十五話目 魔法少女は靡かない
魔法少女の特訓施設には現地集合することになった。
なんでも、環ちゃんは度々使ってたことがあるんだとか。上手くいかなくて利用を止めちゃったけれども。
真面目な子だなぁと思う。努力してるんだから、報われて欲しい。そのためなら、力を貸してあげたいと思う。
「……で、何で芹香ちゃんはついてきてるの?」
「はい?」
「はい? じゃなくて」
今日は環ちゃん、プリズシスタを見る約束をして特訓施設に行く予定なのに、なぜか芹香ちゃんが付いてきている。
なんで?
「美羽さんをあの女と二人っきりになんてさせられません!」
「あの女呼ばわりはちょっと……年上だよ?」
「私の方が姉弟子ですので!」
ふんすと胸を張る芹香ちゃんは可愛いけれど……。
ううん。まあいいのかな。先に特訓を受けた人として、助言とかしてくれるかもしれないし。
と、なんて思っていると、不意に周囲に人影がいなくなってることに気が付いた。
まだ魔法少女関連の場所に足を踏み入れてない、ただの町中だ。
つまり、これは何らかが起きている。
「芹香ちゃん、止まって」
「え?」
肩掛けカバンの中にしまってある変身ステッキを握り締めて、いつでも変身できるようにしておく。
ポムムからの連絡はないけど、魔人の影響かもしれないから。
誰もいない静かな町の中に、拍手の音が響いてきた。
「素晴らしい! 流石は歴戦の魔法少女ですね」
「誰!?」
拍手しながら路地裏から現れたのは、スーツを身にまとった金髪の男。
見た目から日本人じゃない、外国人?
「警戒させて申し訳ありません、わたくし、こういうものです」
そう言いながら近づいてきて、そっと名刺を差し出してきた。
……警戒しながら、ステッキを握ってない手で名刺を受け取る。
ちらりと、視線だけを動かして名刺の内容に目を通す。
「『民間魔法少女派遣会社スターライトセンチネル』……?」
「ええ、それが我々の社名です」
どういうこと? 魔法少女派遣会社って、魔法少女を派遣するの? どこに、どうして?
「我々の会社は、魔人被害に対し、わが社で雇用している魔法少女を各場所に警備員として派遣することを目的とした会社です」
「そんな、魔法少女は人々を守るためのものなのに……」
「ええ。ですが、どうして何も代償を払わない人々を守らなければならないのですか?」
金髪の男の鋭い眼光が私を射貫く。
思わず怯んでしまうぐらい、迫力があった。
「考えてもみてください。この国では、魔法少女に守ってもらうことが当然だという人間があまりにも多い」
「それは……」
「それで、魔法少女が町を守り切れず被害を出せばバッシング! なんて呆れた国民性なんだ! 自分たちは何もしていないくせに、他者からの献身を当たり前のものだと誤解している!」
……私は、この人の言うことを否定しきれない。
事実、私が酷く言われている本人だから。守っているのに、代わりに差し出されるのは罵倒の言葉。
今となっては辞めたいと思って行動している私が、この人のいうことを否定することなんてできるはずがない。
「そこで、我々は考えたのです。魔法少女も、報酬を受け取るべきなのだと。報酬を払う人間こそ優先して守るべき人間なのだと」
「……それが、認められると?」
「ええ、我が国では認められています」
我が国では、か。やっぱり、この人は日本の人じゃない。
ステッキを握る手に力が加わる。きっと、人気がなくなったのも偶然じゃない。この人達の組織に所属してる魔法少女の魔法によるものだ。
「おっと、勘違いなさらないでください。久遠美羽さん。いえ、魔法少女ルミコーリア」
「やっぱり、知ってるんですね」
「ええ。我々の友人には、魔法少女に詳しい人がおりますので」
友人、友人ね。
私の事を知ってるってことは、多分政府筋になるよね。一般的に言えば、クリムセリアの師匠として名前が出始めたばっかりなんだから。歴戦っていうのは、違和感がある。
これは……ちょっと困ったかな。私が思ってるより、話の規模が大きそうだ。
新橋さんに相談? いや、大丈夫? 信頼できる? 新橋さんがその友人かもしれないのに。
……こう考えることも踏まえての暴露なら、この人は相当頭が回る人だ。私じゃ口で勝てる気がしないかな。
「魔法少女の本分は人々を守ること。実に美しい名目です。ですが、本当に守られる価値がある人々なのですか?」
「それは、どういうこと?」
「後ろから攻撃してくる人々を、果たして味方と呼べるかどうかということです」
私の後ろで芹香ちゃんがびくりと体を震わせた。
この人、芹香ちゃん、クリムセリアについても知ってるな? 事実、視線は私ではなくその後ろを見ようとしてるように見える。
