Other・Q

『私だってこんな事やりたくない』



 関東近郊。


 人類軍と侵略者の競合地域にて、小規模な交戦が行われていた。


 互いに小隊規模の戦力。


 従来であれば、同程度の戦力なら一方的に人類側が駆逐されているのが常。


 しかし、ここ最近は事情が異なるようだった。


「α3、そっちにいったぞ!」


「わかっている、問題ない!」


 人気のない廃墟を舞台に銃撃戦を繰り広げるキルチーム。その戦いの趨勢は、しかし人類側に傾いているようだった。


 宇宙人側の勢力は、クロノス・オーダーの歩兵部隊。アンドロイドの奴隷兵を主力に、真っ赤なローブを羽織った技術員が鉄の杖を振り回して指示をしている。


 これまでであれば、クロノス・オーダーの誇る超技術によって、人類の攻撃は通じず、超加速によって翻弄され一方的に人類は敗北していた。だが、今はどうだ?


「火力を集中させろ!」


 二人の兵士が、マガジンの弾を撃ち切る勢いでアサルトライフルを連射する。ゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちなく歩く奴隷兵はそれを回避できないが、展開される時間防壁によって弾丸は全て阻止される。光のフィールドに突入した弾丸はスローモーションのように動きが鈍くなり、その隙間を悠々と奴隷兵達は潜り抜けようとする。だが……。


「クロスファイア!」


 そこを横合いから別の兵士が銃撃する。多方向からの射撃が重なり、遅くなった時間流の中に無数の弾丸が入り乱れる。


 戸惑ったように奴隷兵の足が止まった。彼らの動きでは、この弾幕を抜けられないと悟ったのだ。進路を変えようとする彼らを咎めるように、さらなる弾丸が叩き込まれる。


 そして、停滞時間が切れる。


 時間の流れが正常に戻る。再び超音速で動き出す弾丸が、火花を上げて奴隷兵達を蜂の巣にした。がしゃんがしゃん、と音を立てて崩れ落ちる黒いコートの奴隷兵。


『24539!! 3476!』


 そのあり様を見て、敵の技術員はご立腹だ。声を張り上げ、杖を振りかざすと、配下の奴隷兵ともどもその姿が一瞬で消える。


 こんどは時間加速による超高速移動。だが兵士達は慌てずに射撃を中断し、周囲に目を配らせた。


 廃墟の街に僅かな間静寂が戻ってくる。耳が痛むような静けさの中、兵士の一人が不自然に揺らめく砂埃を目の当たりにして声を上げた。


「4時方向!」


「撃て!」


 一斉に兵士達が指示された方向に発砲する。劈くような銃声の後、弾切れになったライフルがカチン、と音を立てる。


 直後、ふっ、とその場に奴隷兵達が姿を表す。だがその胴体には無数の穴が空いており、彼らは次の行動を起こす前にぐしゃりとその場に倒れた。


 護衛兵を全て失い、戸惑ったようにたじろぐ技術員。杖を振りあげ懐から何か銃を引き抜こうとした彼の動きが、その途中で不自然に止まる。


 遅れて、遠雷のような銃声が轟いた。


 遠距離からのスナイパーライフル。狙撃によって頭に風穴を開けた技術員は、そのままぱたりと倒れて動かなくなる。俯せになったその骸から、青い血がじわじわと広がっていった。


「……よし。状況のクリアを確認。お疲れ様」


「はっ。種がわかっちまえばなんてこたあねえ」


 兵士達が互いに笑みをかわし、健闘をたたえ合う。今の戦闘でこちらへの損害は無し。大勝利だ。


 かつてであれば奇跡的、といってもいい戦果であるが、しかしここ最近の人類軍においては珍しい光景ではない。


 すべては正しい情報が正しく周知された事だ。


 クロノス・オーダーの時間流操作技術は確かに恐るべきものだが、しかしあくまでその力は限定的。また時間を操作しても、その場にある物質が消える訳ではない。


 それに、クロノス・オーダーの主力である奴隷兵は判断能力に乏しく、迅速な対応が出来ない。さらにそれを操る技術員達は、本来兵士ではなくメカニックだ。技術力の差にものを言わせて虐殺に勤しんでいるだけで、兵士としての訓練を受けたわけでもなく覚悟も技術も経験も足りていない。


