十四話目 職員は訴えたい

 東京都内、魔法庁。ここは、近年になって発生し始めた魔人被害およびそれに対抗する魔法少女たちに関する庁として、十年前に設立された。

 その中で私は、書類の束を抱えて今日も歩く。目的は、あの魔法少女を担当している職員である新橋さんの元へ。


「新橋さん! この書類に目を通してください!」

「またですか、滝崎さん」


 この打診も、何度目になるかわからない。でも、私は諦める気はなかった。

 魔法少女のために働きたい、そう思って入った魔法庁なのに、その実態は、魔法少女たちの負担を減らすことなんてさっぱり考えられてなかった。

 いかにして魔法少女の数を減らさず、魔法少女たちを使命感で動かすか。そんな話ばかりが日夜されている。


「魔法少女たちの負担削減のための案です。今度はしっかりと具体例も載せてあります」

「……滝崎さん。あなたの言いたいことは分かります。ルミコーリアは働きすぎ、っていうんでしょう?」


 ぐっと息を呑む。

 そう、魔法少女ルミコーリア。一般にはあまり名前が知られてない彼女は、政府側の人間からすれば名前を聞かない日がないぐらいのキーパーソンだ。

 なんと言っても、一人で十数人分の魔法少女の役割をこなしてしまう。性格も良く、愛想もいい。非の打ち所がない魔法少女だと思う。


「私も思うところはありますよ? ええ。ルミコーリアには日々感謝しています。ですがね、魔法少女に関してはわからないことが多すぎる」


 新橋さんの言いたいことは、十二分に分かる。

 魔法少女の発生メカニズムも明確には分かっていない。魔法少女が日ごろ話しかけている妖精という存在は、魔法少女以外には感知ができないのだ。

 だから、魔法少女を通じて意思疎通を取るしかない。取るしかないのだけれど、妖精たちは自分たちの都合で生きてて人間社会の都合は考慮してくれない。共通している目的は、魔人を倒すことだけ。


「発生条件もわからない。魔法という能力のメカニズムもわからない。では、何もわからない我々に何の対処をしろと? 魔法少女たちのメンタルケアに細心の注意を払うぐらいしか、できることはないんですよ」

「それすらうまくできてないじゃないですか! 聞きましたよ、クリムセリアの一件」


 魔法少女には担当職員がついて、一週間に一回ヒアリングと要望調査をしている。けれども、クリムセリアの職員がそれを蔑ろにしていたことが判明して、職を追われることになった。

 今の魔法庁では珍しいことじゃないと私は思ってる。クリムセリアが有名だから表ざたになっただけで、絶対他にも蔑ろにされている子はいるはずだから。


「滝崎さんは魔法少女に助けられたことをきっかけに魔法庁に入ったんでしたっけ?」

「はい」

「なるほど。熱量があるわけだ。こんなおっさんとは違って」


 おっさんなんて卑下するけれど、新橋さんは魔法庁内で確かな影響力を持っている。それは、やはりルミコーリアとの繋がりも大きいし、彼がこなした功績自体が大きなものだから。

 魔法少女たちの訓練施設の案を出したのも彼だし、療養してもらえるよう魔法少女アプリの開発も推進したのも彼だ。新橋さんも実際のところは魔法少女たちの事を案じてくれているはず。


 だから私は新橋さんに案を出す。この人なら、有効だと思った案は通してくれると信じているから。

 ほら、今もなんだかんだ言いながら提出した書類に目を通してくれてる。アポなしの提出だから、後で読むなんて言われて目も通さないで済む内容なのに。


「……時期が悪いなぁ」

「時期、ですか?」

「うちのトップの長谷川長官。いるでしょ?」


 黙って頷く。


「あの人がね、今来てるんですよ」

「……? それが何か……?」


 長官が来てることが不都合な事が?

 新橋さんはため息を一つ大きく吐いた。


「滝崎さんって口硬い自信あります?」

「それが、魔法少女のためになるなら」


 はっきりとした意思を持って伝えると、ちょいちょいと顔を寄せるように指示されます。

 言われた通り、そっと耳打ちしてもらえるように顔を寄せました。


「長谷川長官、たぶん海外の引き抜き係と内通してる」

「はっ――!」

「しーっ。声が大きい。これね、最近ようやく掴んだネタだから絶対外部に漏らさないでね、漏れた瞬間疑うから」


 大声を上げそうになった私の口を咄嗟に新橋さんが塞ぐ。


「最近海外から魔法少女たちの引き抜きが活発化してるでしょ。うちの国は待遇悪いからって。あれに一枚かんでる可能性が出てるの」

「いえ、でも、その、長官がですよ? 庁のトップがですよ?」

「そう。実際にそうだったら、国賊もいいところだ」


 新橋さんは疲れたと言わんばかりに、深く椅子に腰をかけた。


「幸いなことに、魔法少女は善良な子が多いから大事には至ってないけれど、家庭環境の都合で多額の現物報酬が必要なケースもある」

「家族ごとって言われれば、断れないですか」

「そういうこと。それを推進してるのが、長谷川長官の可能性がある」


 ……これ、私が聞いてもいい話だったの?

