『私は祈る。全ての子の幸福を、ただ』
アパートの最上階から跳躍して滑空し、子供達の元へと急ぐ。途中でバラック小屋の屋根を蹴って跳躍し、飛距離を稼ぐ。
「くそ……」
だいぶん人間をやめている私の身体能力でも、この距離を一瞬とはいかない。
我が子にはそれぞれ適性がある。今回、キティは高速移動には向かなかった、それだけだ。
ダメだ。
一発はどうしても間に合わない!
そんな私の悲嘆を肯定するように、空に一発のレーザー銃の銃声が響いた。甲高い金属を鳴らすようなその音に、顔から血の気が引いていく。
「っ!!」
もはや足にかかる負荷も無視して小屋の屋根を踏み抜いて加速した私は、子供達の隠れ家の上空へと舞い上がった。
そこで見た。
「っ、少年!」
おそらく、私がタオルが危ないといったからだろう。少年達はタオルを外に捨てるだけでなく、小さい子達を外に連れ出していた。それは正しい判断だ。
そして替えのタオルを持ってきた大人達とばったり顔を合わせ、タオルの危険性について話し合っているうちに、そのうちの一人が正体を現した、という事だろう。
腰を抜かす大人二人を背に、センチネル兵がレーザー銃を構えている。その眼前には、小さな子を抱きしめて地面に倒れている少年の姿。その傍らには、一発分のレーザーの銃跡。
あの距離でセンチネル兵が狙いを外す事はあり得ない。
そして連中は、弱いものから狙いをつける。
つまりは、少年は腕の中の小さな子供をかばって、レーザー銃の前に飛び出したのだ。そして横からとびかかって、かろうじて一発を回避した。
小さな子供が。より小さな子供を守る為に、その命を懸けた。
その尊さを、しかし宇宙人どもが理解する事はない。
冷徹に狙いを定め直す侵略者の姿に、私は牙を剥いて吼えた。
「貴様ぁああああ!!」
『みゅ、みゅふ!?』
我が子を素早く巻き取って、それを背後に向けてぶん投げた反動で機動制御。まっすぐに眼下の兵士に躍りかかる。
あちらも、私の雄叫びに気が付いて素早く天を振り仰ぐ。一瞬のためらいもなく、レーザー銃の狙いがこちらに向けられた。
そうだ、それでいい。
貴様の相手はこの私だ!!
「殺す! 貴様らは!!」
「◆●!」
先に引き金を引いたのはセンチネル兵士。その銃口が小さく瞬き、レーザーが発射される。その一撃は、空中でとっさに体をひねった私の左肩を撃ち抜いた。
迸る激痛を、それを上回る憤怒が塗りつぶす。
よりにもよって。
よりにもよって、私の目の前で、子供に銃を向けたな!!
相手の反撃が来る前に、右腕のレーザー銃を投げつける。この期に及んで、銃身を投げつけるという原始的な攻撃に、兵士は反応が遅れた。がっ、とその貌を鋼鉄の銃身が撃ち、思わずひるんで顔を背ける兵士。その肩に、空中から私は躍りかかった。
とびかかったところで、私の体重ではたかが知れている。フル武装の兵士に体重を乗せて叩きつけても、命には届かない。
だから勢いにまかせて飛びついた私は、そのまま相手の首筋に牙を立てて嚙みついた。
「●……★◆!?」
そして相手が私を引きはがそうとするよりも早く、私は最大出力の脳波動を相手の体に流し込んだ。視界が脳の奥から吹き出す光で青く染まる。
肉体を動かす生体電流を、私が流し込む波動が上書きする。それは脳に達し、相手の脳内磁場を、ニューロンネットワークをめちゃくちゃに乱し、焼き切っていく。
ぐらり、と兵士の体が傾ぐ。頭蓋骨を倍以上に膨らませ、ひび割れた複眼からバチバチと電流のようなものを吹き出しながら、兵士は力なくぐしゃりとその場に崩れ落ちた。
その躯を、肩で息をしながら見下ろす私。
遅れて舞い降りてきたキティが、焦ったような声を上げながら私にしがみついてくる。
『みぃ、みゅふふふ!! みゅぅーー!』
「ああ……大丈夫だ……。投げ出して、済まなかった……」
『みゅっ、みゅみゅみゅ!』
そんな事は話してない! とばかりにぷりぷり怒るキティ。ごめんて……。
我が子は私の平謝りには構わずに、ふわりと負傷した左肩に巻き付くと、レーザーで焼け焦げた傷を消化しにかかった。
このレーザー傷を放っておくと、全身の血が腐って死んでしまう。毒が回る前に、傷口ごと切除するのが一番確実な対処だ。私の場合再生力も増しているので、普通の人間のように手足を切り落とす必要もない。
こういう時にも我が子は素晴らしい仕事をする。怪我した部分だけを溶解液で分解し、あとは自分自身が包帯になって傷口をふさぐ。
本当に、できた子供だ。怒りに我を忘れた親よりよっぽど賢い。
「っ、ぐ……ふぅ、はあ……でも、良かった。無事、だった……」
周囲の視線は冷たい。
突然空から降ってきて、兵士を得体の知れない力で殺した私を、大人達は怯え切った視線で見ている。子供達も、周囲で茫然と見つめていた視線と目が合うなり、怯えの反応を返してきた。
彼らの目に映っているのは、どこからかきた得体の知れない少女ではなく、人間の形をした、人間ではない何かだった。
ああ。
それでも、いい。
守れたのだから。
ただ一人、私を真正面から見つめ返してくるリーダーの少年に歩み寄る。一瞬だけびくっとしながらも、彼は逃げないでいてくれた。
「お、前……」
「よかった……怪我は、ない……?」
「……な、ない……」
そうか。
心の底から安堵する。彼のざんばら頭に手を伸ばし、私は優しく、優しく撫でまわす。
「生きて……」
「え……」
「どんなにつらくても……苦しくても……それでも、生き延びて。そしていつか、幸せになって……」
万感の思いを込めて。彼らの親が伝えられなかったであろう気持ちが少しでも伝わるように。
「それだけが……子に親が望む、全てだから……」
全ての親が、子を愛するわけではないという現実を私は知っている。
子を捨てる親だっている。
それでも、そんな親だって、必ず最後はこう思うはずだ。
きっと。いつかどこかで、幸せになってと。
私は、少年をいつくしむように、頬に手を当てた。
「貴方達は、幸せになる為に生まれてきたのよ」
「……かあ、さん?」
少年が、私に何かの面影を見たように、目を見開いた。
その時。
「お、おい、あっちだ!」
「子供達が……!」
背後で、駆け寄ってくる大人達の声が聞こえる。
もう大丈夫だ。あとは、彼らにまかせよう。
私という異分子は、これ以上ここに居るべきではない。
それでも、最後に一つだけ。
「拒絶しないでくれて、ありがとう」
「…………! ち、ちがっ、俺は!!」
「さようなら、元気でね」
それきり私は振り返らず、彼らをおいて走り出した。
集落を取り囲む壁を飛び越え、廃墟の街へ。
彼らが、私のおぞましい姿を二度と見る事がないように。
さようなら。
逞しく生きる子供達よ。
貴方達に、幸せな未来がありますように。
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