び、汚れた土煙が吹き荒れる。


 一棟のアパートが、数年ぶりの強い衝撃に崩れ落ちる。


 舞い上がる、灰色の土煙……。


「……げほ、ごほっ」


 その中から、咳き込みながら少女が姿を表した。黒いスーツ、というより拘束具は埃で灰色に汚れていたが、怪我はない。


 とっさに壁になった怪物が、全ての爆発と破片をその身で受け止めたからだ。


『ギュルル……』


 その代わりに、怪物はひどく負傷していた。胸元は人間の赤い血と自分の青い血が入り混じった斑模様になっており、右腕のシンビオートウェポンは千切れて失われている。全身ズタズタの怪物は、それでも淀みの無い動きで瓦礫を駆け上ると、少女の元に戻ってくる。


『ギュゥ……』


「……ええ。私は怪我はないわよ。……? まって、連絡……」


 少しの距離を空けて足を止めた怪物の嘶きに、少女は視線を逸らしながら、気まずそうに応える。


 と、少女が不意に左耳に手を当てた。まるで電話の受話器を取ったような仕草。


「ええ……はい……。捕虜の確保には失敗しました。尋問を試みた所、自爆されまして……ええ、はい。い、いや、それは、その……ぎぃいいっ!?」


 この場に居ない誰かと会話していた少女が、突然苦悶とも共に身を折った。まるで見えない刃物で腹をかき回されてるように、お腹を押さえてその場に倒れ込む。


『ギュ、ギュウウ!?』


「い、いたいっ! 痛いっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ! 失敗しました、私のミスです! 次は気を付けます、気を付けます、だから許してくださいっ! いたいいぃいっ!!」


 地面でのたうち回る少女。激痛に、彼女は姿の見えない相手に謝り続けている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 しばらくして折檻は収まったが、それでもその余韻に彼女は立ち上がれずに地面に転がったままだ。ぶつぶつぶつ、とうめき声のように謝罪の言葉を呟き続ける少女の瞳は、絶望に黒く濁っていた。


 その横に、焦ったように怪物が寄り添う。


『きゅいん、きゅいん……』


 “彼”は本当に、心の底から心配するように小さな低い声を上げながら少女に顔をよせ、そして……。


「触らないでっ!!」


 その頬を、少女が鋭く手で払った。


「何様のつもりなの……?」


 怯んで身を引く怪物に、少女が身を起こしながら低く罵る。今しがたうけた折檻に脂汗を流し、目の下に隈を浮かべた少女が、腹の底からの憤りを吐き出した。


「怪物のくせに……私の腹を食い破って生まれてきた化け物の分際で! 子供のような顔をしないでよ!!」


『キュ、キュゥウ……ン』


 少女の拒絶に、怪物はその凶暴な顔つきを歪ませて、小さく鳴きながら項垂れた。その、大きな犬が叱られて躰を縮めているような仕草に、少女はちっ、と気まずそうに視線を逸らした。


 見た目は醜悪な怪物で。戦ってる時はあれだけ凶暴なのに。怒られている時だけはまるで、実家の犬のよう。


 少女は、怪物が嫌いだった。それでも、こいつがいるから、宇宙人は少女を生かしてくれている。まだ殺されずに済む。


「……帰るわよ」


 吐き捨てるように小さく告げて、少女は身を起こした。ふらふらと、まるで重病人のようなおぼつかない足取りで帰路に入る。怪物はしばしその後ろ姿を見つめた後、彼女から距離を置いて、しかしいつでも庇いに入れる位置を維持したままついていく。


 ふらふらと歩きながら、少女が血を吐くように毒づく。


「くっそ……全部、全部、何もかもあいつのせいだ。私がこんな目にあってるのも、こんな体にされたのも、全部全部……!」




「クィーン……! 絶対に殺してやる……!」




 それが、筋違いの逆恨みである事は少女自身わかっている。それでも、恨まずには、憎まずにはいられない。


 誰も居ない廃墟に、点々と小さな足跡と、滴る青い血の跡が残されて。


 その後には、生きる者の無い静寂が残された。


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