 それらを踏まえた上で適切な対応をすれば、決して勝てない相手ではない。


「ざまあみろ。結局てめえらはただの技術者って事だ、いつまでもウサギ狩りで遊んでいられると思うなよ」


「口が軽いぞα4。周囲の警戒を怠るな」


「すいません、α1。索敵に戻ります」


 勝利に沸いたのも束の間、敵の増援を警戒する兵士達。それでも、その横顔には勝利の喜びが隠せないでいる。


 無理もない話だ。10年以上の間、人類は一方的に宇宙人に殺されてきた。それがここ最近、急激に逆転しつつある。


 理由は言うまでもない。


 最重要探索対象X-0からもたらされた、宇宙人の秘密工作の情報。それを元に、全世界で重要拠点の調査が行われ、結果、いくつもの潜伏していた中枢が発見、破壊された。それに伴い、人類軍の活動が正常化。


 おかげで、これまで誰も自覚の無いまま行っていた不合理な作戦、共有されていない情報などが一気に白日の下となり、真の意味で人類が一体となって宇宙人に立ち向かう事が出来るようになったのだ。


 結果、人類軍はこれまでにない快進撃を繰り広げ、局地戦においても宇宙人に一歩も劣らぬ戦いを繰り広げているのだ。


「いやあ、風通しがよくなって本当助かるぜ。今じゃ、アメリカの端で受けた戦訓がその日のうちに俺達の下まで届くんだからな」


「ああ。とはいえ、風通しがいいのは北アメリカ方面と極東方面、あとオーストラリア方面に限定されるようだがな。ヨーロッパやアフリカ、南アメリカあたりはまだぐだぐだやっているようだ。アジア方面も変わらず我が儘ばっかり言っているらしいな」


「アジア方面っつってもあれ軍も民も居ない政治家だけ亡命してきたみたいな有様じゃん。ただの居候だろ連中」


 軽口を叩きつつも、警戒は怠らない兵士達。あくまで戦えるようになっただけで、敵が圧倒的な脅威なのは変わらないという事を彼らは理解している。


「α6、周囲に動きは?」


『こちらα6、高所から見た限り、妙なものは……がぁっ!?』


「α6!? どうした!?」


 無線の先で、不意にスナイパーがくぐもった悲鳴と共に沈黙した。α1が応答を呼び掛けるが、無線機に返ってくるのは、何か肉をかき混ぜるようなぐちゅぐちゅという音と、キチキチという虫が鳴くような音だけだった。直後、ぶっ、と通信が切れる。


「敵襲! 警戒しろ!」


「りょうか……ぎゃあっ!?」


 物陰に隠れていたはずの兵士の一人が、悲鳴と共に崩れ落ちた。彼の隠れていた瓦礫の壁に、大量の血と肉片がべちゃりと飛び散る。


 それを目の当たりにした兵士が舌打ちをする。今、撃ち殺された兵士は間違いなく完全に遮蔽物に隠れていた。それはつまり……。


「壁抜き?! ……いや、誘導弾か!?」


「どこから撃ってきているのかわからん、気をつけろ……おわっ!?」


 その兵士が、いうなれば運がよかった。たまたま。視界に入った黒い何かに驚いて仰け反った結果、彼を狙っていた一撃は的を外れて廃墟の壁に食い込んだ。


 分厚いコンクリートの壁に罅を入れて、何か小さなものがぶちゅり、と潰れる。兵士は身を屈ませながら、ぽろりと壁から脱落したそれを確認した。


「……虫?」


 それは、見た事のない昆虫のようなものだった。黒鉄色の甲殻を持った、小さな小さな甲虫……ゾウムシが近いだろうか。後ろ足がバッタのように体格に対して大きく発達しており、頭部には鋭い棘と、異様に発達した牙がある。


 そんな見た目の昆虫が、ぴくぴく足を痙攣させながら地面に転がっている。兵士はもう一度、攻撃で穿たれた壁の穴と虫の間で視線を往復させて息を飲んだ。


「α4より通達! 敵の攻撃は小さな虫だ! 人食い虫が、ノミみたいに跳ねて襲ってきている!」


「はぁ?! 馬鹿いうな、蟲なんかにぐべぎゃ」


「く、くそ、宇宙人の新兵器だっていうのか……ぎぃあっ!?」


 通信の向こうで、次々に味方が殺されていく。兵士はせめて相手の姿を確認しようと、危険を承知で瓦礫から身を乗り出した。


「俺はここだ! どこにいる卑怯者、でてこい!!」


 通じるとは思わないものの、声を張り上げて挑発する。


 だが意外な事に、相手はそれに応じた。通りの向こうから、ずしゃり、ずしゃり、と音を立てて姿を表す何か。


 反射的に銃を突きつける兵士。が、現れた敵の姿に、彼は思わず目を見開いた。


「……怪物……?!」


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