狂狼病②:チリちゃん≠ 魔覚まし

 ほんの少しだけ黒が混じり、ちょぴり暗くなった青い空。

 その青空の中にうっすらと月の輪郭が浮かび上がり、対角線上では太陽がオレンジ色に変色している。

 その太陽が山の陰に沈み始め、空も黒が濃くなった頃、1人の老婆が鬼診療所を訪れた。


 まだ完全に日は沈んでいない。あと30分くらいだろうか?


「おはよう。」


 老婆は診療所の壁に手を触れなが挨拶をした。

 すると、直ぐに出入口のドアを開け診療所の中へと入って行った。

 診療所の中にはまだ昼間の温もりが残っている。

 入って直ぐ、目の前には受付のカウンターがある。

 そのカウンターの左側にはお手洗いがあり、老婆は右へ曲がった。

 そのまま右手側に見える待合室を横目に奥へと進み、診察室の扉を開けた。

 診察室も素通りして、さらにその奥へ進む。

 扉がある。

 この扉は、診療所の居住スペースへつながる扉だ。

 老婆はその扉を迷わずに開けて更に奥へ進んでいく。


 慣れた様子だ。


 まるで我が家の様にスイスイと進むと台所に到着した。

 すると、持っていた袋から食材を取り出し、足りない分は冷蔵庫から拝借して、何やら食事を作り始めた。

 老婆は慣れた手つきで汁物、焼き魚、煮物など数品を並行して作り始めた。


 そしてある程度の料理を作り終えた頃


『ギャギャギャギャギャギャギャッ!!!』

・・・

『ギャギャギャギャギャギャギャッ!!!』

・・・。

『ギャギャギャギャギャギャギャッ!!!』

・・・。


と、一定のリズムで何かが騒音を立て出した。

 初めて聞いたら飛び上がりそうな音だが、老婆は慣れているのだろう平然と料理を続けている。


 音の主は魔覚まし時計である。


 魔覚まし時計について簡単説明する。目覚まし時計である。


「もう!また鳴らしっぱなし!!」


 魔覚ましが鳴り始めて数分後、我慢の限界にきた老婆が文句を言いながら台所を飛び出し、魔覚ましを止めに行った。


 台所から出て鬼先生のプライベートルームの前に立つ。

 そして怒りに任せ、迷わず力一杯扉を開けた。

 しかし、そこには誰もいなかった。


「もう!また部屋で寝なかったんだわ!毎日毎日、『ちゃんと部屋で寝なさい。』って、口酸っぱくして言ってるのに。」


 老婆は怒りを通り越して呆れた様子だ。

 魔覚ましを止めプライベートルームを出ると、次に向かったのは研究室だった。


 老婆は研究室の前に立つと、またしても迷わず扉を開けた。

 部屋へ入ると目の前には大きな机が置かれている。机の上には到底理解できない言語で書かれた本が山積みになっていた。

 その本の山の中で潰れたような姿勢で突っ伏している人物が1人、この人物が鬼先生だ。


「先生!鬼先生!!所長!このデクノボウ!鬼先生!!起きる時間ですよ!!!ご飯の時間がなくなりますよ!」


 そう言って、老婆は机に突っ伏している白衣姿の鬼先生の肩を揺すった。


「え!?レゴ?何かあったかのか?んっ!?デクノボウ!?」


 突然の揺れに慌てた様子で起きる鬼先生。しかし、老婆の顔を見ると安心したように言った。


「なんだ、チリちゃんか。驚いた。なんか、でも、今、悪口言いませんでした?」


 老婆改め、チリちゃんは呆れてしまい一瞬言葉に詰まったが、すぐに込み上げてきた怒りのおかげで持ち直した。

 もちろん『デクノボウの件』については触れない。


「いい加減にして下さいね!研究熱心なのはいいですけど、ちゃんと自室で寝て下さい。それが無理なら魔覚ましは研究室へ持って行って下さい!!それから、、、」


 チリちゃんが言葉を続けようとしたところで鬼先生が遮るように言葉を発した。


「ごめんなさい。最近は研究が捗っていたから、今日から気をつけます。それより、何か焦げ臭い気がするのですが。」


「あぁ!もう!」


 チリちゃんは、ハッとした顔をするとブツブツと文句を言って台所へ小走りで帰って行った。

 鬼先生はチリちゃんを見送ると、椅子から立ち上がり一回だけ背伸びをして、チリちゃんの後を追いかけるようにゆっくりと研究室を出た。

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