四話目 魔法少女は鍛えたい
◇ ◇ ◇
私は、緋乃芹香は、目立ったところがない女の子。そう言われてきたし、私もそう思う。
クラスの男子たちにあれこれ言われることはあるけれど、そういうのもなるべく避けて生きてきた。だって、怖かったから。
そう、私の本性はとても臆病だって、どこかで気が付いていた。だから憧れたの。物語に出てくる魔法少女に。誰かの大事なもののために、全力を尽くせる女の子に――。
「着いたよ。この駅で降りよっか」
「は、はい」
魔法少女の先輩である美羽さんに連れられて、電車に乗って遠出することになったの。
この先に、魔法少女として特訓できる場所があるっていうことで。そんな場所あるだなんて、知らなかった。知ろうとすれば、どこかに書いてあったのかもしれないけれど。
「いやー、久しぶりに行くなぁ」
「美羽さんは何回か、その、使ったことが?」
「ん? いや、私はないんだけどね。同期の子たちはよく使ってたみたいだよ」
「え? でも久しぶりって……」
「できた当初、強度チェックを手伝ったんだ。ある程度魔法少女が暴れても問題ない強度だよねって」
なるほど。それで、美羽さんは来たことがあったんだ。
改めて実感する。目の前にいるこの人は、とても昔から活躍されてる魔法少女なんだって。
実は、魔法少女専用アプリでやり取りして、実際に会うことになった後に、美羽さん――ルミコーリアについて調べてみたんだけれど、具体的なことはよくわからなかった。
見つかったのは、なんか酷いこといっぱい書いてある掲示板と、昔に撮られた動画が幾つかぐらい。昔は今ほど魔法少女にどう対応すればいいか世間一般に広まってなくて、魔人との戦いとかも平気で動画で撮ってる人がいたの。
もちろん、今は危ないから禁止されてるんだけれども。
再発防止ってことで、昔の動画も消されてはいるんだけれど、ネットに一度上がったものはそう簡単には消せないから。その残ってる動画を見つけたの。
その動画に映っていたのは、動画にも映らないほど速く動いて――動画にも映らないほど速く魔獣を倒してたルミコーリア。魔人がよく使役してる小型の魔獣相手だったからそんなに強くないんだけれど、私に同じことができるかって言われると絶対にできない。
多分、同じ魔法少女にしかわからない感覚なんだけれど、魔法少女になって身体能力が上がってもすぐにそれに慣れるわけじゃないの。有り余る身体能力に振り回されるって言えばいいのかな、思う通りに動けるまで少し慣れが必要になる感じ。
でも、動画のルミコーリアはあまりにも当たり前みたいな動きをしてた。あれだけの動きができるようになるのには、どれだけの練習が必要なんだろう。想像もできないや。
まさか……最初からできたわけ、なんてあり得ないもんね。
「ほら、ここを下に。地下にあるんだ」
「地下なんですね」
「地上だと流石に目立つからじゃないかな? なんかどっかのシェルター改造したとか聞いたんだけれど、どうだっけかなー」
話を聞いた気がするんだけどなー。なんてぼやく姿は、とてもあの動画の凄い人と同じ人には見えなくて。親しみやすい、近所のお姉さん? 身長的にはそんな離れてないので、お姉さんって感じもあまりしないかな。何ならクラスメイトには美羽さんよりも背が高い子いるし。
美羽さん自身も、その、クールな美人さんってよりもかわいい寄りの方だし。ルミコーリアも衣装はダークブルーが基調でクールに見えるけれど、かわいいし。
「ああ、ほらここだよ」
「あの、さっき通ってきた道にいた人たちは……?」
「ん? 政府の人たち。魔法少女が気兼ねなく利用できるように、治安維持の目的があるんだって。隠し撮りとかすーぐ狙う人がいるからさ」
狭い道の途中には、どこか怖い大人の人たちがいて、道を通る私たちをじろりと見てきていたけれど、政府の人たちなんだ。……怖がってごめんなさい。
「はい、魔法少女専用アプリ。芹香ちゃんもここに提示して」
「はいっ!」
「ん、元気がよろしい」
専用の機械に、魔法少女専用アプリに表示できるコードを読み込ませると、目の前にある扉が開いて中に入れるようになった。
入った先にあるのは……巨大な広い空間。とても広くて、全部が分厚い壁で閉ざされてる場所。
「ここが、魔法少女たちが訓練するために国が用意した場所。今後、なんか練習したいなって思ったら来てみるといいよ」
「はいっ! あっ、でも一人で来るとちょっと怖いかも……」
「その場合は、魔法少女専用アプリから連絡入れれば係の人が来てくれるから。当然対応してくれるのは女性だから、心配しなくていいよ」
そうなんだ。それじゃあ、今度余裕があるときに使おうかな。
でも、魔法の練習って何をすればいいんだろう?
