第1話 ダンジョン探索開始!
全2週間の行程で最終獲得ポイントを競うダンジョン学園恒例の夏合宿。
「式敷桃花、早く行きなさい」
「はいはい」
「はい、は一回」
「はいはい」
夕波ちゃんの舌打ちを聞き流しつつ、私たちはGランクダンジョンへと来ていた。
ほこりっぽく薄暗い、けれど各所に照明が設置されている。そんなありきたりなダンジョン。
人の手は行き届いていないんだけど、人の手が入っていることがわかるダンジョン。それが、夏合宿でよく利用されているGランクのダンジョンなんだよね。
「キョロキョロしているところを見れば、ダンジョンのランク制についても詳しく知らないみたいね。しょうがないから、わたしが懇切丁寧に教えてあげる」
私の前を歩く夕波ちゃんは、ローブをはためかせながらこちらを振り返ってきた。そうして、波打つ形の杖を、ずいっと私の前に突き出しながら、その場に立ち止まった。
歩きながらチラチラとこちらを見ていたけれど、どうやら私のことを観察していてくれたらしい。
「大丈夫だよ。ランクくらい私も知ってる」
「嘘言わないで」
「嘘じゃないって。ここが、探索初心者の実力を高めるために保全されているダンジョンってことくらい、私だって知ってるから」
「そ、そう。意外と物知りなのね。感心だわ」
初歩も初歩。
それこそ、最低ランクから抜け出すための知識だ。誰だって最初は駆け出し。練習用ダンジョンの存在は探索者をやっていれば嫌でも耳に入ってくる。
低ランクなのに攻略されずに残っているのは、ダンジョンにも役割があるからだ。
ここにやってきた探索者が、練習をして実力をつけてもらうという役割が。
「まあでも、知っているのなら、ここのレベル感はあなたにぴったりなのでしょう?」
ふっ、と鼻で笑い、ニヤニヤ顔を収めない夕波ちゃん。
どうやら、学園史上最高の天才様でも、最底辺を這いつくばる私の実力は把握されていらっしゃらないらしい。
「私は一応、Gランクより、いくつか上のランクなんだけどね?」
「その言い方だと、どうせEとかなのでしょう? あらあら残念。わたしは1年でも、もうBランクよ。センパイとして、コウハイよりランクが下というのは恥ずかしくないんですかぁ?」
「いや、だから」
私の弁明を聞く前に、夕波ちゃんは駆け出した。
こんな時だけ先輩呼び、思ってもみなかった天才様の性格に腹が立つ。
『バット討伐、1ポイント』
遠くから、アナウンスが聞こえてきた。
ポイントの獲得を知らせるアナウンスだ。
今回の合宿の目玉イベントである。ポイントレース。
大股で颯爽と戻ってくる夕波ちゃんがどうやらコウモリ型モンスターのバットを倒したらしい。
「式敷桃花、ぼさっとしてないで早く来なさい。あなたの実力を把握するためだけにここに来たんだから、キリキリ行くわよ」
「GランクからSランクまでダンジョンがあるのに、Gからやってたんじゃ、ポイントが稼げないような」
「学園史上最悪の最弱者に合わせてあげてるんだから、感謝しなさい。そもそも、ランクが高かろうと戦闘能力があるとも限らないでしょうに」
「それは、そうだけど……。私の能力は」
『バット討伐、1ポイント』
またしてもアナウンスが聞こえてくる。
夕波ちゃんは私の話を聞くつもりはないらしい。
ただ、夕波ちゃんの言葉は正しい。
他者支援の実力が評価されているような子は、ランクが高くとも、単純戦闘力は下のランクに劣る。
基本的には、ダンジョン攻略はパーティでやるもの。ランク評価よりも、本人の能力を知ることが重要になる。
さすが天才。そんな基礎は押さえてくれているようで、先輩とは思っていなくとも、最低限、人間だとは思われているらしい。
私の視界に入ってすらいないモンスターを討伐すると、またしても私のところまで戻ってきてくれた。
「夕波ちゃんって、もしかしてツンデレ?」
「誰が! 私のどこがデレてるって言うのよ」
「だって、実力を見るって言う割に、会話の横槍を入れようとするモンスターを倒してきてくれてるじゃん」