この人の友人さんとやらは、本当に魔法少女のあれこれをよーく知ってるみたいだね。
「我々の元に来れば、理由もなき罵声に怯える必要はありません。我々が盾となりましょう。魔人と戦ってくださるのですから、我々より上の立場と言えるでしょう。背中ぐらいは守らせていただきたい」
的確に欲しい言葉を投げかけてくるなぁ、この人は。
随分と手慣れてると同時に、こっちの事を調べてる。
でもね、私はこう見えても成人してるんだよ。舐められると、困る。
「なるほど、話はよくわかりました」
「おお! では、お返事は……」
「あえてこう言いましょう。クソくらえ」
全力で、侮蔑の意思を込めて相手を睨みつける。
こんなに嫌悪感が湧き出るのは久しぶりだよ、本当に。掲示板で色々言われるのの千倍は気分が悪い。
「あなた方の言い分は、『金を払うから自分たちのために戦う兵隊となれ』と言っているのと同義だ。魔法少女を何だと思っている」
「…………」
「魔法少女っていうのは、みんなを守りたいっていう少女の祈りが力になった姿なんだ。それを、どこまで侮辱すれば気が済む。人の善意を、思いを、理想を、下らないものと吐き捨てるな」
相手が選ぶのは、沈黙。下手に言い返しても、私の気を逆なでするだけだって思ってくれるのかな。
それなら、存分に吐き出させてもらおう。
「あなた方の社員になれという言葉には、断固としてノーとして返させていただきます。ふざけないでほしい。損得勘定なんかで危険な魔人と戦ってるだなんて思ってるの? ただの、思春期の、女の子が」
私は名刺をピッと回転させながら投げ返す。
器用にも、相手はそれをキャッチした。運動神経いいね。
「お引き取りください。名刺はお返しします」
「……悲しいですね。ですが、じっくり考えてください。あなた方は、戦いの報酬を受け取る権利がある」
「そうですね、私もそう思います。ですが、それはあなた方によってではない」
私だって、今の状況が良いとは思ってない。頑張って戦ってる魔法少女は報われるべきだと思ってる。
魔法少女はやりがい搾取と罵られることもある。実際、私も、魔法少女たちは相応の報酬はもらうべきだと思う。今は、あまりにも報われてなさ過ぎるから。
でも、それは善意の結果の報酬であって、報酬のために魔法少女があってはならないと信じてる。
その理屈が通るのであれば、魔人に被害に遭う人を見殺しにして、ああなりたくなければ我々に従えと言う恐怖政治ができてしまうのだから。
「人を守る、その結果報酬がもらえるのと、報酬がもらえるから人を守る。似ているようだけど、その差は天と地ほどもある」
私が思う魔法少女は、そんな下劣な存在じゃない。いい年して夢見てるんじゃないと言われるかもしれないけれど。少なくとも、私はそんな思いで魔法少女を始めたんじゃない。
「どうやらこれ以上お話させていただいても平行線のようだ。本日は引かせていただきます」
「ええ。できれば、二度とお会いしないことを願います」
「随分と嫌われてしまったらしい。……そうだ、私の事はジョンスミス、とだけ覚えておいてください」
では、と言い残して彼は遠ざかっていく。
彼の姿が見えなくなったころ、ぽつぽつと人影が町の中に戻ってきて、少しの間に見慣れた町の姿に戻った。
やっぱり、魔法か何かだったんだろうね。
「芹香ちゃん、大丈夫」
「は、はい。すみません、美羽さんばかり……」
「ううん。私は大人なんだから。芹香ちゃんを守るのは当たり前だよ。ごめんね、怖い思いをさせて」
芹香ちゃんは随分と怯えてしまっている様子だ。かつて想像したことを、もう一度想起してしまったのだと思う。
「……美羽さん。あの人の言っていることは、間違ってるんでしょうか」
「私は好きじゃない。好きじゃないだけで、絶対に間違ってるとまでは言い切れない」
実際、お金が必要な子もいるだろうし。今の日本の制度では、未成年の魔法少女には報酬枠として現金を用意することはできない。
そういう子にとっては、夢みたいなシステムだろうね。未成年労働と言われるかもしれないけれど、それを黙らせられるのが魔法少女というシステムだ。
ああ、だから私を欲しがったのかな。成人済みで、世間体をはばかることなく思う存分働かせられる魔法少女だから。
「とりあえず、環ちゃんを待たせちゃってるから行こうか」
「……はい。とにかく、私は美羽さんと一緒がいいです」
ひょっとすると、芹香ちゃんは思うところがあったのかな。
こうは言ってくれてるけれど、もしも芹香ちゃんが向こうに行くとしても、私に止める権利はない。
そんなことを考えながら、私たちは目的地を目指して歩いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます