銃創
につとも
プロローグ
ヘスコ防壁で守られた正門は、かつての趣すらもなくただ無惨に、コンクリート片が散らばっているだけである。
私は、そんな正門に取ってつけられた掩体の中にいる。ヘスコ防壁で作られた簡素なトーチカの中は、雑に作られた椅子に、脱落防止の為にブラックテープを巻きつけたAR-18を立て掛けてあるだけだった。私はその中で欠伸をしながら、上級生や班長にバレないか、少しだけヒヤヒヤしながらも肘をついて外を眺めていた。
正門前の道路はタイヤをパンクさせそうな瓦礫や、攻撃ヘリの残骸が残っているが、それにしても車の行き来が激しい。この学区一帯はうちの学校が治安とインフラを維持しており、他の学校に比べればまだマシな街の光景を保っている。それでも、一年前にあった敵地区との全面紛争では相手が航空兵力を投入し学校周辺の民家にも被害が出て、少なくはない数の民間人が亡くなった。
その戦いの残響は、校舎に無数に刻まれた機関砲の弾痕として残っている。
それにしてもこの勤務は非常に暇で、いつもはやることもないのでバレないように仮眠をとっているのだが、先週他校の工作員が正門に向けてRPGを打ち込んだ為、ここで仮眠を取ると生死に関わる。まぁ、RPGが打ち込まれた箇所は私が居る箇所とは真反対なのでそこまで騒ぐことでもない。どうせ、怪しそうな車両や人間が居れば警告をした上で射撃すれば良いのだから。撃てばある程度の事は解決できる。班長がそう言っていたので、間違いはないだろう。
「角谷先輩、監視替わります。」
後輩の生徒が少し気怠そうに私に言ってきた。恐らく、班長に言われたのだろう。正直に言うと、私はこの勤務は嫌いではない。何も考えなくて良いし、課業を逃れる事ができるからだ。私は机に向き合うよりも、研磨され、陽で輝いたこの小銃を携えている方が楽なのだ。
「あー...じゃあ色々教えることもあるし、私も居るよ」
「わかりました。隣失礼します。」
そう言って彼女は狭い掩体の中へと入ってくる。私が座ることができるスペースを作ると、彼女はそこへ遠慮がちに座ってきた。
…別に教える事なんて何もないので、少し微妙な空気が流れる。教えると言ってしまった手前、変な事は言えないし、先輩としての態度を保たねばならない。面倒くさいことになった。戦闘帽の鍔に指を添え曲げながら、私は彼女へ問いかける。
「入校して数ヶ月経ったけど...どう?慣れた?」
彼女は、そんなことを聞かれると予想もしてなかったのか、少しキョトンとした顔で、口を開く。
「まぁ....基本は覚えました。先輩方の練度には遠く及びませんが…」
そりゃそうだ。今、この学校に在籍している生徒で一番戦闘に慣れているのは私達二学年だ。あの全面紛争が、我々の練度を確実なものにした。私は、戦闘帽の影に覆われた頬にある銃創をそっと撫でる。まだ、気持ちの悪い、拭えない痒みは私を不快にさせる。
「…いいことだよ。訓練さえちゃんと受けてれば戦えるし」
素直な感想を後輩へ伝える。
「先輩方は....大変だったと聞きました。初戦があの全面紛争ですし....」
「でも、多分君も中学で出陣したと思うんだけど?市内の旧五校全部が出征したって聞いたよ」
あの紛争はあまりにも大きすぎた。通常の各校の争いが飛び火し、地域対地域へと戦火は大きくなった。
実際、私も前線で震えながら小銃の引き金を一心不乱に引く者や、APCに無惨に轢き殺される中学生をこの目で見た。
「…私は、その時肺炎を患っていたので参戦は見送られました。」
何処を観ているのか、私にはわからない。おそらく彼女と私の光景は近くとも、離れているだろう。
自らの瞳に映っている瓦礫の上で掲げられた、たなびいた旧市旗を私は忘れられることはないだろう。
白いはずの旗は、赤黒く、血潮に染まっていた。
銃創 につとも @chihadesu
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