「変身! ルミコーリア!」
美羽さんは手持ちカバンの中からステッキをすっと取り出して、空に向かって掲げるとその場で変身した。
「うぐぅ……。ほら、芹香ちゃんも変身して」
「美羽さん……」
「なに? 具合でも悪くなっちゃった?」
「かわいいです……っ!」
「あ、ありがとうね?」
動画で見て知ってたけれど、ルミコーリアを目の当たりにすると本当にかわいい! それに、私よりもちっちゃくなっちゃった!
変身すると初めて変身した時の姿になるって教えてもらってたけれど、こういう事なんだ。
褒められ慣れてないのか、照れてる姿もかわいい。どうしよう、ぎゅっとしていいかな、抱きしめたい。お人形さんみたい。
「こほん! 芹香ちゃん、今日は練習に来てるんだから変身してね」
「はい!」
思わず興奮しちゃったけれど、そうだ。
私は強くならないといけないんだ。みんなを守るために、みんなを守れる魔法少女になるために!
「燃え盛れ、紅の誓い!」
変身に必要な言霊を、高らかに叫ぶ。
そうすると、足元から炎の渦が沸き上がり、私の身を包み込む。けれども、決して炎は私を傷つけない。炎は私――クリムセリアの味方だから。
炎は私の身を包んだだけじゃなくて、徐々に姿を変える。それは、私が魔法少女として戦うための衣装。炎のように揺らめく幾層かのフレアスカートに、グラデーションの効いたオフショルダーのコルセットブラウス。炎が形になったそれらは、火の粉を短く散らしながら揺らめいている。
髪の毛も赤く染まって、大きく私の地味な印象から変わった。
「……おおーっ」
「あの、美羽さん。じっと見られると恥ずかしいです」
「いや、ごめんごめん。他の魔法少女の変身をじっくり見ることってなかったから、つい珍しくって」
美羽さんがこっちをじっと見てた。私もルミコーリアの事をじっと見てたから強く言えないんだけれど、なんか、こう、すごく恥ずかしい。普段人に見られないからかな。
「今の魔法少女って変身ステッキ必要ないんだ」
「えと、そうですね。少なくとも、私の知ってる子は言葉だけで変身してるかもです」
「そうポム。年々研究は進んでるんだポム」
「わっ」
「げっ、ついてきてたの」
美羽さんのカバンから、何か飛び出してきた。
何だろう? 猫? のぬいぐるみ? もしかして、妖精さん?
「すごい! 私妖精さん初めてみました!」
「そうなの? 一人一体ついてるものだと思ってたけれど。どうなのポムム」
「今の魔法少女は昔よりも数が多いポム。一人一体専属だと難しくなってるポムから、リモートで対応することが増えてるポム」
「変なところで近代化してるんだ……」
ふわりふわりと宙を自由に動く姿は、間違いなく妖精さんだ!
すごいすごい! 魔法少女と一緒にいるところ、初めて見た!
