『なんだ、割と話がわかる奴いるじゃん』



 そして。


 後処理も、忘れてはいけない。




 センチネル兵の破壊工作から数日。


 近隣の宇宙人を殲滅しつつ廃墟の町で張っていた私は、待ち望んでいた人物が姿を顕した事に、背を預けていた壁から身を起こした。


「ようやく来たか」


『みゅんふふ?』


「ああ。おでましだ」


 キティの頭を優しく撫でて、丸い目を細める我が子に小さく微笑む。


 廃墟は人間のテリトリーではなく、今から来る人間も私の正体はご存知のようだ。誰にも憚る事なく我が子を愛でながら、私は待ち人の前に姿を表した。


 廃墟の陰から突然姿を見せた私にぎょっとする、スーツ姿の男。


 間違いない。


 あの時、集落に潜入していた人類軍の内偵だ。今は無精ひげも剃り、身だしなみを整えていぶし銀みたいな雰囲気を出しているが見間違えるはずもない。


「やあ。数日ぶりだな」


「あ、ああ……。その節はどうも」


「別に、むしろ私が先走って迷惑をかけてしまったようだ。それについては謝罪する」


 本当に、あれは私のミスだった。


 怒りに任せて後の事を考えずに先走った。普段であればいつも一人で、自らに降り注ぐ火の粉を払っていればよかったが、払う力もない人間を巻き込んでしまったのは痛恨のミスだった。あれはもう、人間性とか共感性の欠如とかではなくて、単純に私が間抜けだっただけである。


 挙句、集落の中で派手に大立ち回りした上で、人外の正体を見せて去っていったのだ。色々と後始末を押し付けてしまったのは想像に難くない。


 いやほんと、昔から私は片付けが下手で困る。


「その……集落の方はどうなった?」


「そっちについては何の心配もいりませんよ。人類軍から応援を出してなんとか纏めました。それに、あんな事があった訳ですからね。これまで再三の退避勧告を受け入れなかった集落の人々も、今は素直に我々に従って後方に避難を始めてくれました。これでこちらとしても、肩の荷が一つ降りた気分です」


「そうか。それは良かったが……大丈夫なのか? あれだけの人数を一度に後方に送って。収容所みたいになってないだろうな?」


 別に集落の人も好きでこんな前線近くに住んでいた訳ではない。


 彼らには彼らの事情と思惑があり、何よりも軍、というものへの根強い不信感がこの地の住人には根付いている。それ故の自衛隊、それ故の専守防衛ではあったのだが、人類軍という大きな組織に統合された事でその問題が再び浮上した、というのは無視できない要素だろう。


 軍がみんな住人を虐げる、なんて私だって考えてはいない。とはいえ、理由があれば住人を壁の向こうに押し込める事もある、というのは純然たる事実だ。


 私の懸念に、内偵の男は小さく苦笑いを浮かべた。


「そりゃあ、まあ多少の不自由はあるとは思いますけどね。人類軍だって、無駄にトラブルを起こすほど人手が有り余ってる訳じゃないですよ。可能な限り、納得した上でやる事をやってもらうようにしています。まあ、場所によっちゃそうでもないかもしれませんが……少なくとも俺達の目が黒いうちは、この極東でそんな事は起こさせませんよ」


「まあ、配慮しているならそれでいい」


 正直、安心できるほどの言質は引き出せなかったが、あまり執着している様子を見せるのもよろしくない。あちらが私の事情を全て知っている筈も無いが、子供たちに強い関心を向けている事に着目されると、よからぬ事態を招きかねない。


 確認を取るのはこれぐらいでいいだろう。


 あとは、人類軍の良心とやらを信じる他はない。


「それより、こちらとしても確認したい事がありましてね。やっぱりあんたが、最重要探索対象X-0、という事でいいんですかい?」


「X-0?」


 なんだそれは。


 そういえば、人類集落から抜き出した情報にもそんな事が書いてあったな。あれからちょうどいい感じの電源が見つかってないので内容は精査できていないのだが。


「あれ、ご存知でない?」


「ああ。基本的に人間側の事情は全く知らんからな、私は。色々あって10年ぐらい世の中から遅れてるんだ」


「あー、あー……そういう」


 なんだその反応。凄く納得しました、という感じに何度も頷くんじゃない。


「え、じゃあこれまで人類軍を助けてくれたの、完全に善意? 恩の押し売りとかでなくて?」


「なんでそんな真似をせねばならんのだ。私の敵はあくまで宇宙人どもであって、人類じゃない。殺したくもないものを何で殺さないといけない」


「えっ」


 なんだその反応テイク2。どうしてマジで言ってます、みたいな顔でこっちを見る。


 いや、そりゃあ集落では喧嘩腰だったけどさあ。あれはあくまで子供たちが危険に晒されて苛ついていたからであって……いや、その事情をこいつらは知らんのだな。そりゃあ、そういう反応になるな。


「集落での事なら、こっちもちょっと苛ついていたんだ。対応が雑だったのは謝る」


「いや、苛ついてたぐらいで溶かされたらたまったもんじゃないんですが……」


『みゅふ?』


 なんか文句ある? と言わんばかりにぎょろりと我が子が目を見開いた。その視線を受けて、露骨に内偵の男がたじろぐ。


 私はこら、と小さく我が子を窘めた。


「脅かさないの」


『みゅぅー……』


「ああ、いや、まあ……。やっぱ話に聞いてた通り、怪物を制御してるのはアンタの意思で間違いないって事かぁ……」


 腰が引けた様子の内偵と、心なしかさらに距離が広がった気がする。


 仕方ないけどあんまり露骨な対応されるとちょっと悲しい。とはいえそれを表に出すと我が子が機嫌を損ねて無限ループに入るので我慢だ我慢。


「人類軍が何をもってX-0とやらを定義してるかは知らんが。ここ数年、宇宙人どもを殺しまくっているのは誰か、というなら私でまあ間違いないだろう。同じ境遇の奴も見た事がないし」


