十一話目 魔法少女は抗いたい

 ◇ ◇ ◇


 誰もいない夜道。私は一人で行く先も適当に歩いている。

 町は平和そのもので、女性が一人で出歩いていても襲われることは滅多にない。本当に、住みやすい場所だと思う。

 夜の静寂を打ち破るようにスマホが鳴る。誰からの電話かはわかってるので、番号も確認せずに出た。


「どうも、新橋さん」

『……私が君に電話するのが分かっていたようですね、星乃さん』

「そりゃあもちろん。あれだけ新橋さんたちがやっきになって隠してたルミコーリアの存在が、公にされたわけですからねぇ」


 現状、ルミコーリアこと美羽に一番近い政府関係者は私だ。

 元魔法少女であり、未だに政府の連絡を受けて仕事をすることもしばしば。連絡がこないはずがない。


『随分と落ち着いていますね。あなたのことだから、もっと興奮していると思っていました』

「そう感じます? 今ね、興奮が収まらなくて夜のお散歩中なんですよ」

『……婦女子が一人で夜出歩くのは推奨できませんね』

「お堅いですねぇ。そんなことよりも、良いんですか? ネット掲示板は大興奮してますよ」


 クリムセリアがボロボロになりながらも強大な魔人を倒したというニュースは瞬く間に広まった。

 その立役者に、それまでほぼ無名だった魔法少女がいることも。

 私としては、ようやくかという気持ちだけれど。あの子、本当によくやって見せたよ。

 どうせ、怪我してる子を放っておけなかったとかなんだろうな。心配してたら、足元掬われたわけだ。ざまぁみろ。


『対応に関しては……協議の結果、今回は経過を見守ることにいたしました』

「ありゃ、意外。いつもみたいに情報操作しないんですね」

『クリムセリアが関わっているのが少しばかり不都合でして。彼女の印象を落とすのは、民意への影響が大きすぎるという判断です』


 なるほど。クリムセリアはそれだけ政府からも広告塔として注目されていると。

 ルミコーリアが表舞台に引きずり出されるのは許容したくないけど、クリムセリアを貶める行為をする方が全体の損失が大きいって判断かな。それなら、わからないでもない。

 つまり、本当にあの子はよくやったってことだ。


 魔人魔獣が現れるようになって、この世界の安全を支えているのは魔法少女だ。これは、日本だけじゃなくてどの国でもそう。

 魔法少女がいてくれるから人は安心できるし、日常生活を送れている。

 魔法少女がいなければ、魔人は容赦なく人々を蹂躙するだろうね。現代兵器が通用しないのは、歴史が証明済み。核爆弾ぐらい使えば話は変わるのかもしれないけれど、本末転倒だよね。


 だから、どこの国も強い魔法少女を欲しがっている。人々の安心のために。

 どういうことかというと、国同士は秘密裏に魔法少女の引き抜き合いをしているってこと。どうして、いつまでも人の敵は人なんだろうね。魔人っていう共通敵まで出てきたっていうのに。


「それで? 私への用事は何ですか?」

『……お分かりかとは思いますが、現状ルミコーリアを失うことはできません。彼女の周囲への監視を、厳にお願いいたします』

「なるほど。名前が出たことで、隠されていた魔法少女であることに気が付く輩が出るかもしれないと思っているわけですね?」

『むしろ、気づかれていたのが確信に変わった段階だと、我々は認識しております』


 なるほどね。名簿には名前がずっと残ってるのに、話題には滅多に上がらない魔法少女が怪しまれないわけもなく、ね。


「ですけど、新橋さん。これは知ってますか?」

『何がですか?』

「美羽から聞いた話なんですけど、今回の魔人、三大極大魔人のなんちゃらかんちゃらって名乗ってたんですって」

『それは――っ!』

「出たんですよ。ついに、ルミコーリア以外での単身ネームド討伐が」


 これまで、首都近辺で現れたネームドと呼ばれる強力な魔人はルミコーリアが倒してきた。

 逆に言えば、彼女以外がネームド以外と対峙する場合は、複数の魔法少女が協力して戦わないと到底太刀打ちができない。それが、私たちの間の一般常識だった。

 その常識が、今打ち砕かれた。


「証明されたわけですよ。苦戦の末だとしても、あの子以外でも一人でネームドを倒せるって」

『いや、しかし、今回はルミコーリアの手助けがあったと聞いているが』

「本人曰く、周りの魔獣を倒しただけだそうですよ。実際に魔人と戦ったのは、クリムセリアだけです」


 魔獣の横やりがないのは大きい要素だけれど、単身でネームド魔人と戦えるのは大きな戦力になる。

 クリムセリアはもはや、ただの広告塔なんかじゃない。立派な一人前の魔法少女だ。


「そろそろ、あの子におんぶにだっこの時代も終わるのかもしれませんね」

『……それは、君も望むところではないだろう? その点については、私たちの利益は重なっている』

「そうですね。私の望みは、あの子が真っ当に輝ける世界なので」


 そうなんだよねぇ。あの子のためを思ってたとしても、あの子に辞めてほしくないって思ってるのは私も同じなわけで。

 あの子がきちんと輝いてみんなに認められたら辞めてもいいと思うんだけど……いつになることやら。


「で、何ですっけ。引き抜き対策ですっけ?」

『その通り。ルミコーリアの、引き抜き対策を考える必要がある』

「別に対策講じなくても、辞めたいって言ってる人間が他のところ行くとは思えませんがね……」


 条件がよほど良ければいいのかな?

 恋愛下手な癖に恋愛したがってるし、週一合コンでも釣れそうな気配はあるか。

 適当なイケメンとかあてがえば……いや、逃げるなあの子は。

 口ではがつがつ肉食系みたいに言うくせに、草食系なんだもんなぁ。あの子なら、男ぐらい適当に漁ればより取り見取りだろうに。


「……一個だけありますよ、確実性高い方法」

『本当ですか!?』

「ええ、非常に単純で、だからこそ難しい話ですけれど」


 ある意味、問題ない気がするけどね。言うだけはただかな。

 他人にどうこうできる内容じゃないとは思うんだけどねー。


「あの子が魔法少女を辞めたい理由は、人並みの青春というか楽しさを実感したいからです」

『と、言いますと?』

「あの子に与えてあげればいいんですよ。魔法少女でありながら、青春のような日々を」


 難しいと思う? 私はそう思う。

 でも、近いことは既に起こっている。

 芹香ちゃんだっけ? あの子に絡まれてる時の美羽は、どこか困ってそうではあったけど嬉しそうだった。

 やっぱり、魔法少女になれるだけあって、人のためになることが好きなんだよね。魔法少女同士での密接な関係こそが、あの子に必要なものだったのかもしれない。


『それは、具体的には』

「んー? 放っておけばいいんじゃないですかね?」

『はい?』

「下手に邪魔をしないってことですよ」


 今回の一件であの子の名前は有名になった。

 今後あの子の周りには色んな人がやってくることになるだろうしね。

 その結果に振り回されるのが、あの子にとっての青春代わりになってくれるはず。

 思わず笑っちゃうよ。私じゃ、どうあがいてもあの子の青春にはなれなかったわけだ。


「とりあえず、変な虫がついてきそうなら私の方で何とかしますよ」

『ええ、お願いします。すいませんね、あなたにそんなことまでやらせてしまって』

「いやいや、何のために非正規魔法少女やってると思うんですか。こういう時のためですよ」


 ――魔法少女には、国家に登録されてる魔法少女と、そうでない魔法少女がいる。

 妖精の力を借りて変身する魔法少女は基本正規の国家公認の魔法少女だ。

 ただ、稀に、妖精との契約が終わった後も魔力を活用できる子がいる。そういう子は、妖精の手助けなしで魔法少女に変身ができてしまう。


 なぜ政府とやり取りしてるのに、非正規魔法少女なのかって?

 それは、魔法少女っていうのは魔人と戦うか、災害などから人を助けるために働く正義の味方だから。人々はそう信じてるし、万が一にも魔法少女の力が一般人に振るわれるなんて思ってない。もしも自分たちに降りかかる、だなんて思われたら、世の中の秩序は終わるだろうね。

 だから、非正規の魔法少女が必要になってくる。表に出せない仕事を、秘密裏に行える魔法少女だ。その一人が、私っていうだけ。


『お願いしますよ。星乃さん。――いえ、魔法少女、ステラフィクス』

「はいはーい。ま、報酬は期待してますよ、新橋さん」


 その言葉を最後に、通話を切る。

 さてさて、ここから先は大変そうだ。

 それでも、悪い気は一切しない。

 鼻歌混じりで、進むこの夜道の風は、とても心地が良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る