そうやって興奮してると、ふらりと妖精さんがこちらにやってきて、私に囁くように顔を寄せてくる。まるで、美羽さんには聞かせたくないみたいに。
「……これから何が起こっても、気を落とさないでほしいポム。彼女……ルミコーリアは、正直規格外ポムから」
「え?」
「決して、決してクリムセリアに魔法少女としての才能がないとかではないポムから」
「おいこら、幼気な子に変な事吹き込もうとしてるでしょ」
「違うポム! これは善意のアドバイスをしようとしてただけポム!」
どういう事なのか、聞こうと思った瞬間に美羽さんにポムムちゃんが連れていかれちゃった。あっ、カバンに頭から入れられてる。仲悪いのかな。でも、いいなぁ、妖精さん。私も一緒にいて欲しい。
「さて、と。それじゃあ、実際に魔法を使ってみせてもらえる。あっちの方に敵がいる想定で」
「あっ。はい」
言われた通りに、誰もいない広い空間を見る。
魔法、魔法を使う。いつも通りに。
深呼吸して、さん、に、いち、はい。
「クリム・フレア!」
私の宣言と共に、私の頭上に炎の塊が生まれて、それが狙った場所へ向かって飛んでいく。
そして、小さな爆発が起きる。
「……んー? ごめん、もう一回やってみてもらえる?」
「え? はい。クリム・フレア!」
美羽さんは今のを見て何かが引っ掛かったみたい。言われた通りに、もう一度やる。
同じように、小さな爆発が起きた。
その様子を見て、美羽さんはうーんと考えこんでしまう。そんな姿もかわいい……。
「……うん。ちょっと私が向こうに立つから、私に向かって全力で魔法打ってみてくれる?」
「ええっ! 危ないですよ!」
「大丈夫大丈夫、今の見てる感じ、問題なさそうだから。危なそうだったら避けるよ」
何が問題ないんですか!? って聞く間もなく、美羽さんは一瞬で移動してしまった。
両手を挙げて、準備ができたよって教えてくれてるけれど……本当に美羽さんに向かって攻撃するの?
無理無理無理! できない、できるはずがないって!
「んー、そっかぁ。流石に味方に向かって打つのは辛いよね。じゃあ……これならどうかな?」
――背筋が凍った。なんていえばいいんだろう。呼吸すら、一瞬忘れさせられた。
怖い。歯がカチカチ音を鳴らす。怖い。圧倒的な存在感。怖い。
今まで感じたことがない、もの凄い重圧が、美羽さんから出てる。当然、それらが向けられてるのは私に向かってで、美羽さんもこちらを見ていて。目を、放せない。
どうしよう。どうすればいいの? どうしようもない、きっと、何もできない。何をしても――あっ、動く。
「――ぁ! クリム・フレアぁ!」
怖い、怖い、怖い。ただその一心で気が付いたら魔法を打ってしまっていた。
さっきまでの気さくな先輩魔法少女はどこにもいなくて、今私の目の前にいるのは魔法少女の姿をした得体のしれない何かにしか見えなかった。
……それが、良かったのかもしれない。
限界状態で打った魔法は、さっきよりも遥かに強力で大きくて、何ならこれまでで一番強力な魔法だったようにも思えるのに――。
「うん、やっぱそうだよね」
――美羽さんのステッキ一振りで、何もなかったかのようにかき消されてしまった。
『……これから何が起こっても、気を落とさないでほしいポム。彼女……ルミコーリアは、正直規格外ポムから』
全身から力が抜けて、その場で尻餅をついてしまう。力が抜けて、立ち上がれない。
私はそんな強くないって確かに言ったけれども、同期の中では強い方なのは知ってる。みんなが思ってるほど、強くないっていう意味で言ったの。
ポムムさんの言葉が、今ようやく理解できた。
この人は、美羽さんは、ルミコーリアは、私なんかが理解できないぐらい、強い魔法少女だ。
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