「そうですか……やっぱり。じゃあその、人類軍に合流するつもりは……ないですよね、はい。すいません」


 露骨に嫌な顔をする私を見て、内偵は自分から言葉を引っ込めた。


 当たり前じゃん。


 誰が好き好んで拘束されたり注射打たれたり解剖されたりしそうな所にノコノコ近づくというのだ。そういう事を言うなら、もうちょっと人類の宿業を克服してからいいたまえ。


「話が早くて助かる。せめて、前線の兵士を切り捨てる悪癖を直してから提案してほしいものだな。あのSFっぽい強化スーツを纏った特務兵みたいなもんまで切り捨ててるようでは論外にも程があるぞ。何、真面目に侵略者と戦う気あんの?」


「う゛。耳に痛い……いやそれも一応改善してきてはいるんですけどね? まあ、うん、まだちょっと完璧じゃないのは事実っすからね……」


 流石に内偵なんてやってるだけあって、人類軍の後ろ暗い所についてはよくご存じのようだ。まあでも、内偵にしちゃ素直すぎないか? もうちょっと腹芸してもいいんじゃない?


「あんたの前でそんな不誠実な対応したらその場で溶かされるに決まってるじゃないすか……」


 あら、よくわかってる。


 ちょっと評価を上方修正しておこう。


「まあ、そんな訳で包み隠さず言いますが……人類軍の大半は、貴方を希望の星として見ています。単体で、宇宙人の軍を壊滅に追い込む謎の特筆戦力。第三勢力ではあるものの、人類に敵対する事はない……と。貴方の活躍がなければ、この極東はもっと地獄になっていた」


「だが、一部はそうではないんだな?」


「ええと、まあ、はい。ごく一部ですがね? 空気を読めずに、貴方を宇宙人に匹敵する危険な存在として排除を主張する勢力が、トイレの黒カビみたいにしつこーく存在してまして……。特にこないだの、アイドール・オーダーの基地を貴方が襲撃した件。その際目撃された巨大怪生物の情報で連中、今吹き上がってましてね……」


 ああ、ガルドの事か。


 確かにあの子は巨大な怪獣みたいな見た目だったからな。その破壊力だけ見るなら、確かに人類軍が脅威に思っても仕方ないかもしれない。私の掣肘が無ければ人間を食らう事に何の躊躇いもないし、もしあの子が私の制御なく解き放たれれば人類も宇宙人も区別なく、何もかもを根こそぎ食らいつくしてしまうのは想像に難くない。


 とはいえそれは今更の事だ。


 うちの子は大体皆そんな感じだし。


 キティだってこんなふわふわで可愛らしいけど、対人能力となると下手したらこれまでで一番ヤバイからな……。


『みゅぅ?』


「よしよし。何、お前は優秀な子だなあ、と思ってな。うりうり」


『みゅぅうう~♪』


 眉間のあたりを撫でくり撫でくりしてやると、我が子は毛を蠢かせて喜んだ。可愛い奴め。


 そんなやりとりを、内偵の男は不可解な顔で見ている。まあ気持ちは分かる。


「まあ、ですので、できればこれからも、消極的協力を願いたい、というのが本部の意向です。本当は貴方を本部にお招きしたいのですが、現状では余計な問題が多すぎますので……」


「ん。まあ私もそれはそれで異論はない。どのように認知されているか知れたしな。人類軍全体から攻撃対象にされていないのならそれでよい」


「という訳ですので、これをどうかお受け取りください」


 そういって男が差し出してきたのは、メモの切れ端だった。何かボールペンで番号が書いてある。


「これは?」


「人類軍が使用してる回線の周波数です。といっても、暗号化もしてない、傍受されてる前提の一般回線ですが……まあ、こちらの動きを把握する足しにしていただければ」


「意外だな。てっきり通信機でも渡してくるかと思ったぞ、発信機付きの」


 冗談めかして言うと、内偵の男は顔の横で両手を振って「とんでもない!」と否定してきた。


「あんた相手にそんな事してたら命がいくつあっても足りないって! 万が一、貴方まで敵に回したら人類軍は一巻の終わりです!」


「よろしい。それぐらいの現状把握が出来ている相手でなければ組む理由もないしな。ありがたく受け取っておこう」


 私はメモを懐にしまい込んだ。


 ……あとで通信機を確保しないといけないな。そんな都合のいいのあるかな、壊滅した人類軍の前線キャンプでも漁るか? そこら中にあるしな。


 とりあえず、これで聞きたい事は聞けた。思わぬ収穫もあった。


 私は話はこれで終わり、と内偵の男に背を向ける。


「こちらはまたしばらく身を隠す。お前も、まあ気をつけて帰れ。見知った顔が死ぬのはつまらん」


「はあ……それは、どうも……?」


 困惑したように頷き返す男に、私は肩越しに振り返ってにやりと笑った。


「ああ、そうそう。3km東に潜んでいる狙撃手だが、今回ばかりは大目に見てやる。貴重な人員を下らん事で消費するなよ?」


「?! ……ご、ご忠告、感謝します……」


「くく。それではな」


 そのやりとりを最後に、私は廃墟の街へと戻っていった。背後では、通信機に狙撃部隊の撤収を命じている内偵の言葉が聞こえる。


 まあ、悪い気はしない。本当に支援もおかずにのこのこ私の前に出てくるほうがよっぽど頭が悪い。


 どうやら思ったより人類の未来は暗くないようだ。


 私は浮かれた気分になりながら、軽い足取りで本日の寝床へと戻っていった。




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