「さっき言おうとしてたわね。『私の能力は』って」
どうやら、聞いていないのではなく、聞いたうえで無視していたらしい。
この子は思っている以上に性格が悪い子かもしれない。
「わたし、知ってるわよ。りんごしか落とせない重力操作使いだって」
「知っているなら話が早い。全力を出せば、夕波ちゃんの言う通りだよ」
「全力で……! 本当、スキルの名前負けもいいところね」
同情するような目で私を見てきた。
それは、これまで私のスキルを知った人が向けてきたものと同じ視線。
そう、それでいい。侮られていれば侮られているほど、私は最弱でいられる。
手を抜くのは、ここじゃない。
「それでも、Gランクぐらいは1人でやれるよ」
『バット討伐、1ポイント』
羽を落としコウモリ型モンスターを討伐。
「何を威張って……」
またしても私を嘲笑しようとしたであろう夕波ちゃんは、しかし急に言葉を切ると明後日の方向へと視線を向けた。
私は視線の先を目で追った。
すると、そこにいたのは見るからに困っていそうなスライム。
ぽつんと一体だけでさみしそうに体を揺らしている。その癖、モンスターでありながら、こちらへ襲ってくるでもない。
「……、か、かわいい」
弱ったスライムを見ると、夕波ちゃんは今日初めて頬を緩めた。
隣の学園最強魔法使いは、どうやらかわいいものに弱いらしい
「え、かわいい?」
「ち、違います! かわいそうって言っただけです! なんですか、モンスターをかわいいって、変なこと言わないでください。まあ? 価値観は人それぞれですけど、それを突然人に振りかざすようなことしても理解を得られるわけがないじゃないですか、あー怖い怖い」
怖いのはそっちだ。
やたらと早口になって顔を真っ赤にしながら、両手をぶんぶん振って否定してくる夕波ちゃん。
「優しんだ」
『スライム捕獲、1ポイント」
アナウンスを響かせて私の声を黙らせた。
スライムは夕波ちゃんのスキルであるわかめによって絡め取られ、宙に浮かんでいる。
「わたしが、低ランクのセンパイに合わせて実力を抑えているということを忘れないでください」
「私の実力、ねえ」
「そもそも、わたしの言うことを聞くように言ったこと、覚えていないの? 探索者のレベルだけじゃなくて、脳のレベルまでかわいそうなのは、センパイだけかもしれないわね」
またしても、ニヤニヤとした、どこか見下すような視線のままで私を見てくる夕波ちゃん。
落ち着いたのか、敬語になっていた口調までもが戻ってきている。
しかし、ちょっと気まずくて困ったものだ。私はランクがGより上としか言っていない。
だけど、誤解を抱かれた状態で居続けるのも気分が悪い。
事実をありのまま伝えるしかない。
「私、ランクはAなんだけどね。今のところは」
「はっ、そのてい……、A!? わ、わたしと同じ? そ、そんなはずは……、う、嘘。嘘を言わないでください!」
言われると思って取り出しておいた探索者証を見せてあげると、夕波ちゃんは驚き目を見開いて驚愕に顔を歪めた。
公的文書に不正はできない。
改ざんであろうと、偽造であろうと、いたずらに偽の探索者証を作成すれば、それは本人に不利益として降りかかってくる。
もし仮に不正が発覚していないのだとすれば、それだけでSランク相当の実力者だ。
つまり、そういうこと。
どうやら、私の言葉を信じれくれるつもりになったらしく、夕波ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
ローブを静かにはためかせ、私に背を向けるようにくるりと方向転換した。
「……今回のスライム。おそらくは、群れを発見させるタスクのはず、行きますよ」
少しだけ声を震わせて、夕波ちゃんは地団駄踏むように歩き出した。
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