第2話
次に目を覚ました時、おれは暗闇の中に居た。
音も、匂いも、感覚もない、ただの暗闇だ。
どうやら死後の世界には天国も地獄もなかったようだ。待ち受けているのはただの無、期待して順番を待っている奴らに、その先は何もないぞって教えてやりたい気分だ。おれもたった今、騙されてその列に並んでいたのだから。
それにしても、死ぬってこんな感じなのか、おれはどことなく心地よさすら感じる暗闇に身を任せて、時が過ぎるのを待った。もちろん待てども待てども、何も存在しない無が続く。
しかし待てよ、どうも不思議だ。本当に死の先が何もない無だったのなら、それを感じているおれ自身は今どこにいる? 無の外側にいるのか? だったら無とはなんだ?
おい、なんだか難しい話になってきたぞ。こんなことなら、ジルダリア人のように、哲学とかいう詐欺まがいの学問を嗜んどけばよかった。
そんなことをどれほどの時間考えていただろうか、相変わらず何もない暗闇の中だったが、微かな匂いを感じた。
懐かしい気がする、どことなく没薬の甘い香りの中に、少し鼻をつく刺激臭が混じったような。
永遠に続く暗闇の中、おれにはその香りだけが、思考以外に自分の存在を感じられる唯一の刺激だった。時に甘く、時に刺激的で、そして時折、傷み始めた生ものみたいな臭い。
気が遠くなるほどの時間、その香りを嗅ぎ続けていると、ある種の周期のようなものを、香りの中に見出すことができた。そしてそれと同時に、刺すような痛みが、体の一部に走ることも多くなった。
細い針で刺すような、その痛みは、常に同じ場所で発生した。
最初こそ不快だったものの、痛みのおかげで、おれは自分の輪郭を朧気ながらイメージすることができたし、時間が経つにつれ、痛み以外にも、多くの感触を感じられるようになった。冷たさや暖かさ、そして柔らかさと、衣擦れ。
そこでようやく、おれは自分の願いが聞き入れられたのだということに、気が付いた。おれはあの子の、パンツのクロッチに転生したのだ。そしておそらく陰毛がチクチク刺さっている。
願った時に一瞬だけ、ある特定のパンツのクロッチなのか、それともクロッチという概念全てなのか、前者ならば廃棄されたときどうなるのか不安になったが、どうやらその心配は要らなかったようだ。
つまるところ、おれは後者だ。彼女が一日に何度パンツを履き替えようと、おれは必ず、彼女の側にいる。
そしてそれに気が付いてからの展開は早かった。
彼女から発せられる香りや湿り気で、一日の経過を感じ、オリモノの量や粘り気から、彼女の体調や行動、あれの周期、食生活までを推測することができるようになっていた。
視覚や聴力などなくても、十分に日々は楽しめる。幸いなことに彼女はトイレ以外でおれを外すことはなかったし、外すことが間に合わない時すらあるほどだった。
そういった意味でも、おれの選択は間違っていなかったと言えよう。
心に余裕ができると、他者への感謝の気持ちも芽生え始めた。裏切りや闘争、血と汗に塗れた人生だったが、幻聴だと思っていたあの声の主のおかげで、おれは今こうして、日々幸せを嚙みしめることができるのだ。
――どれほど名のある神だったのか知らんが、出来る限りの感謝を捧げよう――
数え始めてから4回目の女の子の日、おれはあの声の主に深く祈りを捧げた。
もちろん返事はなかった。
当然だ、おれだって今の状況で返事をされて、下手に感想でも述べろと言われたら困る。
ひと月に数日間行われる重要な祭りの日だ。しっかり体を広げて、昼夜問わず集中力し、彼女を受け止めなければならない。決して暇ではないのだ。
おれはある種の使命感と、高揚感に燃えていた。
それは、かつてギルドの依頼で行った、どの依頼の時より強い気持ちだった。
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