 ようは、魔法少女の待遇が改善されないのは長谷川長官のせいだって言ってるようなものでしょ。

 頭の中がすーっとまっさらになっていく。今後の進退だとか、未来だとか色々な可能性がよぎっては消えていく。


「この状況でルミコーリアまで抜けられたら正直我が国は終わりだ。しかし、我々はお役所仕事なんでね、特別扱いはしてあげられないってのが現状。頭を抑えられてる以上、我々にできることもない。理解できた?」


 これまでの根底を覆すような発言に、私は立っているのもやっとなぐらい。

 じゃあ、私は何のために魔法庁に入ったの? これまでの書類は? 案は全部時間の無駄?

 そこまで考えて、一つの事実に気が付く。


「じゃ、じゃあ待遇改善が通るはずがない状況で、どうやって新橋さんは魔法少女関連のあれこれを通したんですか?」


 新橋さんはくたびれたように笑う。まるで、私のこの言葉を待っていたかのように。


「お役所仕事だって言っただろう? 我々は民意には逆らえない。政治家であれば、特にそうだ」


 カリカリと私が用意した書類にペンで修正をつけていく。その間も、私に色々と教えてくれるのを止めない。


「魔法少女じゃ心もとないって声が出れば、強くなってもらえるよう頑張らないといけないし。魔法少女たちがかわいそうだって声が出れば、魔法少女を労わらないといけない。全ては民意、人々がどう思ってくれるかなのさ」

「……無視できないぐらい大きな声を、国民に出させるんですね」

「そういう事。ルミコーリアを隠してたのは、ある意味そういう面もある」


 ピンとこなかった。ルミコーリアを隠してたのが、どうして民意に繋がるのか。


「何せ、一人で全部片づけられてしまう子だ。あの子に全部背負わせろだなんて、正気じゃない。そして、隠さなければあの子は表ざたになるような子だからね」


 ぞっとした。

 一人の圧倒的な能力を持つ魔法少女。その在り方が、どう民意を左右するか。

 どこも欲しがるに決まってる。国外からだけじゃなくて、国内でも近くに配備しろと本人の意思なんて関係なく人々の声は大きくなる。

 そしてある程度大きくなれば、どこかの魔法少女が被害を出したときに、「ルミコーリアならこんなことにはならなかったのに」という声まで出る。そんなことを言われ続ければ、他の魔法少女たちはどうなるか。頑張ったのに報われない、比較されて悪循環が出る。


 クリムセリアは比較的強めの魔法少女ではあるけれど、他の魔法少女と比べて隔絶して強いわけじゃない。

 だから、人気の差ぐらいで収まってる。アイドル的なそれに収まっていられる。

 じゃあ、強さも圧倒的だったら? きっとこうはなっていない。


「人ってのはね。身の安全が絡んだときに恐ろしいよ。震災での荒れ方を見れば分かるでしょ」


 買占めだったり、暴動だったり。日本では比較的少ないと言っても、ないわけじゃない。

 その災害が、たった一人の少女の身に降りかかる。


「格差は作れない。けれども水準はあげないといけない。魔法少女の数は足りてない。辛いよねぇ、お役所ってのは」

「……では、我々はどうすればいいんでしょうか」

「その未来を、ある意味ルミコーリアが作ってくれてる最中かな」


 そう言って、新橋さんがペン付けした私の案と一緒に、一つの書類を渡してもらえる。

 内容を見ると、クリムセリアについての調査記録だった。


「ルミコーリアがクリムセリアを鍛えたって話は知ってるよね?」

「それは、はい。もちろん」

「結果が有意に出てる。これまで引退魔法少女に聞いても詳しくはわからなかった、魔力のメソッドをルミコーリアは理解してる」


 思わず食らいつくように資料に目を通す。魔法少女状態での身体能力や、魔法の威力が有意に変わったことを示す資料だった。

 これによって裏付けられるのは、ルミコーリアによる後進育成は明確な効果があるという事。

 もしもこれが一般化すれば、魔法少女の能力水準は大きく引き上げられる。


「ま、狼煙を上げるのにはまだ早いってことで、のんびり待っててくださいよ、滝崎さん」

「で、でも長官が……」

「それも込みで。少しだけ待っててくれませんか?」


 全部が全部ルミコーリアにおんぶに抱っこで情けないのは分かるけれども。今はまだ我々にできることはないんだと。新橋さんの目はそう言っていた。

 今はまだ、ルミコーリアにおんぶにだっこでいなければならないのだと。


「彼女に申し訳ないと思うなら、罪悪感抱えたまま仕事しなよ。この国を少しでも良くするために」

「……わかりました。お時間ありがとうございました」


 自分の場所に戻る最中、ペン付けされた内容に目を通す。

 その中には一筆、異質な文章があった。

『長官の不正を暴く手助けは今求めてる最中』と。

 私は修正すべき内容を頭に叩き込んで、すぐさま書類をシュレッダーで処分した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る